自覚


「あっ」

修学旅行中、撮った写真を見返してた園子が思い出したように声を上げた。途端その顔はニヤけ始めたため、新一は訝しげに眉を寄せる。

「そういえば、この間こんなの撮ったんだけどさ」

「なになに?」

じゃーん!とスマホ画面を蘭に向ける園子。その写真に蘭は目を丸くする。そんな彼女の表情に一体何を見せたんだと新一は後ろから覗き見て、なるほど、と呆れた顔をする。

「蘭のおじ様に見せたら大変な…」

「だ、だめ!」

蘭の声に園子と新一は目を瞬かせる。

「だめって…蘭だってたまに相談したりしてたじゃない」

「あれはどんな人か気になったからで…で、でも!今回のそれはお父さんには内緒にしてて」

「蘭がいいならいいけど…」

その時の蘭はなんだが我慢しているような、少し寂しいような…そんな表情で。そこでふと思い出す。余ったたった一つのドーナッツを本当は自分も食べたいくせに我慢して新一にあげると言ったあの幼き日の蘭の姿をーー…。





「えっ、仕事?」

「あぁ、資産家の諸岡ってやつが脅迫状もらったつって連絡きてよ。今から黒ウサギ亭って店に行って話聞いてくる」

「じゃあ私はこのまま帰ろうかな」

「あぁ?飯はどうすんだよ」

「ちょうどいいからそのまま蘭達つれて、そのお店で食べてきたら?仕事終わってから夕飯だとお腹空くだろうし」 

「じゃあハルお姉ちゃんもそのお店に行こうよ」

「実は今日みたいドラマがあってさ、9時にはご飯もお風呂も済ませちゃいたくて」

「さっきまでそんなこと言ってなかったじゃねぇか」

小五郎がそう指摘すると彼女は「今思い出したの」と鞄を手に取る。急に忙しなく帰り支度をする彼女に疑問を抱きながらも自分達も出かける準備を進めた。

「じゃあ、また来るね。蘭、お土産の生八ツ橋ありがとう」

「うん!またね」

少々急ぎ気味に扉を開けると、安室がサンドイッチ片手にノックする体勢で固まっていた。いきなり目の前に現れた安室にハルは驚いたのかそのままパタンと閉めてしまった。

「……」

「……」

「何やってんだよ。安室君が可哀想だろ」

「びっくりして、思わず」

苦笑いを浮かべつつ申し訳なさそうに今度はゆっくりと扉を開けて出迎える。同じく苦笑いしている顔の安室がそこにいた。

「ごめんね、どうぞ」

そそくさと帰ろうとするハルを安室が呼び止めようとする。しかし彼が口を開く前に「じゃあね、安室くん!」とニコッと満面の笑みを向け、颯爽と階段を降りていってしまった。彼女の表情に安室以外の三人が口端をヒクつかせている。

「………」

「………」

「………」

「……えっと、ハルさんなんだかご機嫌?でしたね…?」

「何言ってるんですか安室さん」

「…えっ?」

「安室さん、なにしたの?」

「…えっと…?」

「めちゃくちゃ怒ってるぞあいつ」

「…………」

ーーえっ?





ズンズンズンといつの間にか早足になっていることに気づき、歩調を緩める。

肩にかけてある鞄の紐をギュッと握りしめ、ハァ、と胸の内に溜まっていたものを吐き出した。感情をなるべく表に出さないよう努めたが上手く笑えていただろうか。

安室と停電の日に起こった出来事がどうしても頭から離れず、モヤモヤしている気持ちを少しでもスッキリさせたくて博士の家を訪れた。

ハルが風邪を引いたあの日、彼が家に来たかどうか確かめるのは無理でもメールと着信履歴の復元を試みれば何かわかるかもしれない。

もしこれで復元しても何も出てこなければ、すべてはハルの夢の出来事だったのだと諦めもつく。

しかし相手は頭の切れる探偵であり、探り屋でもある、公安の人間。通常の手順を踏んでも素人の自分では復元出来ないだろうと考え、ここは機械に強い博士に協力を仰いだ。沖矢昴に状況を知られてしまったのは痛いが致し方ない。安室透の目を盗んで博士に会うにはあの日しかなかった。

W妙な事に通常の操作では復元出来んようロックがかかっておったW

そんなことが出来る人物はハルの周りで限られているわけで…

Wそのメールが自分の意思とは関係なしに送られたか、あるいは何らかの事情でなかったことにしたかった…というところですかね?W

「…っ…」

合っていた目はあまり合わなくなり、向けられる笑顔はどこか胡散臭く、こちらが話かけてもすぐに会話は終わってしまう。

家に訪れたことや、メールや電話は彼にとって越えてはならないラインだった?
それとも毛利小五郎を調べる必要がなくなったからもうW毛利ハルWは不要に…?

命懸けで潜入している彼の身を考えたら致し方ないのかもしれない。

けれど…

夢現の中で握られた手。
手に残る彼の温もりが自分を避ける彼の行動と矛盾していて、ハルをより混乱させる。
本人に聞いても真実など話してくれないだろう。スッキリするどころか余計モヤモヤしてしまった。

沸々と…何かが込み上げてくる。
湧きあがった感情を無理矢理抑え込む。
割り切れていない自分に困惑する。

彼に親切にされようが、人懐っこい笑みを向けられようが、たとえそこにW本心Wがなくとも今まで平気だったではないか。

彼が自分に構うのは毛利小五郎の妹だからだというのは初めからわかっていたことなのに…。

どうやら安室との間に隔てていた壁はいつの間にか彼と接していくうちに徐々に崩れていたらしい。

気づいた時にはもう手遅れで。

あぁ、私は彼に惹かれているのだと。
好きになってきているのだと。

散々彼を遠ざけていたのに、相手が離れたことで己の気持ちに気づくなんて…皮肉なものだ。

チカチカと街灯に明かりがつき始め、夜の帳が下り始めていた。
今頃は黒ウサギ亭に着いているころだろう。

空を見上げ、主張し始めた月を眺める。

もうすぐハルの知識に終わりが近づいてきている。ハルの知らない章が始まろうとしている。そうなる前にハルは今後のことを考えなければならなかったーー。






「何見てるんだ?」

公園のベンチで難しい顔をしてスマホを眺めている園子に真純が突然声をかけると、彼女は驚いてスマホを落としそうになってしまう。

「び、っくりしたー!」

「ごめん、ごめん。脅かすつもりはなかったんだ。あまりにも真剣に見ていたものだからついね」

何を見てたんだ?と真純が訊ねれば彼女はスマホ画面をこちらに向けてくれた。

「実はこの前探偵事務所の前でハル姉が知らない男の人といてさ」

そこにはポアロの窓際で仲良くご飯を食べている男女二人の写真。恐らく隠し撮りであろうそれに真純の口端がひくりと動く。

「そ、そんなの撮ってどうするつもりなんだ?」

「蘭のお父さんに見せようとおもったんだけど、蘭に止められちゃって…」

「なんて…?」

何故彼女のお父さんに見せる必要があるのか。目が点になっている真純に察した園子が訳を話してくれる。

「蘭は覚えてないっぽいんだけど…昔、蘭と二人でハル姉を尾行したことがあってさ」

「なんでまた?」

「ハル姉が高校生の時だったかな。大学生ぐらいの男の人とデートしてるのをたまたま目撃して」

「やるなぁ、ハル姉」

「でもその人があんまり良い人じゃなかったんだよねぇ。それからさ、おじ様がハル姉に近づく男の人を徹底的に調べ出すようになって」

「男運がない…ってことなのか?」

「うーん…たぶん、良い人もいたんだろうけど、ハル姉に男の影がチラつく度におじ様がその人に職質紛いなことするもんだからだいたいの人が引いてっちゃって」

「ハル姉に彼氏が出来ないのはそのせいか」

「まぁ、でも恋人が出来て一番寂しがるのは蘭だと思うけどね」

職質紛いなことまでする兄の小五郎ではなく、蘭の名が出たことに真純は意外そうな顔をする。

「蘭くんが?」

彼女の性格なら快く祝福してくれそうな気がするが。

「蘭はさー、昔からそういうことで寂しいとかツラいとか思ってても私の前ではあんまり口にしないんだよね」

英理が出て行った時も、新一が姿を消した時も。

「まっ、新一君の前では違うんだろうけどさ」

少し寂しげに笑いながら写真を削除した園子。真純はそんな彼女の表情に気付けば口を開いていた。

「今度さ、みんなで映画にでも行かないか?君の彼氏も誘って」

「え?」

「ヒーロー軍団アゼンジャーズ!実はちょっと興味あるんだ」

無邪気に八重歯を見せて笑う真純に園子は「しょうがないわね〜」と困った顔で笑ったのだったーー…。



2022.05.24.いいね♡

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