我慢出来ませんでした。
「んーっ!おいしい!」
ふわっと柔らかいパンの食感にシャキシャキッと歯応えのあるレタス。マイルドなソースが口の中に広がり、あまりの美味しさにハルは頬を抑える。
念願のハムサンド。以前差し入れしてくれた卵やツナももちろん美味しかったが、幼少期から気になっていたものの一つというのもあり、口に入れる度に夢が叶ったんだと幸福感が押し寄せてくる。そんなハルの事情など誰も知る由もないのだが、他のどの客よりも美味しそうに食べるハルに安室も満足そうに微笑んだ。
「でしょ?安室さんの作ったハムサンドすごい好評なんですよ」
最近ではハムサンド目当てで来る客も少なくないと梓は語った。
「でもハルさんがそんなにハムサンド好きだったなんて初めて知りました」
一度もポアロで注文したことなかったですよね?と言われて思わず咽せてしまう。正確にはW安室が作ったハムサンドを食べてみたかったWが正直な話なのだが、そんなこと言えるわけもなく「最近ね、とくにハマってて。ハハハッ」なんて苦笑いしながら誤魔化した。
「でも安室さんのハムサンド食べたらもう他のは食べられないかも」
「よかったですね安室さん」
「えぇ」
「ハムサンド以外にオムライスも好評なんですよ。今度は是非そちらも食べてみてくださいね」
「そうなんだ!」
どんな味なのだろう。卵は薄い皮のタイプかそれともふわふわとろとろタイプか…。今食べたばかりだというのに頭に浮かんだオムライスにもうお腹が空いてきそうだ。
「っと、そろそろ出ないと」
ふと店の壁時計が目に入り、蘭達が帰宅してくる時間帯だった。思った以上に長居してしまったようだ。席を立とうとしたところで安室に呼び止められる。
「食後のデザートはどう?」
「うっ…」
ついその誘惑に負けそうになってしまう。しかしそろそろ買い出しに行かないといけない。
「食べたいけど…これ以上食べたら夕飯が入らなくなっちゃうから…また今度に、」
「旬のフルーツを使ったパフェなんだけど」
気づいたら腰を下ろして「お願いします」と頼んでいたーー…。
「今日ハル姉来てるなら遅くまでゆっくり出来るんでしょ?」
「うん!部活の練習も休みだし、学校帰りどこか寄ってく?」
「なら探偵事務所の下の階にある喫茶店…ポアロはどうだ?コナン君もそろそろ帰ってくるんだろ?」
「そだね」
「別にガキンチョは誘わなくていいんじゃない?」
「僕が会いたいんだよ」
「………」
前からショタコン疑惑があったが本当にそうなのかもしれないと思う園子であったーー。
「ただいまー!」
「おかえり蘭姉ちゃん」
「あれコナンくんだけ?ハルお姉ちゃんは?」
「僕が帰ってきた時にはもういなかったよ」
「買い出しに行ってるんじゃないか?」
「いつもはメールか書き置きがあるはずなんだけど…」
「それより荷物置いたら早くポアロ行こ!話したいこともあるしさ!」
園子に背中を押されるようにポアロへと向かう。店に行くとそこには探していたハルの姿が。
「いらっしゃいませ!」
「あっ!ハルお姉ちゃんいないと思ったらここにいたー」
「ごめんー。つい長居しちゃった」
「ハハッ!呑気にパフェ食べてたな」
「太るよーハル姉」
気にしていることを園子に言われたのか、うぐっ、とハルはスプーンを口に入れたまま固まってしまう。
「皆さん、こちらのテーブル席へどうぞ」
ショックを受けたまま動かないハルのことは放って、梓に案内された席へと皆腰を落ち着かせる。それぞれ飲み物を頼み、一息ついたところで園子が本題に入った。
「バンドだよバンド!!」
園子曰く、昨夜観た映画に女子高生バンドが出てきたらしく、どうやらそれに触発され自分たちもやらないかという話だった。年末にやる米花町カウントダウン演芸大会に出場して優勝を狙うつもりらしい。
コナンはふとカウンター席に座るハルが目に入った。体をこちらに向け園子たちの会話に耳を傾けていると思いきや、視線はその隣。ギターケースを持った二人組の男性客に向いていた。園子が話す度に嘲笑めいた顔でなにやらこそこそと話している。見ていていい気はしなかった。ハルも同様に思ったのかその眉はだんだんと顰められ、何度か口を開きかけては我慢するように閉じられる。その後園子の『ちょっと練習すればすぐ弾ける』の言葉についに彼らは絡んできた。園子にギターを手渡し、弾いてみろという。戸惑いながら肩にギターを掛けたが、全くの素人がいきなり弾けるわけもなく、園子はそのまま固まってしまう。
「園子ちゃん」
ぽんっと彼女の肩を叩いたのはまさかのハルだった。
「私に弾かせてくれない?」
「え?で、でも…」
これには蘭も困惑した表情を浮かべる。ハルがギターを弾いてる姿など産まれてこの方見たことがないからだ。もしかして弾けるの?と期待に満ちた目を向ける園子。その期待を裏切るように彼女はゆっくりと首を横に振った。思わずガクッと肩が落ちる。目が点になっている園子をよそに彼女はギターを肩に掛け、さらに「たしかに簡単そうだね!」と彼らを煽った。
弦を爪弾くと腑抜けた音とともにゲラゲラと馬鹿にしたような笑い声が店内に響き渡る。まったくいい大人がくだらねぇとコナンは彼らを睨んだ。
「ハルさん」
真純が立ちあがろうとしたところで場の空気は一変。気づけば安室がハルのそばに立っていた。そして彼女からギターを奪うとプロ顔負けの演奏を披露したのだ。その姿に周りは圧倒される。
「まぁ、この子達もちょっと練習すれば…これぐらい弾けますよ…」
呆気に取られている男性客。彼らの反応からして安室の腕前は自分たちよりはるかに上なのだろう。安室にギターを返され、彼らはバツが悪そうにしてそそくさと店を出ていったのだったーー。
その後、安室にギターを教わる流れとなり貸スタジオへと移動することになった。ハルもこのまま店を出て買い出しに出るという。別れを告げ皆とは反対方向へ足を向ける彼女を安室は呼び止めた。
「ハルさん、ああいった無茶な行動は…」
そう言いかけて彼は口を噤む。次には「いや…」と首を振り、言いかけた言葉を飲み込んだ。安室が何を言わんとしているのかハルにはわかったのか困ったように笑う。
園子に全く非がないわけではない。しかし蘭同様に妹のように可愛がってきた彼女を見過ごすことは出来なかったのだろう。あえて自分に矛先が向くよう挑発めいたことを言って、その場を丸く収めたかったのかもしれない。安室もそれをわかっているからそれ以上の言及はしなかったのだろう。
そんなハルの表情に安室も同じように眉を下げた。その表情がなんだかとても自然で、コナンは呆気に取られてしまう。二人の纏う空気が以前よりも柔らかいものになっていることに小さな少年は気づいたのだったーー…。
2022.01.08.いいね♡
加筆修正2022.03.09.