太宰治と尾崎卯羅が消息を絶って二週間。森は空位と成った幹部の一席は埋めないと宣言した。
「太宰くんは兎も角、卯羅ちゃんまでもか。まあ、無理も無いだろう」
「尾崎殿の異能力は、結局どのような異能なのでしょう」
森の傍に控える構成員が尋ねる。
「嗚呼、あれね。あの異能は『触れた部位を重症化させる』能力だよ。例えば、腹部に触れたなら、潰瘍、癒着、絞扼・・・・・・彼女には『選択肢』がある。何れを選ぶかは彼女次第だ。顕著な例はいつだかの尋問だよ。あの時の選択は『心房細動』だったかな? 相手は何時、自分の導火線が弾けるのか解らない。心拍がおかしいと気付いたらもう終わりだ。それほど怒り心頭していたということだろうね。けれど、彼女の知っている範囲でしか症状を出せない。だから私が引き取った」
 今回の事件の報告書の束を眺めながら、隣に控える構成員の問いに答える。
「道化の華、というのは当たっていたようだね」
 死を望む太宰治と、死へ導く異能を持つ尾崎卯羅。しかし太宰は自身の能力により、その恩恵が受けられない。
「道化の傍らに、道化を嗤うように咲く華。それが卯羅ちゃんだよ。結果的には、道化に魅せられたようだけどね」

「写真、此処に置くね」
 横濱の街を臨む丘。其処に造られた共同墓地に私と太宰さんは居た。喪服に身を包んで、墓石の前に立つ。写真の隣に純白の花を供える。其れを合図にか、風が吹き抜ける。
「堅豆腐食べてもらいたかったなあ……」
 立ち尽くす彼の手を取る。写真に焼き付いた笑顔はもう其処に無かった。

 私と治さんは一軒の酒場に向かっている。
「治さん、いつもの場所と違う」
「君、本当自然と呼ぶようになったね。あんなに恥ずかしがってたのに」
「だって、もうそう呼ぶしか無いんだもの」
 からかうように笑う元上司。その腕を抱き締め、手を握る。
「誰でしたっけ? 『私生活なんだから名前で呼べ』って散々云ったの」
 誇らしそうに鼻で笑う。それに少しムッとすると、もっと笑いながら、額に口付ける。
「さあ、お行儀佳くしなきゃ」
「誰に会うの?」
 行ったこともないような安酒場。いったい誰に会うと云うのか。
 引き戸はガラガラと安い音を立てる。初老ぐらいだろうか、という男性が手酌で呑んでいた。そしてその男へ治さんは歩いていく。
「内務省の重鎮が、こんな安酒場で独り手酌とは寂しい限りですなぁ、種子田長官」
「君は確か……」
「お注ぎしましょう」
 長官の向かいに座る彼の隣へ座る。にこにこ笑みを浮かべる太宰と、それを疑るように見る種子田長官。それもそうか、マフィア幹部なんて要注意リストに殿堂入しているだろう。尤も、そんなものがあればだけど。
「君の顔は報告書でよく見たなあ。要注意人物リストの常連だ」
 あるんだ、と思いつつ、二人の話に耳を傾ける。
「どうやって此処が判った」
 長官が訝しげな表情を更に濃くする。それに対し「調べれば大体の事は解ります」と肩をすくめる。
「暫く組織から行方を眩ませたとった筈だが……何の用かな?」
「転職先を探していましてね。何処かお勧めは有りませんか?」
 転職先──私たちが第二の人生を始める場所。殆ど初めて息をする、光に照らされた場所。にこやかな治さんと、隣で彼の影に隠れるように座る私を見て、長官は驚きつつ、考え込む。
「君たちには訊きたいことが山ほどあるが……特務課を志望かな? それなら──」
「そちらの方は辞退しますよ。規則の多い職場は肌に合わなくてね」
 今まで自分が規則だったようなものだしな、と思った。本当に自由人。苦笑いする太宰さんの横顔。
「では何が希望かね?」
 御猪口をぐいと煽り、眉をひそめる。
「人助けが出来るところ」
 即答だった。答えてから「そうだろ?」と云うように私へ笑いかける。長官は暫く考えてから、口を開いた。
「君たちの経歴は汚れすぎとる。洗うためには、二年ほど地下に潜る必要があるぞ」
 地下生活、という言葉がのし掛かる。不安が心を染め上げていく。
「でもまあ、心当たりが無いわけではない」
 にんまり笑って、扇をバッと広げ、顔を近付けてくる。
「伺いましょう」
 明るい声で応えて、顔を突き合わせる。
「異能力者を集めた武装組織だ」
 声も自然に小さくなる。大人三人の内緒話。
「軍や警察に頼れぬ、灰色の厄介事を引き受け、解決する。其処の社長は心ある男でな。君たちの希望に沿うやもしれん」
 今度は治さんが目を瞑り、考える。暫くして開いた目は決心を宿していた。目の前に細い、縫い糸のようだけど、確かに指し示された道が見える。
「其処は、人助けが出来ますか?」

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