結び

 永遠なんてない。過ぎて行く時間と共に人も環境も皆少しずつ変わっていく。人の一生を永遠と喩えるにしても、ずっと変わらず同じ様にあり続ける事のなんと難しいことか。
 僕たちは生まれる前からずっと一緒で、両親を亡くしてからもフェルドクロフトに住む叔父の元で共に支え合いながら生きてきた。悲しみも楽しさも全てを分け合ってきた双子の妹のアンは僕の半身も同然だった。そんな彼女が呪われてホグワーツに通うことが出来なくなってからは、痛み自体を和らげてやる事は出来なかったが、その分呪いを解く方法を探す事に己の身を費やした。けれど呪いを解くことは叶わず、この先も共にあると信じて疑わなかった存在が目の前から姿を消してもう二年が経つ。
 叔父の追悼の儀を執り行う為にフェルドクロフトヘ帰ろうという話になると、オミニスとオリヴィアはアンの為にも少し待つべきだろうと僕に言った。何の連絡も無しに帰って、たまたま叔父さんがタイミングよく亡くなってしまっていたというのは周りの人々には些か不審に思えるかもしれない。少しでも掛かる疑念は少ない方が良いだろう、と。僕がアズカバン送りにならずに済むよう取り計らってくれた彼らの言い分を、これ以上蔑ろにするべきではない事も痛いほど分かっていたから、僕は逸る気持ちを抑えてその年が終わりを迎えるのを待った。
 やっと家に帰るとやはりアンは既にそこには居なかった。家の中の様子は殆ど変わっていないようにも思えたが、妹の得意だった魔法薬学の道具一式や着替えなんかは全て無くなっていた。暫く空けられていたせいか、家の中は冷たくて陰気な雰囲気も漂っていた。
 村の人によるとアンは一人で勝手に叔父の葬式も済ませてしまったらしい。彼を悼めば或いは、なんて僕の浅ましい考えはきっと見透かされてしまっていたに違いない。
 アンが今何処で暮らしているのか、そもそも無事でいるのかどうかさえ今の僕に知る術は無い。妹と過ごした日々を取り戻したいと望んでも、もう元には戻らない。それは僕自身にとってアズカバンへ送られることよりも何よりの一番の罰となった。
 


 
「もうすぐこの地下聖堂ともお別れだね」
「ああ、流石に卒業したらもうここには来られないだろうな」

 オリヴィアの白くほっそりとした指先が、名残惜しそうにボードに記された文字や図形を辿る。それは僕が彼女と一緒に彼女の抱える古代魔術という魔法族にとっても珍しく不思議な力を解読してみようと試みた跡だった。彼女がせめて自分たちが卒業するまでは、と消すのを渋った為に未だこうして此処に残っている。

「この三年間、本当にあっという間だった」

 彼女の横顔は微笑みを浮かべながらもどこか憂いを感じさせる。それは彼女が此処で過ごした日々に対するものか、それともあと数日で終わりを迎える学生生活を名残惜しく思ってのことなのか。
 あの日このホグワーツの地下で何があったか、事の顛末をオリヴィアから聞いた僕は古代魔術を封印する事にしたという彼女の決断をはじめは勿体なく思っていた。彼女ならもっと賢く使いこなす事ができるだろうと。きっとまだアンの事を諦めきれていない邪な気持ちも残っていただろう。けれどその時の彼女の表情があまりにも痛ましく申し訳なさそうだったから、僕はその事に対しては「そうか」とだけ言って口を噤んだ。そして結局は納得し受け入れ、そして強大な力を前にそれを拒む意志を示すことが出来た彼女を誇らしくも思った。彼女と僕は似ているようで、やはり根本的に違う生き物なのだ。
 だからこそ彼女と恋人同士という関係になった後でも、いつかディリコールの様にぱっと僕の目の前から消えてしまう時が来るだろうという考えがずっと頭の片隅に鎮座している。そしてその時が来ても彼女を引き止めたり責めたりする権利を自分は持たない。

「私の傍にいてくれてありがとう」

 オリヴィアは此方を振り返り言った。天井からぶら下がる燭台の灯りを浴びて、彼女のきらきらと輝く金糸が揺れる。出会ったばかりの頃は肩口くらいの長さだったのに、今ではすっかり伸びて背中で一本の三つ編みに結われている。彼女は己のくせっ毛を少し疎ましく思っているようだったが、僕はそのふわふわとした綿飴のような髪が彼女の柔らかな笑顔に似合っていて好きだった。

「それはこっちの台詞だな」
「じゃあお互い様だね」

 彼女はくすくすと笑った。胸を手のひらでぎゅうと握らられているような心地がする。
 ボードから手を離した彼女が此方へ近付いてくる。そして目の前までやって来ると、だらりと垂れ下がっていた僕の両手を掬い上げて自分の両頬に添えさせた。ひんやりしていて気持ちが良いと目を瞑った彼女の頬は、先程まで燭台の熱を近くで浴びていたからか血の気を帯び、想像していたよりもずっと温かい。すり、とその輪郭を親指でなぞると、彼女は擽ったそうに鈴を転がしたような声を漏らした。
「卒業して此処に来られなくなっても、私、セバスチャンと一緒にいたいな。頭が真っ白で顔がシワシワのおじいちゃんとおばあちゃんになっても」
 綺麗に生え揃った睫毛の下から再び蕩けた蜂蜜色の瞳が現れると、その内に僕を捕らえた。出会った頃から変わらない緩やかで美しい輝きを放つそれに、いつの間にか僕はずっと心惹かれている。

「……僕もそう思うよ」
「それじゃあ約束ね、セバスチャン」

 喉を詰まらせながらどうにか返した僕の言葉を聞いて、彼女は小さな子どもが内緒話をする時のようにひそひそと笑い、自身の小指と僕の小指を絡み合わせる。冷えきっていた指先も彼女の熱ですっかりと解れ、二人の温度が混ざりあっている。微睡の中にいるような心地良さだ。永遠なんてないと痛いほど分かっている。だからこそこのひとときを大切にしたい。彼女がそれを望んでくれるのなら尚のこと。
 彼女はお互い様と言ったけれど、全然そうではなかった。出会ってから今まで僕の方が彼女に支えてもらってばかりだったと思う。けれど彼女の心の中には確かに僕がいる。それが果てしなく嬉しくて、少しくすぐったかった。



お題:あなたに書いて欲しい物語
「永遠なんてない」で始まり、「それが少しくすぐったかった」で終わる物語。








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