プレゼント
僅かながら緊張した面持ちで車窓を眺めている彼女を横目に、安室は乗車を拒否されなかったことを内心ホッとしていた。
正直なところ米花町を離れるという彼女に会うつもりがあったかと問われれば答えは否で…。彼女が自分と距離を取りたがっているなら好都合。このままやり過ごすつもりであった。
江戸川コナンがらしくなく吹聴して回ったのはそれを見越してだろう。
あれだけ周りに知られてしまえば、関係を修復せざるを得ない。何もしなければ遅かれ早かれコナン以外の誰かが容喙してきていただろうし、今以上にややこしくなる前にここは彼の指示に大人しく従うのが得策だった。
W安室さん、今ね…W
まったく、本当に君は敵に回したくないな…と胸の内で苦笑いを浮かべながら秘宝展でやりとりした内容を思い出す。
今から数時間前ーー…
「安室さん、今ね…博士から連絡があって」
彼が予想していた通り、彼女が病院に現れたそう。作戦通りいけば、このまま阿笠邸に向かい、キッドの件が解決するまで足止めしておいてくれるという。
家に入られてしまえば居留守を使われてしまうだろうし、かといって彼女が家から出てくるのをずっと見張っているわけにもいかない。
会って話をするなら今夜しかないだろうと考えていたのは安室も同じだった。
「でもどうして彼女が阿笠博士の見舞いに行くとわかったんだい?仕事が忙しいからと誰にも会えていなかったんだろう?」
「言ったでしょ。ハルお姉さんはW家族Wをとても大事にする人だって」
その返答に安室は「なるほど」と一つ瞬きをした。
「君のいうW家族Wは身内の人間も含まれていたわけか」
「うん。だから例えどんなに忙しかったとしても博士が入院してるってわかったらハルお姉さんの性格上、絶対に時間を作って見舞いに行くと思って」
しかし疑問が残る。見舞いに行くことはわかったが、それが何故W今日Wだとわかったのか。ジッと見つめてくる安室に言わんとしていることが伝わったのかコナンは言葉を続けた。
「確証はなかったから賭けになっちゃったけど…ハルお姉さんが誰にも会わない理由が忙しい以外にあるのだとしたら…」
彼は一度安室から視線を外し、毛利蘭を一瞥する。つられて安室もその視線を追うように彼女を見た。
「その理由が…僕たちだとしたら、鉢合わせする可能性が低い今日を選ぶと思ったんだ」
その言葉に引っ掛かりを感じた安室は片眉を少し山なりに上げる。
「君たちを?僕との鉢合わせを避けたわけではなく?」
安室の問いにコナンは困ったように笑う。その閉ざされた口元にはノーコメントと書かれていたーー…。
キキィー…と赤信号に車はゆっくり停止線で止まる。チラリと助手席に座る彼女を盗み見るが、表情は相変わらずで、視線も窓の外に預けたまま。
Wでんわ…した…?W
「………」
何故あの時、もっと上手く誤魔化せなかったのか。
正直に当時の状況を説明して、心配で家を訪ねたと言えばよかったものの。痕跡を消したのだって、一人暮らしの女性の家に勝手に上がったことに少し罪悪感があったなど、いくらでも誤魔化せた筈だ。
あの時の彼女は確信を得ようとしていた。全ては夢の中の出来事。そう思わせておくにはあまりにも危うく、すぐさま軌道修正すべきであったのに…。
完全に履歴を消さなかったのも失態だった。まさか彼女がそれに気づくなんて…。ましてや阿笠博士に復元を頼むなど、そこまでするとは…
ーー本当に?
もう一人の自分が鋭い声で遮る。
本当にそう思っていたのか?
いつも徹底してただろ?
「……っ……」
赤く点灯しているランプを見つめる。まるで『近づきすぎた。これ以上はダメだ』と警告しているようだった。
寝ていた彼女の唇に触れようとしたあの時から、『毛利小五郎の妹』ではなく、一人の女性として意識してしまっていることは認める。
自分でも説明がつかない己の不可解な行動に困惑しているのも事実。弁が立つのが災いして自分自身をも言いくるめていたのだからタチが悪い。
W安室くん…もしかして、あの日…家にきた…?W
彼女が夢ではないことに気づき始めて、そこでようやく頭は冷え、慌てて距離を取る。そのせいで彼女に不信感を抱かせ、この有様だ。公安のゼロの立場である人間が一体何をやっているんだか…。
歩道の信号が点滅し、我に返る。青に変わったと同時に安室は停止線の先へと、アクセルを踏み込んだーー…。
風を切るように走り抜ける夜の街。
ハルはどこに向けていいか分からない視線を窓の外へと向けることで、この流れる気まずい空気ごと走る景色に身を預けた。
聞きたいことは山ほどあるのに、何から話せばいいのか。折角勇気を出して乗ったというのに唇は何かに縫われてしまったかのように固く閉じてしまっている。
安室もハルから話すのを待っているのか、その口が開く様子もなく、静まり返った車内はよりハルの身を縮めた。
ーーあっ…
ある公園を通り過ぎて、ようやく遠回りされていることに気づく。
「ごめん。少し寄り道させて」
困惑しているハルの表情に気づいたのか、目が合ったその横目は安心させるように優しく細められたのだったーー…。
家から10分ほど離れた有料駐車場に停めた彼は「少し歩こう」と車から降りた。
「その…こんな夜遅くにごめんね。大丈夫だった?」
「僕もちょうど仕事の帰りだったから」
「そっか…」
「………」
「………」
それ以上会話は続かなく、半歩前を歩く彼の後ろをとぼとぼとついていく。
上下に揺れる彼の肩には月が乗っていて、街頭がなければもっと綺麗に見えたであろう星空を見上げる。
雲ひとつないその空に、フッと白い…大きな鳥のようなものが頭上を横切った。
「え…?」
月夜に照らされ、それが白いハンググライダーだとわかると、ハルの目はより一層大きく見開かれる。
「キッ…ド…?」
そうだ。秘宝展に予告があったと今朝ニュースで…
「わっ…と…!」
ヒラヒラと一枚の紙切れが空から舞い降りてきた。目の前に降ってきたそれを咄嗟に両手で挟むようにキャッチする。再度キッドへと視線を向けるが彼は振り向かず、代わりにひらひらと手だけ振っていた。
首を傾げながら正面に視線を戻すと、キッドが現れて驚いている自分とは対照的に困ったように笑っている安室と目が合った。
何か知っているようなその表情に答えを求めるよう見つめ返すと彼は顎を少し動かし、ハルの手を指し示した。「開けてみて」とでもいうように。
恐る恐る手のひらに挟んだそれをゆっくりと開ける。白い紙切れはトランプカードで、何やら文字が書かれていた。
『やっちゃんへ♡怪盗キッドより』
そのサインにハルは息を呑む。一気に視界が滲んだのがわかった。
どう…して…
「僕からのプレゼント」
バッ!とハルは安室を見る。溜まった涙が彼の姿を歪める。
「君がここを離れると聞いて…何か用意しようと考えていたんだけど、何も思いつかなくて…。それで今日、園子さんにハルさんがキッドのファンだってきいたから…」
それで、わざわざ?
でもいったい、どうやって…?
「…っといっても直接渡したわけではないから微妙かもしれないけど」
困ったように笑いながら頬をかく安室にハルはブンブンと顔を横に振る。
彼は知らないだろう。
このサインにどれほどの想いがあるのか。ハルにとってそれはかけがえのない思い出の中の一つで、ずっと欲しかったもので。
彼が図らずとも用意してくれたこのサインにはとてもとても特別な意味があって。
宛名が『やっちゃん』になっているのを安室が知っているかわからないが、少なくともW彼Wは覚えてくれていたわけで。
「…っ…」
顔を見てしまうとまた口が動かなくなってしまうかもしれない…とハルはもらったトランプカードで顔を少しだけ隠す。
W仲直り、出来るといいわねW
うん。ちゃんと…ちゃんと話すよ。
「安室君」
カラカラの喉から出たその声は掠れ、少し上擦っていた。
「私の話…聞いてくれる?」
2022.11.22.いいね♡