詩音ちゃんとの御仕事から帰って来た上司は何となく機嫌が悪そうで、珍しく気落ちしている様子だった。
「太宰さん、詩音ちゃんに何か云われた?」
あの子も妙に気の強いところがあるから。相手が誰であろうと、自分の意見をきちんと述べる性質は、きっとこの組織では大切だろう。
「云われたよ。云われたなんてもんじゃあない。一番嫌な事だよ」
「まあ、何かしたのね、貴方」冷たい焙茶を出すと一気に飲み干した。「駄目よ、女の子苛めたら」
「苛められたのは私だよ」
何をそんなに煮詰まっているのか。
大方は予測がついた。
「だから云ったでしょ。道具は道具として扱えと」
「手入れをしたら、愛着が湧くのはおかしい?」
馬鹿ねえ。私は彼の向かいに座りながら、ちっとも目を合わそうとしない彼を眺めた。
ただの世話人でありたかったのに、それを難しくさせたのは貴方。
私は母様から教わったものを彼に注いだだけ。そしてそれが、母の嫌う愛だと知ったのは、十六の時。あの瓦礫の感触は永遠に忘れないでしょうね。
「その愛着で苦しまないでちょうだい」
「卯羅は苦しくないの?」
「酷い人」
貴方は私の原罪を半分肩代わりしたというのに。私には貴方のそれを齧らせてすらくれないの。
太宰さんはふらふらと立ち上がって、私の手を取った。それから本当に小さい声で「疲れた」
「今日の報告書は、体裁だけ作って詩音ちゃんに渡しておきますから」
「そんなの、後で佳い」
「主人の要望に応えろ?」
手を握り返したら頷いた。
私もだけれど、どうしてこうも素直になれないのだろうか。たった一言が云えないが為に悲痛な眼をして。
街ですれ違う男女はきっと、挨拶するような感覚で伝えている筈なのに。