私の大事な家族
「はぁ〜!終わったぁ!帰ろっと」
仕事が終わったハルは同僚にお疲れ様でしたと声を掛け、仕事場を後にする。明日は休みということもあり、浮き足立ちながら探偵事務所を目指す。
もうこの世界に来て二十年以上が経つのに未だ不思議に思う。あぁ、ここはあのW名探偵コナンWの世界なのだなぁと。
原作に触れていたのがそもそも幼少というのもあり知識はかなりあやふやだ。特に正確な日付を記憶しているわけではなかったために、英理から蘭が空手の都大会で優勝したと出張先からメールが入った時は焦った。一緒に送られてきたトロフィーと賞状を持った可愛い姪っ子の写メに「わぁ〜!おめでとう!!」なんて数秒でも呑気に思った自分を殴りたい。
そろそろトロピカルランドに二人で行くはずだ。こうしてはいられないと慌てて探偵事務所へ電話を掛けると、とっくにトロピカルなんちゃらに出かけたとの兄の知らせに驚嘆する。えっ⁉今日なの⁉早すぎない⁉と当時は蘭が携帯を持っていなかった為にすぐ様新一に掛ける…が、電源を切っているらしかった。目暮警部の電話にはすぐ出るのに!あー!もう!と急いで仕事を片付け、慌てて出張先から探偵事務所へ直行した。しかし時既に遅く、事務所のソファーの上にちょこんと座る小さな新一の姿に愕然と膝をついた。
それでも、微かな記憶を頼りに引き起こされてしまう殺人事件をどうにか止められないかと模索した時期もあった。探偵事務所に行く頻度を増やし、知っている事件であればついて行った。しかし原作の流れにはどうしても逆らえないようで、回避したと思っていても別の形で同じ結末を辿ってしまう。何も出来ない無力さと戦いながら諦めずに何度も試みたものの結果は全て同じだった。そんなある時、兄の小五郎が犯人に嵌められ爆発に巻き込まれる事件があった。何度思い返してみても毛利小五郎というキャラクターが爆発に巻き込まれるというシーンは原作にはなかった。幸い軽症で済んだが、ハルが原作に踏み込むのを止めるには十分だった。
本来存在しない異端分子である自分が変に介入してしまったことで家族に危害が及んだのだとしたらこれ以上余計なことは出来なかった。下手したら新一も元に戻れなくなってしまう。
「おい!やばいぞ!向こうの通りで衝突事故だ!」
物思いに耽っていたハルはハッと我に返り、歩みを止めた。道行く人が走って向かう先は恐らく事故現場であろう。自分もその波に乗り、現場へと急ぐ。嫌な予感がした。
「…っ…」
微かに見える小さな煙に青ざめる。現場が近づくにつれ人集りが増え、ざわめきが増していく。まさか…と野次馬を退けながら蘭に電話を掛ける。
「出ない…!」
繋がらないそれに不安が募る。兄やコナンにも掛けて見たが同様に繋がらなかった。
「あぁ…うそ…!」
大破した二台の車。助手席側がボコボコになっている白いRX-7を見てハルの心臓は止まりそうだった。
まさか、今日だったなんて…
ハルは耳に当てているスマホをギュッと握りしめ、ガードレールに足を掛けて飛び越えた。
「もう、コナン君心配したじゃない!」
その声に振り返る。苦笑いを浮かべながらも元気そうなコナン。しゃがんで怒ってはいるものの少し呆れた顔をしている蘭と小五郎の姿を確認する。ハルは両手を広げ、蘭とコナンに抱きついた。
「え、え?えぇ⁉」
ハルお姉ちゃん⁉と驚く蘭。
「みんな無事⁉」
「ハル、なんでお前がここに…」
「怪我はしてない⁉」
してねーよ、と呆れた顔で返事をする小五郎の言葉はいまいち信用出来ず、蘭とコナンの体に触れる。続いて兄の体をパンパンと軽く叩いて確認する。小五郎が「ないっつーの!」と怒っているが気にしない。慣れている蘭とコナンは既に苦笑いだ。
うん、痛みで顔を歪める仕草もないし、三人とも隠してる傷はなさそうだ。ハルはようやく安心して大きく息を吐いた。
「でもハルお姉ちゃん、どうしてここに?」
「近くで衝突事故が起きたって聞いて…」
「よく僕たちだってわかったね」
「………」
ごもっとも。とハルはそこで冷静になり、一旦三人から離れる。
「…えっと、勘…かな?」
アハハ、と空笑いするハルに三人は片眉を上げ、首を右に傾けたのだったーー…。
《どうやら、一応の信頼は得られたようだけど…私との約束は守ってくれるわよね?》
バーボン?と彼らに危害を加えないか見に来たのだろう。意外と心配性なベルモットにバーボンはハルたちを横目に入れながら「えぇ」と短く答え、スマホの通話を切った。
その後は警察が来て、慌ただしくその対応に追われる事となった。
「免許証を」
財布から免許証を取り出し、警察官に渡す。どうしてこうなったかの経緯を聞かれ、正直に答えると「少しやり過ぎではないですかねぇ」と渋い顔をされてしまう。後日改めて署で事情聴取を受けることとなったが、伊達の件もあるため赴くのは好都合だった。
腕を組み、ボコボコのRX-7を見て安室は目を細める。まぁ、信頼を得る為とはいえ、やり過ぎてしまったのは事実だ。誰かの癖が伝染したかな、なんて思っていると突然背後から声をかけられる。
「あの…」
振り返るとそこには毛利小五郎の妹、ハルがいた。
「おや、ハルさん。蘭さんから連絡を受けてここに?」
「いえ、偶然ここを通りかかったら事故のことを知ったもので…それよりも安室さんは怪我はなかったですか?」
「えぇ、この通りピンピンしてます」
「……」
ジッと見つめるハルに安室は少し警戒する。なんだ?この疑うような眼差しは…。すると彼女は「失礼」といって安室の腕や脇腹などをペタペタと触りだした。身体検査でもされているのだろうか。隠しているハンドガンまで手を伸ばしかけた時、安室は口を開く。
「それ以上はセクハラですよ、ハルさん」
ピタッ、と動きを止め、手を離す。彼女の顔は徐々に羞恥で真っ赤に染まった。
「す、すみません。いきなり触ってしまって…私の周りは大抵、大怪我をしても平然と隠してる人が多いもので…つい」
赤い顔のまま申し訳なさそうに手を背に隠した彼女はしばしの沈黙の後、「あの、安室さん…」と名を呼んだ。しかし一度開いた口を躊躇うように閉じてしまう。言いにくいことなのだろうか。瞳を左右に揺らしたあと、もう一度口を開いた。
「兄たちのこと…よろしくお願いします」
どこか引っかかるその言い方。下げた彼女の頭を見下ろす。
「もちろんです。毛利先生たちのことは僕が必ずお守り…」
「あ、貴方も!」
「はい?」
「貴方も、あまり無茶は…しないで」
「………」
「兄さんの弟子になったからには安室さんも、もう毛利家の一員ですからね」
そう照れ臭そうに、はにかんで彼女はまた背を向けてしまう。
「家族…か…」
小五郎たちの元へ戻っていくハルの背を目で追いながら、家族よりも長く一緒にいた親友を思い浮かべたーー…。
2021.04.07.いいね♡