はじめまして

ガタゴト、と上の階からする物音とともに騒がしい声に安室は天井を見上げる。事務所の窓が開いているのだろう。その賑やかな声にどうやら彼女が朝から来ているようだった。

彼女…とは毛利小五郎の妹、毛利ハル。蘭が部活で忙しい時など別居中の妃英理に代わり時々家事を手伝いに来ているのだそうだ。

「今日はハルさんが来てるみたいですね」

賑やかな物音に梓も気づいたのだろう。くすっと笑った後に、安室と同じように天井を見上げた。ドアが開く音と共に「いってらしゃーい」と恐らく学校へ行く蘭とコナンを見送る声。行ってきまーす!と元気のよい声と共に階段を降りてきた二人をポアロ組もガラス越しから見送る。

毛利小五郎を調べる為、ポアロに潜入して早数週間。彼の動向を探るべく差し入れと称して時折事務所を訪れた。

彼女との出会いはその初日。大皿にサンドイッチを乗せ、事務所のドアをノックする。しかし反応がなく、微かにドア向こうで聴こえるのは掃除機の音。今度はコンコンコン!と強めに叩き、「毛利先生!お昼お待ちしました!」と少々大きめに声を張ると掃除機の音が止んだ。

「はーい!どなたです…か?」

出てきた彼女に対し首を傾げ、表情を繕った。事前調査で彼女が毛利小五郎の妹であることは知っている。安室の中ではここで自己紹介する流れだったのだが、彼女は自分の顔を見た途端、顔を引き攣らせた。

「あの…?」

「………」

そのまま石のように固まってしまった。ただただ自分の顔を凝視する彼女に安室はパチリ、と瞼を瞬かせる。

「僕の顔に何かついてま…」

バタンッ、とドアを閉められてしまった。

「………」

特に何かした覚えはないが何か気に触るようなことでもしてしまったのだろうか。梓なら何か事情を知っているかもしれないと一旦小五郎のことは諦め、階段に足を下ろした刹那に事務所のドアがゆっくりと開いた。

「…安室透くん…ですね?」

名前を知っている、ということは小五郎から弟子がポアロで働いていることを聞いているようだ。

「はい…失礼ですが、貴女は…」

「私は毛利小五郎の妹、毛利ハルです。すみません、動揺していきなり失礼な態度を」

あぁ、妹さんでしたか。と安室は白々しく笑顔を向ける。

「いえいえ。むしろ驚かせてしまったようですみません。実は今日、お近づきの印にサンドイッチを持ってきたんです」

彼女の目の前にサンドイッチが乗った皿を持ってくる。するとずっと強張っていた表情から一変、パァッと明るくなったそれに安室は数回瞬きを繰り返す。

「ハムサンドも…ありますか?」

「ハムサンド…ですか?今回は用意してないですけど…」

お好きなんですか?と訊けば彼女は慌てたように手と首を横に振った。

「ご、ごめんなさい!いいんです!気にしないでください!」

わざわざ兄のためにありがとうございます、と皿を受け取った彼女の肩は微かに下がっていた。小五郎の妹にそこまで気を使うつもりはなかったのだが気づいたら口が勝手に動いていた。

「今度持ってくる時は…飛び切り美味しいハムサンドを持ってきます」

途端花が咲いたように笑顔となった彼女に安室はプッと吹き出してしまった。あまりにも分かりやすいその表情に釣られてつい感情が出てしまった。笑われたことに彼女の顔がみるみると羞恥で赤く染まっていく。俯くハルを見て、しまったと誤魔化すようにコホン、と一つ咳払いをした。

「すみません…笑ってしまって」

「いえ、私こそ、せっかく作っていただいたのに…」

「お気になさらず。新しい看板メニューを模索していたところでしたので、考えるいい機会です」

それは本当のことだ。周りに溶け込み、信頼を得ないと手に入らない情報もある。相手が隙を見せ、ポロッと出した情報こそ何かの糸口だったりもする。その為にはまずこの喫茶店の店員を上手く演じなければならない。申し訳なさそうにしている彼女に極力優しく笑いかける。しかし何故か彼女はまた顔を硬くし一歩下がってしまった。なかなか思うように懐に入れない。

「それで毛利先生は?」

彼女の行動は些か引っかかるものの訪れた本来の目的を優先するため、安室は話を変える。

「それが…」

「どうかされたんですか?」

肩を竦める彼女。申し訳なさそうにしているのは他にも理由があるようだ。開きっぱなしの扉から見える事務所内。ちらっ、と中を覗くとデスクの上で無精髭を生やし、寝こけている小五郎の姿が。ピンクの羽織を羽織って頭にWヨーコLOVEWと書かれた鉢巻をし、手には同じ文字が書かれた団扇をもっている。器用に寝ている小五郎に安室とハルは顔を見合わせ互いに苦笑いを浮かべる。

「何度も起こしたんだけど…」

恥ずかしそうに体を縮める。悪いのは突然来た自分だと首を横に振れば、優しいんですね、と柔らかく目を細めた。

「さっきまで沖野ヨーコちゃんのライブのオンエア観てて…今日は依頼も入ってないから…彼女のドラマの再放送が始まるまでは多分あぁ…」

なるほど。沖野ヨーコのファンであることは知っていたがかなり熱狂的なようだ。何かの取引の際に使えそうだな、と安室は内心一人ほくそ笑む。

「なら仕方ないですね。僕もまだ仕事が残ってるのでこのまま失礼します。毛利先生によろしく伝えてください」

背を向け、階段を降りる安室を彼女が呼び止める。

「安室さん!」

「はい?」

「サンドイッチ、ありがとうございます」

終始彼女から緊張の色が窺えてたのだが、最後に見せたその柔らかい笑顔に、安室の頬も自然と上がっていたーー…





2021.3.20. いいね♡

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