取引

幹部様から直々に仕事を仰せつかった。
「暗殺だよ。何時もの徴は駄目だ」
「解った」
「それとそうだ。御相手の女性も始末してくると善い。厄介なのはそっちかもしれない」
「なんで?」
「女性の君の方が解るんじゃあないかな。取り敢えず、これ返しておいてよ」
あまり納得はしなかった。けれども、何らかの予感はした。
銀ちゃん以下数名の部下を連れて向かったのは、取引先の企業の会長宅だった。太宰さんに付いて何度か会食をした相手でもあった。
だから不思議だった。
上司は彼を信用していた訳では無いのか。確かにここ数ヵ月、この企業を介しての“輸入”は減っていた。そして同時期に仕留めた、軍警から潜入したという男女の部屋から、見つかったこの企業の社員証。図式だけ見れば、彼らは二重スパイだった。反社会勢力と繋がりの有る企業に潜入し、そこを盾にしてマフィアに潜入する。取引先企業からの引き抜きと云えば、疑われる事も少ない。ただし、どうやって首領や他幹部の目を掻い潜ったのか。それとも、わざと遊ばせていたのか。あと気掛かりなのは「会長よりも妾の方が厄介」という太宰さんの言葉。愛人である会長を殺され、反撃に出るのか?いや、彼女にそれは不可能だろう。会う度に目にする彼女は、男の快楽のために存在している、といっても過言ではない出で立ちだった。
彼是考えているうちに、目的地に着いた。車は少し離れた場所に待機させる。銀ちゃんは屋敷の中へ潜り込ませる。呼び鈴を押すと、家政婦が出てきた。それから中に案内される。歓談室で待つようにと。成金趣味の集大成の様な部屋だった。装飾の中に隠された監視録画機と盗聴器を止めていく。
「おや、今日は太宰殿は一緒で無いのかな?」
凡ての仕掛けを止め、席に着いたとき、標的が入室した。
「太宰は所用がありますので、私が代理を。彼から全権を得て参りました」
起立し挨拶をする。そうかそうか、と着席を促される。
「して、今回は何用で?」
そういえば、太宰さんから何と彼に連絡したのか聞かされて無かった。此方から連絡したのなら、撒き餌を云うはず。
「最近、御宅からの注文が減ってまして」
そういうことか。数ヵ月前から罠は張られていた。
「何か粗々をしましたでしょうか?」
「強いて云うなら」
早く片してしまおう。歓談室の鍵を締めた。
「貴方の方が、お心当たりが有るのでは?」
何の事でしょうと、柔らかな笑みを崩さない。扉から男と女に視線を写した。部屋の中の臭いに気付く。何かで嗅いだ、香水の臭い。私からではない。匂いから足が付く可能性を考え、車内で新品の背広に着替えた。思い付くのは、上司からのあずかり物。男か女の私物だろう。
「一応確認させてください。このハンカチに見覚えはありませんか?」
出る直前に、直々に渡されたハンカチ。もう答えは判った。男が女をぎょっと見たからだ。私の中で何かの導火線が一瞬で燃え上がった。
「太宰からの言伝てです」
手袋をして壁に飾ってあった西洋剣を手にした。繊維が付かないように、いつもの密着手袋を。
「『今日をもって、貴方とは契約を終了する』」
男の顔が青ざめた。用済みは棄てる、それを身をもって知った一年前の大規模抗争。そして今、ずっと蟠っていた、自分の感情を思い知った。
「もう、要らないんです。貴方は組織を裏切った。ご存知かと思いますけど、鼠は始末しました。マフィアを売れば、貴社の利益は政府が保障する。何処から情報が漏れたと思います?」
動けないでいる男の胸ぐらを掴んだ。
「そこの女ですよ。貴方の可愛い愛玩具は、うちの幹部の毒牙に掛かったんです」
嗚呼、許せない。あの人の甘い顔。甘い声。私だけのはず。あの時、彼に初めて身体を捧げた時、あの感情に、確信を得た。解りきっていた事。手を出したのはどっちが先、なんて関係ない。
私は、太宰治を、男として、愛している。
感情が、操作出来なかった。
男の胸ぐらを掴んだまま、女に向かって西洋剣を投げた。両刃剣が、見事に開きもしない扉へ刺さった。
「使用人の方はいらっしゃいませんよ。私の部下が眠らせています。彼らに罪はありませんから」
罪深いのは組織の背信者と泥棒猫。私は、自分の選択肢から一番最悪な手札を切った。
「力の無い女は、男を剣で刺した。関係を断ち切るために。力の有る男は女を殴打した。不義の子の可能性を絶つために」
女は反撃しようと、私が投げた剣を握っていた。無我夢中で振り回している。手始めにどちらを片付けようか。私の怨みは男よりも女に向いていた。ならば彼女は後菓子だ。悪戯を仕掛けるため、彼女の腹部に手を置いた。ドクンと一回、感覚が伝わる。それから手首を折り、持っている剣を取り上げた。女が、悲鳴をあげた。男は「やめろ」とただ連呼する。次に男の腹部へ剣を突き刺した。肉の裂ける感触。一回引き抜く。よろけて倒れた男を踏みつけ、肺に突き立てる。
「指紋を付けてくれてありがとう」
世の中巧く回る。にこやかに女へ礼を述べて、横面を叩いた。なよなよと床に倒れた。
「太宰さんはね、私のなの。貴女のような溝汁を啜って生きる女の物じゃあない」
太宰さんが私に生きる意味をくれた。役目をくれた。
「貴女を殺すのは太宰さんの指示だから」
女の腹部に出来た瘤は、あれよあれよという間に手で触れられる程に成っていた。恐怖で血圧が上昇しているからか、膨張が速い。
「佳かったね、懐妊したみたいじゃない」
そのまま瘤を割った。文字通りお腹の中は血の海だろう。返却を頼まれたハンカチは、男の手に握らせた。
「痴情の縺れの末、心中。今までの貢献に免じて、悪いようにはしないから」
部屋の中を適当に荒らす。窓硝子を割り、そこから下へ。
「組織と繋がる証拠書類は全て回収しました」
銀ちゃんが報告してくれた。
ありがとう、そう口にはした。迎えの車内でも感情は収まらない。
私は、愛した。上司を愛した。紛れもない事実。彼に抱かれた夜、自覚した。そして今日、彼にそれを利用された。それでも、愛する。あれ以来、何度も身体は重ねている。その度に愛してしまう。
狂言回し、道化は私。私の隣に咲く華。猛毒を持った、孤高の華。

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