秘密は
コンコンコンっと薄暗い廊下にある固そうな木のドアを3回叩いた。
はい、と控えめな返事。ここ数日彼女の生活リズムを見てきたがまさか家にいると思わず少しびっくりする。ギィと重たい扉のような音が開くと同時に、無表情の彼女が顔を出す。ノックの人物が自分だとおもわなかったのだろう。少し瞳を開かせた。
「ハボック少尉、なんの御用でしょうか」
「大佐に頼まれて書類届けに来ました」
「そうでしたか。わざわざすみません。中、どうぞ」
中に居れてもらえる。思っていた性格からすぐに帰されるかとおもった。
だがこれはチャンスだ。顔を引き締め、部屋に入ると疑わざる終えないほど質素な部屋。本当に生活しているのだろうか。
彼女が冷蔵庫を開ける。中身は空っぽも同然。水しか入っておらず、その水をヤカンで温めてインスタントのコーヒーに入れた。
コトっと小さな音を立てて置かれたカップ
温かい湯気が出ているのに心は冷えたままだ。緊張が抜けない。彼女の瞳をみれば何もかも見透かされたような感覚さえ陥りそうである。空気に耐えきれずコーヒーで口の中を潤したあと言葉を発した
「あ、あの〜」
「はい」
「大尉はどうして、」
「その“大尉”って言うの…」
「はい?」
「“大尉”って言うの止めてもらえませんか?あと敬語も…」
「どうして、ですか?」
「ハボック少尉は私より年上ですし、何しろ私は名ばかりのようなものですから名前で呼んで頂いて結構ですよ」
驚いた。彼女がまさかこんな提案を出して来ようとは。そんなコトを気にしている様子は微塵もないのに…と胸の内で呟いた。
「じゃあ俺のコトも名前で呼んでくださいよ」
その提案に少し渋った彼女だったが、わかりましたと最後は折れたように返事をされた。だが敬語は目上なので勘弁して欲しいと言われこちらも渋々頷いた
ではさっそく、とハボックは気を取り直した
「エナンはどうして軍人に?」
「どうして、ですか?」
それに彼女は困ったように眉を寄せた。今日は、色々な表情を見る。
「そうですね、ある奴を捕まえるため、ですかね」
「ある奴?」
そこで彼女の瞳は一瞬暗くなる。だがいつもの表情に戻ると「スカーです」と言った。
ああいう奴を捕まえるために軍人になったのだとエナンは言ったーーーー…
「で、ハボックあれからどうだ」
「どうもなにも…」
「どうした」
「彼女本当に生活してんですかね」
交代で張り込みをして二週間。彼女は仕事が終わればどこに寄るでもなく真っ直ぐ家へと帰り、数時間したら部屋の明かりが消える。その繰り返しだったそうだ。生活感がまるでなく、休みの日は食品や生活用品の買い出し、女性特有のショッピングもない。
そういう女性も確かにいる。けれどさすがに食に関してはありえない。
「“あの部屋”ってお前入ったのか…?」
「書類を届けるついでに」
「どんな感じだった」
「質素な部屋でしたよ。ベッドとテーブルと冷蔵庫しか置いてなくてその冷蔵庫も水しか入ってない」
「夜中こっそり出てる可能性があるな」
「そう思って、あらかた周りをみたんスけど別のところから出る所なんてなかったし、その形跡もない」
「そうか。もう一度彼女の近辺を洗い直す必要があるな。それとは別にもう一つお前に報告がある」
「うへぇ、また別の任務っすか?」
本当に人使いが荒いだの、おちおち女の子とデートにも行けないなどと悪態を付いてると発火布をチラつかせ始めたので口を閉じる。
「先日妙な生き物にあった」
「生き物?」
「正確にはアルフォンス・エルリックと同じ体の持ち主だ」
そこから死刑にされたはずのバリー・ザ・チョッパーが生きていたこと。第五研究所で賢者の石が造られていたこと。材料は生きた人間。バリーから聞いた情報を全て話すとハボックはしばらく固まっていた。そうなってもおかしくない。自分も冷静な頭で情報を処理していくのは大変だった。信じるのはかなり勇気のいることだ。
「もしかしてファルマンをここ最近見かけないのは何か関係が?」
「バリーの見張りを頼んである」
もちろん奴の有給を使ってな、と白い歯をキランと見せ、なんの悪びれずに言ってのけるこの上司。ご愁傷様、とファルマンに心の中で呟いた。
終わり
2012.08.09
修正2020.3.25
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