動物もどき

 あの力は今もホグワーツ城の地下で眠ったままだ。私はあれには頼らない。それが大好きなフィグ先生と交わした最後の約束だから。
 以前古代魔法を悪用しようと画策したランロクもルックウッドも、手下のハーロウももういない。けれどこの先ランロクのようなやつが絶対現れないとも言いきれず、その時には私は守護者としての務めを果たさなければならない。
 だから使える手段は大いに越したことはないと考えた中で思いついた内のひとつがアニメーガスだった。一緒にハーロウを追い自分の身を挺して私を守ってくれた、正に赤と金色のネクタイが似合う大切な友人ナティの姿が頭に浮かぶ。
 通常の変身術を用いるのとは異なり、アニメーガスは自分の意思で自在に姿を変えることができる。また、自己意識を保つ事ができるので情報収集や移動手段のひとつとして役に立つだろう。
 それでも多くの魔法使いは変身術を選ぶ。それはアニメーガスの習得方法が複雑で時間を要する上に、手順を間違えると一生半人半獣になってしまうリスクがあるからだった。

「君とハーロウの根城からヒッポグリフ達を助け出した時みたいに彼らの背中に乗せてもらうのも楽しいけど、ガゼルになって駆け回ると自分自身が風そのものになったみたいで最高の気分なんだ」

 それでもアニメーガスについて尋ねた時のナティの表情があまりにも晴れやかで喜びの感情に満ちていて、いいな、と思ったのだ。
 

♢

 
 普段より距離の近い地面の上をひとり歩く。濡れた土や芝の匂い、遠くて広い空、行き交う人々の足音。それらの機微をいつもより鮮明に感じ取る。
 甘い匂いにつられて顔を上げると、馴染みの緑色の建物が目に入る。客寄せにと食べると口から火が出るペッパーインプス(胡椒キャンディ)や蛙チョコなどが店先のワゴンにたんまりと並べられている。魅惑的な香りが鼻腔を擽り食欲を刺激する。ハニーデュークスは私がホグズミードで一番大好きな場所。此処に来れば必ず寄ると言っても過言ではないけれど、今回ばかりは中へ入らず素通りをする。
 ハニーデュークスのすぐ隣では、うねうねと蛇のような楽器や太鼓などがふわふわと宙に浮いて色彩豊かな音楽を奏でている。溌剌とした声で客に呼びかける演奏者の男性も、今日は私に気が付かない。
 確かに自分だという意識はあるのに、自分が自分では無くなったような不思議な気分だった。



「やあセバスチャン、勿論参加していくでしょ?」
「ああ、お手柔らかに」

 相変わらず大きな振り子の下で非公式に行われている決闘クラブに顔を出せば、早々に気付いたルーカンに誘われてその場に集まっていたメンバーとの決闘が始まる。
 叔父さんとの事がありアンが目の前から居なくなってから、僕はこの杖を人に向ける事を少しだけ躊躇うようになった。しかしそうして一時は此処から遠のいていた足取りも、ある時オリヴィアからデュオに一緒に出て欲しいと声を掛けられてから再び赴くようになった。
 僕達も最終学年になり、今思えばそれが正しかったと分かる。遠ざけたままでいたらより恐怖心が増し、杖を振るうことすら億劫になっていたかもしれない。
 あの時彼女は「手強そうな相手だから助けて。優勝賞品がハニーデュークスの新作だから、絶対に勝ちたいの」だなんだと言っていたけれど、あれは彼女なりの気遣いだったのだろう。あれだけ小鬼やアッシュワインダーズと渡り合った彼女が、例えパートナーがどんなに運動音痴な奴でも手こずるなんてこと滅多に起こりやしないのだから。

「流石だね。やっぱり君に勝てるやつはなかなかいないよ」
「まあ後輩に下手な所は見せられないからな」

 決闘が終わってすぐ話し掛けてきたルーカンにわざと気取った態度で答えれば、彼は「君が下手な所なんて見た事ないけどね!」と声を上げて笑った。
 


「…普通の犬も居るなんて珍しいな」

 天文台の塔の八階の廊下、馬鹿のバーナバスがトロールにバレエを教えようとしている絵が描いてあるタペストリーの向かい側、何の変哲もない石壁の前で行ったり来たりを繰り返し、自分に必要なものを三回唱える。そうして現れた扉を開けると、踏み入れた先の部屋では暖炉の前にふわふわと柔らかそうな毛並みをしたゴールデンレトリバーが寝そべっていた。
 必要の部屋と呼ばれる此処は、その者の願いによって姿を変えるらしい。五年生の終わりの時彼女にそう教わりながら案内された部屋には、彼女が育てている薬草の植わったプランターが並び、密猟者の手から逃れる為に保護したという魔法生物達が数多く暮らしている。
 それからこうして何度か足を運んでいるが、ゴールデンレトリバーような普通の犬が居るのを見たのはこれが初めてだった。もしかしたら彼女の事だから、何処か怪我をしていて治療の為に保護したのかもしれないとも思ったが、さっと一通り目を通しただけでは一見何処にも問題は無さそうに思えた。瞼を伏せて気持ちよさそうに眠っている。
 もっと近くで見てみようかと出来るだけ音を立てないように近付くと、それでも気配を察知したのかぴくりと垂れた耳が震え、ゆっくりと頭が持ち上がる。
 まだ微睡みから抜け切らない穏やかな瞳は綺麗な蜂蜜色をしていて、それがこの部屋を案内してくれた彼女を彷彿とさせる。

「ごめん、起こしたみたいだな」

 くうん、と、まるで構わないとでも言うような鳴き声が返ってくる。
 よく見れば毛の色も彼女の髪の毛と同じで、ゆらゆらと絨毯の上を滑るように揺れる尻尾が、彼女が歩く度に左右に揺れていた一本の三つ編みと重なる。

「……ルーカンが、今週末にデュオの決闘大会するって言ってたけど、一緒に出るか? 次の賞品は三本の箒のバタービールだってさ」

 傍から見たら犬相手に何を言ってるのかと気味悪がられそうな言葉にも、今度は先程より力強い鳴き声が返ってきて、やる気をアピールするかのように尻尾でぱたぱたと絨毯を叩いている。
 思い至ったひとつの考えを、肯定するかの如く目の前から喉を鳴らす音がする。
 それでもよほどその場所の寝心地が良いのか彼女は再び前脚に頭を預け、僕が頭を優しく撫でるように触れているとあっという間にくっついた瞼は開かなくなってしまった。

「アニメーガス習得おめでとう、オリヴィア」








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