記憶の中の君A
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初めて喧嘩というものをした日だった。
瞳や、髪の色が変だと言われ、最後には日本人じゃないと言われた。腹が立ってその子を突き飛ばしたら翌日人数増やしてやってきた。卑怯だ。
生まれ育った日本という国は少しでも皆と違うところがあると仲間に入れてくれない、そんな国だった。物心つくころからそれはそうだった。
一人、川でザリガニ釣りをしていると突如その場には似つかわしくない白いひらひらしたものが視界に入る。気付いたら白いワンピースを着た女の子がちょこん、と隣に座ってた
彼女は自分よりもバケツの中を興味津々に見ていた。
「なんだよ」
そう、声を掛けると彼女は顔をバッとバケツから上げ、グイッと顔を近づけた。
「すごいね!」
「は?」
「こんなにたくさんのざりがにさん!すごいね!」
きらきらした目で、少し辿々しく彼女はただ無心で獲ったザリガニを褒めた。なんとなく素直に喜べず、ぷいっとその子から顔を背けて竿の先を見つめる。
「どうやってやってるの?」
横目でちらりと見る。ニコニコしながらこてん、と小首を傾げていた。変なやつ、なんて思いながらも零は竿を戻す。
「ここに…餌つけて、それで…」
ふんふん、と頷きながら真剣に零の話に耳を傾ける女の子。実際にやって見せたら一匹、すぐに釣れた。それを彼女は頬を赤らめてパチパチと拍手する。
「すごい!」
言われて悪い気はしなかった。ザリガニが好きなのだろうか。
「わたしね、今日引っ越してきたの。おともだちになってくれないかな」
初めて言われた言葉。すごく嬉しかったのに、素直に頷くことが出来ずにまたふいっと顔を背けてしまう。
「……いいよ」
口を窄めて、ぶっきら棒にそう応える。チラッと彼女を見る。嬉しそうに少し赤い頬を上げて笑っていた。
「わたし苗字名前!あなたは?」
「……ふるや…れい」
よろしくね、れーちゃん!と破顔させて言った彼女に零は「はぁっ?れーちゃんなんて恥ずかしいだろ!」と怒れば彼女はケタケタと笑った。
翌日遊ぶ約束をし、待ち合わせした場所に彼女はお人形、自分は虫取り網を持ってきた時点で彼女の勘違いに気づくべきだった。
「れーちゃん、お人形遊びはしないの?」
「するわけないだろ!そんな女の子みたいな遊び」
「れーちゃんはボーイッシュ、なんだね」
「は?」
「わたし、虫取りしたことない。どうやるの?」
れーちゃんはやめろ、と何度言っても彼女は中々聞き入れてくれなかった。
自分がすることなすこと彼女には全て新鮮だったようで、手放しで喜ぶその姿に、こちらも嬉しくなりだんだんとその呼び方も許すようになっていった。
ザリガニも、クワガタも当時好きだったのは彼女がそれを褒めたからだ。
「一本のツノよりも沢山ツノがあった方がかっこいいね!」
カブトムシよりもクワガタの方がカッコいいという。角じゃなくて顎だけどな。
Wれーちゃんすごい!W
何をしても両手を広げて、彼女は大はしゃぎする。木を登っただけでもこの有様だ。
ある日、また同じ子と同じ理由で喧嘩をする。ボコボコにやられたが勝った。傷だらけの格好悪い姿をあろうことか彼女に見られてしまう。
「れーちゃん⁉ど、どうしたのっ?」
転んだの?とすぐそこの水道で濡らしたハンカチを持ってくる。気が立っていたのもあり傷口に触れようとしたその手を思わず振り払ってしまう。
「さわるなよ!」
大声を出す。彼女は驚いたように目を丸くしていた。しまった、泣かせてしまうだろうか?
「れーちゃんでもいたいのがこわいなんて…!」
よっぽどいたいの?と違うことで驚いているらしい彼女に拍子抜けする。
「そ、そんなわけないだろ!」
「なんだ。じゃあ、さわりまーす」
とんとん、と優しく傷口に触れる自分より小さな手。
「とんとんとん♪とんでけー」
「なんだ、その変な歌」
「ふふっ、パパが怪我した時に歌ってくれるんだよー」
またその変な歌を歌いながら彼女は血が出ているところを優しく触れる。ぼんやりと零はそれを眺めた。傷口は先に洗い流さないとバイキンが入るんだ、なんて思ってても言えなかったのは、心の何処かで傷心していたから。
W変な髪!W
ふと、先程言われた言葉が頭に過ぎる。
気付いたらポロリと口に出していた。
「僕の髪の色って…へん?」
「えっ?」
傷口に視線を落としていた彼女が顔を上げる。黒い瞳、黒い髪を見て零は俯く。
「やっぱ…なんでもない」
赤く滲んだ膝を見つめた。彼女が当てている白いハンカチにもそれが付着していた。
「ピンクとかがよかったってこと?」
「そういうことじゃない」
もういいよ、とそっぽを向けば彼女は持ってる絆創膏のシートを下手くそに剥がしながら口を開く。
「えと…パパがね、わたしたち、にんげんはみな、しゅうごうたいっていう生き物なんだって」
「は?」
急に訳の分からないことを言い始めた。言ってる意味も理解出来なかった。彼女自身も眉を寄せながら話している。
「えと…ざりがにさんの顔のちがい、わからないでしょ?でも本当はぜんぶちがう顔なんだって」
「僕はザリガニってこと?」
「そういうことじゃない」
うーん、と彼女は頭を抱え出した。少し悩んだ顔をした後、また口を開いた。
「ちかくにいるから違いがわかるだけで、神様からしたらみんな大してかわらない、ただのにんげんっていう生き物で…」
今思えばこの時彼女が言っていた言葉はエレーナと同じようなことを言っていたのだと、歳を重ねて理解した。
見た目なんて関係がないのだと、遠回しに言ってくれていたのだ。
恋というものを自覚したのはエレーナであったが、彼女の言葉を理解していたら、きっと彼女が初恋の対象になっていたかもしれない。
「がいこくにいったら逆に黒髪の方がめずらしがられるのにね」
ポアロに潜入する前に彼女の経歴を調べて初めて知ったのだがここに来る前はアメリカに住んでいたことがわかった。もしかしたら、彼女も同じ経験をしていたのかもしれない。
「ひはんしたり、ひなんしたりするのはしらないことをひけらかしてることだから、そういう人はね、自分の無知さをただ口に出してる恥ずかしいひとなんだって」
何を言ってるかわからなかったが一生懸命話してくれているその口がとても愛おしいと思った。
「つまりね、えっと…なんていったらいいのかな?みんなしらないから、りかいできないんだよ」
父親に言われた言葉を思い出しながらゆっくり口に出しているその口調は辿々しい。彼女の言葉を理解しようとしている零の顔はずっとしかめっ面だった。そんな自分の顔を見て彼女も眉を寄せる。そして「ひとからいわれたことばをそのまま言ってもダメだ…。自分のことばにしなきゃ…」とぶつぶつ言い出した。彼女は手に持っていたままのクシャクシャの絆創膏に気づいて、それを零の膝に貼る。
そしてぽつりと言葉を落とした。
「わたしは、すきだよ?」
その言葉に、心臓がドキリと音を立てる。
「れーちゃんのなんでも捕まえられる手も、ちょっとらんぼうに話すおくちも…垂れてるおめめも」
黒い瞳が真っ直ぐに零を見る。薄いピンク色の唇が、少し赤い頬が、零の瞳にも映った。
「木が登れたり、ざりがにさんや虫さんをたくさんとれたり、足だってはやくて、そんなれーちゃんがわたしはすごいと思ったよ?」
きゅっ、と心臓あたりが苦しくなる。
喉の奥が熱かった。
「髪の色がピンクでも…青でも?れーちゃんはれーちゃんだよ」
「…っ…」
泣きそうになる。でも男だから泣かない。必死に我慢して「れーちゃんって呼ぶな」と誤魔化すように言えば、彼女は零の手を優しく握った。
「明日うちで遊ぼう?たまにはお人形遊びしようよ!」
本当は人形遊びなんて女の子がする遊び嫌だったけど優しく目尻を下げて笑う彼女にどうしても嫌だと言えなかった。
「…一回だけならいいよ」
ぶっきら棒にそう応えれば彼女は嬉しそうに頷いた。
翌日彼女の家に行く前に人形遊びに付き合う代わりに先に虫取りに付き合わせたら泥だらけになってしまった。そのまま彼女の家に行ったら彼女の母親にしこたま怒られ、纏めて洗濯するからと服を脱がされ二人とも風呂に放り込まれる。
必死の抵抗虚しく、彼女とお湯に浸かっていると彼女がじーざす、と言った。
「れーちゃん!パパと同じものがついてる!」
「あっ、当たり前だろ!!」
頬に両手を当てて驚いてる彼女。まさか女の子と間違われていたなんてこの時は知る由もなかった。
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2020.7.7
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