消されたメール


「映画?」

「そう!来週放映される沖野ヨーコちゃん主演の新作映画!ハルお姉ちゃんも誘って一緒に観に行こうよ!」

「………」

眼鏡越しからジッと訝しげに細められた眼が蘭を捉える。

「な、なに?」

「どーせまたあのヒゲオヤジも来るんでしょ?」

ギクっと動きが止まる蘭に英理はやっぱりね、と溜息をつく。

「いやよ」

「えー!どうして?ほら見て!映画の内容もすっごく面白そうなんだよ?」

携帯で検索した内容を英理に見せる。片眉を山なりに上げつつ、彼女はその文面を目で追った。

「W主演、沖野ヨーコが演じるのは美人敏腕弁護士。彼氏は元刑事のヘボ探偵W…?」

「うん!その彼氏が殺人の疑いをかけられちゃうんだけど、見事!その女性弁護士の類稀な推理力で彼の濡れ衣を晴らすの」

元刑事で探偵だという役に、別居中である夫が頭に浮かぶ。

「それでね『やっぱり僕には、君だけだ』ってその女性弁護士にすがりつく様がまた涙を誘うらしいのよ!」

「そう。あのヒゲオヤジにも見習ってほしいものだわ」

「もー!そんなこと言って!この映画観たらきっとお父さん、前にお母さんがお父さんの無実を晴らしてくれたこと思い出して同じセリフ言っちゃうかもしれないよ?」

「………」

想像したのか、少々満更でもない顔をしている英理にもうひと押しだと蘭は二の矢三の矢を放つ。

「『あぁ、英理…やっぱり俺にはお前しかいない』…」

蘭の全く似ていない小五郎のモノマネでも頬を染めている英理。

「………」

「『戻ってきてくれ…英理…!』」

「……あ、あなたがそこまで言うなら仕方ないわね」

技あり一本、なんて言葉が頭に浮かぶ。感情を隠さずニヤついていると英理は慌てて上がっている頬を下ろしコホン、と咳払いを一つした。

「勘違いしないで。あなたがどうしてもというから仕方なく行くのよ」

「わかってますって」

「あと、あの人に少しでも日頃の行いを反省させるために…」

「はいはい」

「ってあら栗山さんから電話…もしもし?えぇ、えぇ。あっ、それと来週の日曜なんだけど、午後の予定は全て別日に回してくださる?」

《えー!?先生ッ?ちょっ…》

「………」

電話口の相手が言い終わる前に通話は強制的に切られた。

「来週の私の予定は大丈夫だったわ」

本当に大丈夫だったのだろうか。

「あっ、それとチケットは私が手配するから。あの人が用意するとロクな席にならなそうだし」

「ありがとう」

とっても楽しみにしてくれているようでなによりです。と胸の内でつぶやく。

「で、最近どうなの?」

「どうって?」

「ハルよ。そろそろ彼氏の一人や二人出来たんじゃなくて?」

「教えなーい」

「あらなぁに?今までは教えてくれてたじゃない」

「だって、お母さんに話すと必ずお父さんに話がいくし…」

そのせいで今までハルに良さそうな人が現れてもその人と父がだいたい揉めてしまい、ハルとはなかなか恋仲に発展しないのだ。

「でも意外だったなー」

「何が?」

「沖野ヨーコちゃんと比護選手の熱愛報道されたとき、哀ちゃんからの依頼がなければ調査に行かなかったことよ」

「変なところで頑固なのよ」

「興味本位で調査しないことが俺のポリシーだ!みたいなこと言ってたけど、ハルお姉ちゃんへの調査はそのポリシーに反しないのかな」

あれ?と蘭はそこでふと疑問に思う。そういえば安室とハルが仲良さげに話している姿を見ても父は何も…

「やっぱり覚えてないのね」

「…え?」

突然の英理の言葉に蘭は首をかしげる。覚えていないというのはいったい…

「まぁ…その約束を未だ律儀に守ってるあの人もあの人だけど…」

「ちょっ、ちょっと待って!それってどういう…こと…?」

英理から聞かされた事実に、蘭は暫く動くことができなかったーー…。





数週間後。

「ホー…比護選手本人が手に触れた比護選手のストラップを落としてしまい…それであの状態というわけですか…」

魂が抜けてしまったようにピクリとも動かない灰原哀を沖矢昴は物珍しそうに見る。

「ああいう姿を見ると普段はクールに装っておっても…中身は18歳の女の子じゃと実感するわい…」

「こちらとしても女の子のままでいてくれた方が助かるんですがね」

「そ、そうじゃのォ。しかし何やらややこしい事になっておるとメールが来たが…見つかるかのォ?」

「そいつは愚問ですよ阿笠博士…。見つからない可能性の方が低いと思いますよ?日本屈指の捜査官が2人もついているんですから…」

ピンポーン、と突然玄関の呼び鈴が鳴り、阿笠と沖矢は顔を見合わせる。彼らが帰ってきたにしては早すぎる。

「おや、ハルくん?」

阿笠が出てみるとそこには意外な人物が扉前に立っていた。

「いったいどうしたんじゃ」

「ごめん、博士。いきなり来て」

「それは構わんが…」

チラッと沖矢に視線を送る。沖矢が頷いたのを確認してから阿笠はハルを家の中へと招き入れた。

「実はちょっと頼みたいことがあって…」

「頼みたいこと?」

神妙な面持ちのハルに二人は首を傾げた。





「ホゥ…消してしまったメールと着信履歴の復元ですか」

「はい。ネットで色々調べてやってみたんですけど、どれもうまくいかなくて…」

ハルがチラッと灰原を気にするように視線を向けるが当の本人はそれどころではないようで、ハルが来たことにも気づかぬまま、依然放心状態である。

「メールはわかりますけど、なぜ着信履歴まで?」

阿笠がカウンターテーブルで作業をしている後ろでハルにことの事情を聞く。視線は灰原を捉えたまま、彼女は沖矢の質問に答えた。

「掛け直そうと思ったら、間違えて消してしまって…。電話帳に登録する前だったので、番号も覚えてないし」

「なるほど」

同期されたハルのスマホの中身がPC画面に映し出される。沖矢が覗き込もうとしたところでハルに遮られた。

「プライバシーです」

「博士はいいのに?」

「博士はいいんです」

「ほれ、出来たぞ」

「えっ、もう?さすが博士!」

「一応確認してくれんかの」

「うん!」

彼女は阿笠からスマホを受け取り、さっそくメールボックスを開く。

「妙な事に通常の操作では復元出来んようロックがかかっておった」

「ロック…?」

指先の動きが止まる。視線は考え込むように床へと落とされ、その眉はどこか寂しげに下がる。その隙に沖矢はハルのスマホを覗き見る。沖矢の目に入り込んできたそれは意外な人物の名が記されていた。

「……これは」

「…あっ!」

彼女が慌てて画面を隠すがもう遅い。

「それが消されたメール?もしや着信履歴も彼の?」

「……っ……」

答えないハルに沖矢は肯定と取った。彼の電話番号など、実の兄にでも訊けばわかるもの。それを敢えて復元する方法をとったということはつまり…

「そのメール、本当にあなたが消したんですか?」

「………」

彼女はしばし沈黙したあと、肩の力を抜き、諦めたように小さく息を吐き出した。

「……昴さんは、どう、思いますか?」

「どう…とは?」

「このメールの文面…どこか支障があるように見えますか?」

沖矢は再度スマホ画面に目を落とす。そこには【風邪引いたって聞いたけど…体調は?】と書かれており、何の裏もない、ただ純粋に彼女を心配しているだけのメッセージに見えた。

沖矢が「いいえ」と首を横に振ると、彼女は「ですよね」と返した。

「消さなくても…いいじゃない…」

ポツリと小さく放った言葉は誰に向けてなのか。彼女のまつ毛が下瞼に影をつくる。

「彼とは他にどのようなやりとりを?」

「先日、家を訪れたかどうかを尋ねました」

なるほど。と沖矢は考えるように腕を組む。

「そのメールが自分の意思とは関係なしに送られたか、あるいは何らかの事情でなかったことにしたかった…というところですかね?」

「………」

「ハルさん?」

「いえ、なんでもありません」

彼女は唇をきつく噛み締めたあと、ニコッと満面の笑みを我々に向けた。そして阿笠に礼をいい、長居もせずに帰っていった。彼女の表情に阿笠だけが口の端を引き攣らせている。

「じゃ、じゃがWたまたまW彼がいない時でよかったわい」

「えぇ」

彼女は安室透が沖矢昴を怪しんで工藤邸を張ってることなど知らないはずだし、いつどこで彼の目が光っているかわからないこの状況のなか、彼女が阿笠の家を訪れたのはベストタイミングだった。子供たちと灰原のストラップを探すという名目がなければ彼は今もあの場にいただろう。

「頭の切れる彼ならすぐ勘づくでしょうし」

彼が故意で消したのなら彼女が調べようとした時点で何かしら妨害していたはず。

「でも彼女よく気が付きましたね。メールや着信履歴が消されてるなんて」

「ハルくんは変なところで鼻が効くと新一がよく言っておったわい」

「ホゥー?」

メールの日付はロックミュージシャンの事件があった日。その日ハルは具合が悪く、東都ホールには来ていない。彼女が通知に気づく前にメールや電話を消したとなると彼女の家に訪れたのは当日の可能性が高い。

W一人暮らしの女性の家に行かれるなら多少信頼のある人の方がよいかとW

あの言い方からして何の理由もなしに彼女の家を訪れるとは考えにくい。通知にも気づかないほど、と考えると恐らくだが彼女の容態が悪化し、それを悟った彼が様子を見に行った。というところだろうか。

しかし素人の彼女に悟られてしまうとは彼らしくもない。完全に削除する時間がなかったのか?それとも彼女がここまですると思っていなかったのだろうか。はたまた、


気づいて欲しかったのかーー?


2022.05.01.いいね♡

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