病院ではお静かに
《ハルお姉ちゃん!》
掛かってきた電話。その声は震え、明らかに狼狽している蘭に只事ではないことを悟る。家族に何かがあったのだろうか。あぁ、本当にこの世界は心休まる時がない。
「蘭、落ち着いて…何が、あったの?」
自分にもそう言い聞かせ、伝わらないようにゆっくりと深呼吸をする。
《今緑さんから連絡があって、お母さんが救急車で運ばれたって…!》
「ッ!?」
英理ちゃん…が…
「わ、わかった!運ばれた病院わかる?」
《杯戸中央病院って…》
杯戸中央病院なら車ですぐだ。
ハルは車の鍵を手にし、必要な物だけ持って家を出る。
「わかった。車ですぐ向かう!蘭達は今どこ?」
駐車場に向かいながらどの道が一番早く着くだろうかと考える。
《タクシーで…コナン君と二人で病院に向かってるところ》
車のドアに手をかけたところでハルの動きは一度止まる。
「え?兄さんは?」
《それが何度連絡してもつながらなくて…》
「エェッ⁉︎」
《電話もメールもしてるんだけど電源が入ってないみたいで…》
「携帯の意味ないじゃない!」
《あっ!病院に着いたから一旦切るね!》
蘭との電話が切れた後、ハルも小五郎に電話を掛けてみる。流れてくる機械音声に蘭の言う通り本当に携帯の電源を切っているらしい。
「〜っ!」
普段は互いに憎まれ口を叩いているが、彼女に何かあって一番ショックを受けるのは小五郎なのだ。彼女だってこういう時は兄にそばにいて欲しいはず。
「あの!あんぽんたん!」
多少の怒りを感じながらハルは車を走らせたーー…。
「英理ちゃんッ!!!」
血相変えて病室に入ってきたのは蘭の叔母であり、小五郎の妹でもある毛利ハル。余程慌てていたのだろう。たまたま通りかかった看護師に走らないでくださいと注意されていた。
「………」
「………」
「…ってあれ、コナン君だけ?」
しばし無言で見つめ合ったあと、英理も蘭もいない病室に首を傾げる。
「英理おばさんなら今手術中だよ」
蘭は今その手術室の前で待機している。手術中と聞いて不安そうな顔をするハル。安心させるようにコナンは柔らかい口調で大丈夫だと告げる。
「急性、虫垂炎…?」
「うん。まぁ、盲腸だからって油断は出来ないけどね」
ホッと胸を撫で下ろす彼女。ここを訪れた時の様子を見るにかなり動揺していたことがわかる。
「あっ。それとこれ英理おばさんから…」
「私に?」
「うん!WよろしくWって言ってたよ?」
英理からの言伝とともに鍵とメモを手渡す。首を傾げながらもメモの内容を見た彼女は「さすが義姉さん…」と困ったように笑った。救急車を呼ぶほどだ。相当痛かったはずである。それでも入院を想定し、ハルが来ることまで予想してそれを残したのだから、彼女はやはり頭の切れる女性なのだ。
「じゃあ私はこの合鍵で義姉さんの家からメモにある荷物を取ってくるよ」
「手術終わるまで待たなくていいの?」
「手術前に敢えてコナン君にこれを託したということはその間に取ってきてってことだと思うから。じゃあコナン君、もしものときは二人をよろしくね」
「任せて!あっ…ねぇ!」
「ん?」
「………いや、なんでもない」
「そう?」
ハルと別れ、自分も蘭が待つ手術室へと向かう。
W安室透とはどういう関係?W
出かかった言葉は直前で喉奥に消えてしまった。たかだか親しげに話していただけのこと。彼女を引きとどめてまで訊く事ではない。神社で会った夫婦がバーボンとベルモットだと分かってから少し神経質になっているのかもしれない…。
しかしなんの目的でバーボンがハルに近づいているのか引っかかるのも事実。
「………」
引っかかる事といえばもう一つ…
Wもしものときは二人をよろしくねW
ハルは時々コナンにああいった言い方をする。子供相手ではなく、一人の人間として信頼を寄せた言い方。初めて会う大人はこの姿故、子供扱いする者が大半だ。仕方がないことだとも思う。しかし彼女は違った。事件現場でコナンの言動を疑ったり、蔑ろにしたりすることは一度もなかった。
そしてそれは新一の時もだ。幼い頃から自分の言葉に誰よりも耳を傾け、真剣に話を聞いてくれた。
しかし新一の時ならともかく、コナンにまでそうなのは何故だろう。コナンが自分と似ているからだろうか。まぁ、同じ人間なのだから似ているのは当たり前だが、彼女がその疑問を口にしたことは今まで一度もない。
もしかして既に正体がバレてたりして…
「………」
ハハッ。んなことあるわけねーかと己の考えにアホらし、と自嘲気味に笑う。
しかし未だに信じられないのはあのオヤジと兄妹ということ。性格は天と地ほどに差がある。本当に血が繋がっているのだろうか。
だが、この後ハルと全く同じ表情で病室に入ってきた小五郎を目の当たりにしてやはり兄妹なのだなと再確認したのだったーー…。
「はぁぁぁ、よかった!」
どっと緊張の糸が途切れ、ハンドルを抱えるようにして頭を垂れる。
「…って、あれ…?虫垂炎?」
冷静になってきた頭はだんだんと既視感があることに気づく。
「………」
あっ…た…。
あったよね?
妃英理が虫垂炎になって入院する話。ほら、なんかギスギスした人たちが病室でお茶会開いたら殺人事件が…。
ってことはもしかして…
コンコン、と車窓ガラスを叩く音。現れた人物にハルは「ぎゃー!!」と車体が大きく揺れるほど叫んだのだったーー…。
「ごめん。まさかそんな驚くとは…」
安室透は困ったように笑いながら眉を下げる。バクバクと跳ねている心臓に手を当て、一度深呼吸をした。
「…いや、こっちも大声出してごめん」
「どこか具合が?」
「え?」
あぁ、そうか。ここは病院の駐車場。ハルが具合が悪くて訪れたと彼は思っているらしい。
「ううん。違うの。私は付き添いで…」
英理のことを話そうとした口は咄嗟に閉じてしまう。突然現れた彼に動揺も少しあったと思う。自分の言動がどこまで原作に影響するか瞬時に判断できなかったハルは念の為英理のことは極力伏せ、ことなきを得ようとする。
「付き添い?」
しかしW誰のW付き添いで来たのか彼は気になる素振りを見せた。いかん、話を逸らさねば。
「安室くんはどうしてここに?」
「僕はここで入院している男に金を貸しててね。見舞いがてら返してもらおうと思って」
「そうなんだ」
見舞品もなにも持っていない手ぶらな彼に、W見舞いがてらW…ねぇ…なんて思ってしまう。
すると彼は窓枠を超え、ズイッと顔を近づけてきた。いきなりのことで身構える。慣れない至近距離は不可抗力で一気に顔に熱が集まり出す。
「な、なん…!?」
「少し顔が赤い」
「こ、これは…!」
指摘され手で顔を隠す。整った顔立ちの人に鼻スレスレまで顔を近づけられたら誰だって赤面する。だが正直にそんなことを打ち明けられるわけもなく変に口がもたついてしまう。
「本当にただの付き添い?」
「なっ…!」
「実際は熱があるのに無理して隠しているということも…」
「ちがう!本当に私じゃなくて…!」
「ちょっと失礼」
コツン、と彼の額がハルの額に当たる。カッ!とこれでもかと目が開く。人間驚くとこんなに両目をかっ開くことが出来るのね…なんて現実逃避を兼ねた頭はそんなことを思った。というか、え?この人こんな距離感バグったことするの?
「熱は…ないみたいだな」
未だ衝撃過ぎて固まっているハルを他所に、今度は下瞼を引っ張られた。
「貧血…も、問題なさそうだ」
次には顎を持たれ、喉奥を見ようとしたところでようやく正気を取り戻した。
「ちょっ、ちょっと!ちょっと!」
顔をブンブンと横に振り、彼の手を払う。
「いったいなにしてるの⁉︎」
「君が正直に言わないから」
「ほ、本当のことだよ!」
「いいや」
君は僕に何か隠し事をしている。
そう、言い放たれた言葉にハルの口はぐっ、と閉じてしまう。
「これでも探偵の端くれ。仕草や、瞳孔の動きを見ればわかるさ」
合わせていた目を咄嗟に逸らしてしまう。これでは肯定しているようなものだ。
「どう?観念して話す気になった?」
「…っ…」
「まだ黙秘を続けるというならこのまま診察を続けるけど…」
「ッ!!」
再び迫ってきた手にハルはとうとう口を割ってしまう。
「ぎ、義姉が虫垂炎で今手術してる!」
あっ…と後悔してももう遅い。
「わたし!もう行くね!義姉さんに頼まれたものもあるし!」
そうだ。ここで油を売っている場合ではない。話に乗らないでさっさと急いでるとかなんとか言って出ればよかったのだ。彼は最後に「引き止めて悪かった」と本当に悪いと思っているのか些か疑問な謝罪が返ってきた。先程のあのらしくないW診察Wも全ては何か隠しているであろうハルに白状させるためか…。内心ほくそ笑んでいるバーボンの顔が見えるようである。
く、くやしい…
きっと彼はこのまま英理の病室近くまで行くに違いない。さも偶然を装って。小五郎やコナンに会うのだろう。結果原作の流れに沿った形になったから良かったのかもしれないが、この後の怒涛の展開を考えると当事者のコナン…いや新一が少し不憫でならない。
これ以上余計なことはしないようマカダミー賞の日は家で大人しく優作くんに扮した有希子ちゃんを観てるからね!と誰に届くわけでもない誓いを立てた。
2021.10.01.いいね♡
加筆修正2024.07.19.