衝動 ⑴
W悪い降谷…W
W奴らに俺が公安だとバレた…。逃げ場はもう…あの世しかないようだ…W
Wじゃあなゼロ…W
裏切りには…制裁をもって答える…だったよなーー?
「ねぇ、今のところ曲がるんじゃないの?バーボン」
「………」
「バーボン?ちょっとバーボン?」
「え?」
「『え?』じゃないわよ…さっきの交差点右折しないと…」
「すみません…少し考え事をしていたもので…」
知らぬうちに強く握り締めていたハンドルに気づき、手の力を抜く。
「あら…らしくないわね…。じゃあさっきの話、聞いてなかったの?」
確かにベルモットの前でぼんやりするなどWらしくないWと胸の内で苦笑する。
忘れた日など、ない。
工藤邸での出来事があってからかWあのことWを思い出す頻度が増えた。
「聞いてましたよ…ソレが公になる前に探りを入れて…必要とあらば潰せばいいんですよね?」
「相手は大物…接近しにくいなら関係者に変装させてあげるけど?」
「いえ、ご心配なく…相手の懐に入るなアテならありますから…」
バーボンは脳にへばりついたその記憶を落とすようにゆっくりと瞬きをしたーー…。
『わぁ!やっちゃん折り紙上手!』
小さな手に乗せられているのは色鮮やかな紙で作られた折り紙。
『えへへ!じゃあこれハルちゃんにあげる!』
『え?いいの?』
笑顔である筈の目の前の彼女はどうしても顔が見えなかった。
『うん!そのかわり引っ越して離れ離れになってもずっと友達でいてね!』
『もちろん!手紙書くね!』
『私も!』
どんな、顔をしていたっけ…?
『じゃあ小指だして!ゆーびきーりげんまん…』
ハルちゃん!約束ね!次会うときは私ーー…
朝、寒さで目が覚める。思い出せないけど、すごく懐かしい夢を見ていた気がする。くしゅっ、と小さなクシャミ。冷えた肩をさすりながら、ハルはベッドから足を下ろしたーー…。
「へぇ!安室さん波土禄道の大ファンなんだ?」
ポアロにて蘭と園子はたまたまネットニュースの上位に上がっていた、とあるロックミュージシャンについて話をしていると安室がそのファンだということを知る。
「えぇ。今度のライブで披露される新曲があるようで…」
「17年前の曲に歌詞をつけたものなんでしたっけ?」
「えぇ…なにせ五年ぶりですからすごく楽しみで。ファンとしては一日でも早くその曲を耳にしたいと思ってる程で…」
スマホで波土の情報を確認していた園子は安室のその言葉に顔を上げる。
「ならさ!リハーサル見学出来るよう連絡してみようか?」
「え?」
「このレコード会社ってパパが出資してるところだからそれぐらいなんとかなるよ!」
「いいんですか?」
「もちろん!安室さんのためだもの!」
「園子、あんまりそういうこと言ってるとそろそろ京極さんに怒られるよ?」
「この間助けてくれたお礼だって!梓さんも一緒にどう?」
「うーん…私は遠慮しておこうかな」
「じゃあ、私と蘭と安室さんの三人ね!」
「園子さん、ありがとうございます」
「あっ!せっかくならハルお姉ちゃんも誘っていい?」
「ハルさんも波土のファンなんですか?」
「いえ、違うんですけど…ここ最近仕事が忙しいのか、元気がないような気がして…息抜きになればいいなって…」
「元気ないんですか?」
「あっ!でも私の勘違いかもしれないので」
「ハル姉あんまりそういうとこ表に出さないもんね」
「怒ってるときはわかりやすいんだけど…」
彼女たちの話に相槌を打ちながら、安室は後ろ手で【懐に潜り込む目処が立った】とベルモットにメッセージを送ったーー…。
数日後ーー…
「毛利、顔色悪くないか?」
「え?」
休憩中、同僚の男性にそう指摘される。数日前から引いていた風邪。病院でもらった薬はなかなか効いてくれず、変に長引いていた。
「ここ最近忙しかったし疲労もあるんだろ。残りの仕事は俺がやっとくから、今日は早めにあがれ」
「でも熱があるわけじゃないし、これぐらい全然…」
途端起こる立ち眩みに同僚が肩を支える。
「ほら」
「………ごめん」
自分が思ってる以上に体にきているようだった。これは誰かに感染す前に帰った方が良さそうだ。なんだか頭痛までしてきた気がする。
「ありがとう。今度何か…」
「そんなことより早く治せ。俺が過労で倒れる前に」
「うん、ごめんね…」
「冗談だ」
ほん気にすんなよ、と笑う同僚の気遣いに感謝しながらハルは帰り支度をする。
「あっ、毛利」
「なに?」
「いや…その…なんだ…」
「…?」
口籠もっている同僚に首を傾げる。
「こ、こんど…あっ、いや!お前が元気になったらだけど…!飯…いかないか?」
「ご飯?」
「あぁ」
ぼんやりする頭で今日の埋め合わせに奢れということかな?と解釈したハルは二つ返事で了承すると彼は嬉しそうに頷いた。
「じゃあ決まり。また連絡するから」
「わかった」
徐々に激しさを増していく頭痛に耐えながらハルはその場を後にしたーー…。
「あれ、蘭さん。そういえばハルさんは結局来れなかったんですか?」
急遽合流した梓に扮したベルモットと東都ホールに出向くとその場には誘うと言っていたハルの姿がどこにも見当たらなかった。彼女の名を出すと蘭の眉尻が心配そうに下がる。
「実は風邪引いちゃったみたいで…」
「え?大丈夫なんですか?」
「メールでは大丈夫って返信がきたんですけど…電話が繋がらなくて…」
「結構具合悪いんでしょうか?」
「熱はないそうなので、明日学校帰りに寄ってみます」
今日はもう遅くなっちゃったし、と苦笑いを浮かべる蘭に安室が「なら…」と口を開きかけたところで違う声が横から入ってくる。
「なら私が帰りに様子を見てきましょうか?」
「え?」
「は?」
割って入ってきたその人物に安室は目を細める。
「す、昴さんがですか?」
「えぇ。ちょうど帰り道ですし、心配なようでしたら様子だけでも」
「でも昴さんにそんなこと頼むのはなんだか申し訳…」
「彼女とは親しいんですか?」
少々高圧的な態度の安室に蘭は少し驚く。
「まぁ、時々スーパーで会ったり…子供たちと一緒だったりと何かと面識はありますよ。どうしてそんなことを訊くんです?」
「一人暮らしの女性の家に行かれるなら多少信頼のある人の方がよいかと」
まるで沖矢では信頼が足りない物言い。少しばかりトゲのあるその言い方に沖矢の細い目が少し開かれる。会話の端々に見えない火花を散らせている二人を蘭は困惑した表情で交互に見る。
「ほぅ…ならあなたはどうなんです?」
「どう、とは?」
「彼女とは親しいんで?」
「えぇ、まぁ…あなたより親交はあるかと…」
「なるほど」
「とにかく、彼女の家に行かれるのはどのみち蘭さんが適してると思うのですが、どうですか蘭さん」
「えっ⁉︎あっ、は、はい!」
突然話を振られ、慌ててそう返事をしてしまう。
「ということですので」
それだけ言って警察と話し終えた梓の元へ戻ってしまった安室。蘭と沖矢は呆然と立ち尽くしたのだったーー…。
2022.02.01.いいね♡