サプライズ ⑵


皆でケーキを食べ終えた後、沖矢昴は用事があるからと工藤邸に帰ってしまった。自分もそろそろ…と席を立つ。

「えー!もう帰っちゃうのー!?」

「この後、博士が新しく作ったゲームやる予定なんだからよ!」

「一緒にやって行きましょうよ!」

ねぇ!!と服やら手やらを掴んでせがむ少年探偵団たち。ハルもまた、しばらく子供らに会えなくなると思うと少々離れがたく「少しだけなら…」とテレビ画面の前に移動したのがお昼過ぎ。

気づけば少しどころか夕飯時になるまで夢中になってプレイしていた。クリアまでいかなかったことに多少不服そうではあったが、まだ空が明るいうちに子供らを家に帰した。

今度こそ自分もお暇しようと鞄を持ったところで小さな手が袖を掴む。

「どうしたの?哀ちゃ…」

「さっきはあんなこと言ったけど、本当は寂しいの」

まるで恋人に吐くようなそのセリフに「え?」とハルは二度見する。

「もう少しここにいて…」

どうやら空耳ではないようだ。いったいどこでそんなセリフを覚えてきたのだと出かかった言葉は不安そうに寄せられている眉に気づいて閉口する。冗談で言っているわけではないその雰囲気に、ハルは目線を合わせるよう少し屈む。自分を頼るぐらいだ。もしかしたらここ最近、黒の組織関係で何かあったのかもしれない。

「夕飯は何がいい?哀ちゃんの好きなもの作るよ」

俯き加減に下がっている頭を優しく撫でると寄せられていた眉間の皺が徐々に薄くなっていく。

「ありがとう。でも夕飯は彼が作ってくれた残りのカレーでいいわ。それより昨日映画を借りてきたの」

「映画?」

「一緒に観ない?」

「いいね!観よう観よう!何借りてきたの?」

「『タイタニック』と『アインシュタインの栄光と苦悩の日々』」

「………」

小学生が借りるにしてはだいぶ大人びた作品に「哀ちゃん、見た目は小学生だって自覚ある?」なんて口を衝いて出てきそうになる言葉を飲み込んだーー…。





「……はっ!」

煌々とついているテレビの明かりに目を細める。エンドロールすらも終わり、いつのまにかタイトルに戻っている画面に体を慌てて起こす。

窓の外はすっかり暗くなっており、つけていた筈の部屋の明かりはいつの間にか消えていた。

「いま、何時…って、えぇ!?」

スマホで時刻を確認して仰天。とっくに過ぎている日付に頭を抱える。流石に二本続けて、しかも両作とも三時間超えの映画はさすがに無理があった。

「哀ちゃん、起きて」

同じく隣で寝てしまっている彼女の肩を揺らす。やはり二本目は鑑賞せず、先に寝かせるべきであった。

「ふぁ〜」

溜まった欠伸を出しながら、背もたれに預けていた体をゆっくりと起こす。未だ瞼が半分閉じている状態の彼女が真っ先に取った行動はスマホの確認だった。

「暗い中で見ると目に良くないよ。今部屋の明かりつけてくるから…」

「待って」

立ちあがろうとするハルを呼び止める。まだ寝ぼけているのかソファ下に置いてあったハルの鞄を手に取り、スタスタと歩き出してしまった。

「あ、哀ちゃん…!どこ行くの?」

「外に迎えが来てるわ」

「え?外…?」

混乱しているハルを他所に玄関の前で立ち止まると、彼女は鞄を手渡した。

「事情はよくわからないけど…人っていつどこでどうなるかわからないんだから…」

ガチャン…と内鍵を開けるその音は、胸奥を揺らし、ハルを憂わしげな表情にさせる。

「明日もその人が元気で過ごしてる…なんて保障はどこにもないし、失うのはあっという間…。後悔する前にきちんと話をした方がいいわ」

開かれた扉から夜の空気が入り込んでくる。

彼女が何を言わんとしているのか。
誰のことを言っているのか。

未だ状況が読み込めず、躊躇しているハルを後押しするように彼女の小さな手が腰あたりを押す。

「仲直り、出来るといいわね」

閉まる扉の隙間から彼女が微笑んだのがわかった。

「哀ちゃ…」

パタンー…と扉は完全に閉まってしまう。直後、鍵とチェーンの掛かる容赦ない音。まるで引き返すことは出来ないと言われているみたいだ。

W仲直り、出来るといいわねW

まさか…。と頭に思い浮かんだ人物に、いやいや…と頭を左右に振る。深夜二時を過ぎているこんな時間に迎えなど来るはずがない。

「………」

門に視線を向ける。今のところ道路しか見えず、もう少し足を進めなければ、ここからだと塀が視界の邪魔をして車が停車しているかどうかわからない。

本当に?と好奇心と懐疑心が半々に入り混じった複雑な感情がぐるぐると渦巻く。

物音一つしない、真っ暗な阿笠邸を一度見上げた。

「………」

ここにずっといても仕方がないか…と短く息を吐き出し、向き直る。

逡巡する気持ちを捨て、恐々と歩き出した先に斜め向かいの道路脇に停車している白い車が門の隙間から見えた。

心臓はわかりやすいぐらいに飛び跳ね、ハルの体は一気に硬直してしまう。

どうしよう…W彼Wがいる。
安室透が待っている。
まさか、本当に自分を送るために?
わざわざこんな夜更けに?

「………」

不安な気持ちとは裏腹に、知らずのうちに上がっている口角に気づき、胸の内で釘を刺す。

勘違いしてはダメ。自分に会いに来たわけでない。きっと沖矢昴の偵察ついでに立ち寄っただけだ。この厚意に意味なんて…
  
「すー…はぁー…」

ゆっくり深呼吸をしてから両開きの門に触れる。いつもはなんとも思わないキィー…と錆びついた音が胸を騒つかせた。

ハルに気づいた彼が運転席から降りてくる。鞄の紐をぎゅっと握りしめ、うるさいくらいに暴れる心臓を必死に抑えた。

「こんばんは」

「こん…ばんは」

彼が今どんな表情をしているのか。他人行儀に振る舞われるのが怖くて顔を見ることができない。

「どうぞ」

助手席に回った彼がドアを開ける。

緊張でカラカラに乾いた喉にこくん、と生唾を押し込み、

ゆっくりと…
静かに…

一歩、踏み出したのだったーー…。





「彼女、無事安室透の車に乗ったわ」

上の階から車が走り去るのを確認したあと、灰原は耳に当てているスマホにそう告げる。

《わりぃな。遅くなっちまって》

「ほんとよ。引き止めるの大変だったんだから。それより、ここまでする必要あったのかしら」

そもそも人の色恋沙汰に手を出してる場合なのかとチクチク吐けば、《あーもう!わーってるよ!》といかにも面倒臭そうな声が返ってきた。

《お節介とも思ったさ。けど蘭が…》

「そう。全てはW蘭姉ちゃんWの為ってわけ」

チクチクチクチク。まち針でも仕込んでいるかの如く言葉の端々を攻撃する。

《んなんじゃねぇって!俺もハル姉の様子はちと気がかりだったしよ》

Wハル姉W

彼が彼女をそう呼ぶのは初めてで。その慣れた言い方に工藤新一の時はいつもそう呼んでいたことが窺えた。

「彼女の様子を注意深く観察してみたけど、別段私たちを嫌ってるようにも見えなかったけど?」

《あぁ》

初めから分かっていたとでもいうようなその言い方にカチンとくる。

「あなたねぇ、協力したんだからちゃんと教えなさいよ」

《いや、確証がまだな…。ただ、なーんか少し前のお前と様子が被るっていうか…》

「はぁ?なによそれ。どう被るっていうのよ」

《俺たちの前から姿を消そうとするあたり?》

「………」

それは…自分がいることで誰かを傷つけると思っている。ということだろうか。

「ただの転勤なんでしょ?それに態度がおかしかったのは安室透に対してだけだったみたいだし。単純にあなた達のそばにいたら彼と鉢合わせる可能性があるから会いたくなかったってことじゃないの?」

《まぁ、そう考えるのが自然…》

すると電話向こうから「コナンくーん?帰るよー!」と遠くから呼ばれている蘭姉ちゃんであろう声が聞こえる。

《わり!詳しいことはまた会ったとき話すからよ!》

今日はサンキューな!と慌てた様子で一方的に切られてしまった通話に全く勝手なんだから、とスマホを睨みつける。

窓に背を向け、シン…と静まり返った家内を見渡す。月の光が作り出す窓の影はどこか寂寞さを生んだ。

暗闇には…独りには…慣れていたはずであったのに…。

確かにここ最近は組織関連で外出を避けたり、気が滅入っていた部分はあったが、ああ言ったのは彼女を引き止める為の小芝居だったわけで…。

まさか本当に寂しいと?

「色ボケ探偵の協力なんかしないで、Wハル姉Wに泊まっていってもらえばよかったかしら」

フッと嘲笑が含まれた息を吐く。何をバカなことを。余計なことを考える前に寝てしまおうと階段を降りる。

ブブッとスマホが短く震えた。先程まで話していた彼からだ。そのメッセージに今度は呆れを含んだ笑いが漏れ出る。早朝、彼の母親が朝ごはんを作りに来るのだそう。

「フッ…バカね。気なんか使わなくたっていいのに」

【そう】とだけ返信して、階段を降りる。その口角は僅かながら上を向いていたーー…。






2022.10.10.いいね♡

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Largo