相討ち。
そうなるしか無かった。どちらかが残るなんて無かった。これも上司に仕組まれたことだろう。つまり、計算の内。
死の淵か、記憶の淵か。血の池が虚像を映し出す。嗚呼、これは記憶だ。ふと顔を上げると、私が刺し、私を刺した人物が立っていた。
『お前なんて愛したことない』『これは何かの間違いだ』『居なければ善かった』『何故、私の娘がこんな』
記憶が混線している。混ざり合う罵倒。混ざり合う悲鳴。
暫く流れ続ける過去を見続けた。覚えていないというのは、こんなにも幸福な事なのか。鼠は同じものを眺めながら頭痛と嘔気に襲われている。
「そこまでしながら、何故忘れないの?」
素直に疑問をぶつけた。「要らない物は棄てる方が善いよ」
地面に膝を着きながらも、キッと睨んでくる。その視線をただぼんやりと受け止める。
「何で平気なの?貴女の記憶でしょ?貴女も棄てられたんでしょ?」
「親に?」
「そう!貴女の親は尾崎紅葉じゃない!あれはただの、森鴎外の嘘」
「違う!私の母様は尾崎紅葉!」
嘲笑う様に突き付けられる。そんな事は知っている。けれど無いものは無い。
「私は棄てられたんじゃない!私が棄てた!マフィアとして生きるために、太宰治の隣で生きるために!」
「私だって、頭目が、傍に置いてくれたから!記憶を隅に追いやることが出来た!なのに」
嫉妬、憎悪、妬み。あらゆる感情が溢れて処理が追い付かない。
『私はお前を手離した。そうでなければ、お前の力は不幸を呼ぶから』
『気味の悪い力を持つお前が居たから私は不幸だった』
過去が突き付けてくる刃。いつだか夢で見た男が私を罵倒する。同じように鼠も、同じ様な言葉をぶつけられていた。
「だって、使うしかなかった!私は手段が欲しかった!」
「愛されたかった!誰かに居て良いと、云って欲しかった!ただそれだけなのに!」
こんな力が無かったら。こんな力さえ無ければ。そんな事は何度も考えた。誰も聞いてないのに、一番聞いて欲しい相手は何処にも居ないのに、私たちは叫んだ。身体の奥底から、負の感情が沸き上がる。それは涙と成って流れ出し、もう我慢ならなくて、映像を異能で掻き消した。咲いたのは綺麗な薔薇。
長い沈黙。どちらも狂った、もう無いはずの呼吸を整えようと必死。
鼠が手に異能鼠を乗せて口を開いた。
「貴女は何故、魔人の隣に居続けるの?」
「貴女は何故、太宰治に寄り添い続けるの?」
「彼が居場所をくれたから」
「彼が欲してくれたから」
暫く忘れていた暖かさを感じた。失血しきった身体には熱いくらい。その熱につられて後ろをみる。
見慣れた包帯と砂色の外套だった。それから強く手を引かれ、胸に抱かれた。
「忘れてしまえば善い。君には必要の無いものなのだから」
「以前も云ったでしょう。貴女の居場所は貴女自身で決めなさいと」
二人の男の声が重なる。「私だけの愛を受け取ってくれ」と。
その言葉に呼応するように、心臓が強く脈打った。
拍動が戻る。
全身に血流が再建される。それと同時に、少しずつ身体の輪郭が薄れていく。
「居場所はもう、決めてある」
「随分と強靭な精神の持ち主のようですね」
「お互い様じゃあないか。そうなるように調教したのだろう?」
異能犯罪刑務所。チェスに興じる異星人。
女王が互いに取られた盤面。しかし、その女王は直ぐさまに復活を遂げる。
「それにしても、ずっと隠しておいたのですか?」
「実際、必要の無い話だからね。君だってそうだろうに」
「却説、何の事でしょう?」
「これからも彼女は、君からの許可を請い続けるわけだ」
独房には、高笑いが木霊する。