交わる

幼い頃はただの夢で済ませられる物ばかりだった。
青い髪の女の子と舞う葩。
卯羅と初めて会った時に、その子だと直感した。私よりも半年幼く、片時も離れず、舌ったらずにお喋りをする彼女は愛らしくて仕方なかった。
だがその夢は高校へ通い始める頃からおかしくなった。
保護者代わりの隣人に似た男の死。
幼馴染の露西亜人と生死を賭けたチェス。
愛しい彼女を軟禁する自分らしき男。
それが事実であるかのように繰り返し脳裏へ流れ入る。
私は眠ることをやめた。
それのツケだろうか。
何時ものように、妻と愛を深め、擦り寄る彼女を抱きながら、少しだけ目を瞑った。その瞬間だった。怒濤の如く流れ込む何かの記憶。断片的に混ざり合い、衝撃的な場面だけを見せつけてくる。
処理能力の限界だ。胃から込み上げてくる。彼女を起こさないようにベッドから出、せり上がった物を吐き出しに行った。
「おさむくん……?」
気配に振り返ると、心底心配そうな卯羅。ずるずるとタオルケットを巻きながら。「嗚呼、卯羅。起こしてしまったね。心配ないよ、少しはしゃぎ過ぎたみたいだ。だから君は寝ていて。直ぐ戻るよ」
『卯羅、お願いだ。生きてくれ』頭に響く声に視界が霞む。『私の傍に居てくれた君に報いれなくて、望みを叶えてあげられなくてすまない。愛しているよ。君にずっと伝えたかったのに、少しも伝えられなかったね』
自分だ。
この声は自分の声だ。それを自覚した刹那、総てを理解した。だが思考が拒否をする。割れそうな頭痛が襲う。卒中でも起こしたかと片隅で考えた。鏡に写る情けない自分を見、正常な口角と麻痺の無さからそれは無いだろうと判断した。
口を漱いでいると、背中に温もり。卯羅が抱きついた。
「治くん、また怖い夢見たんでしょ?少し起きてようよ。ココア飲もう、ココア」
台所で何故か鼻歌混じりでココアを淹れる彼女。もしかして知っているのか?
「生クリーム入れる?」
「要らない」
断ったものの、入ってくるんだろうな。こういう時の彼女は変な強情さがある。それに救われるのだけれど。
「なんか、こういうの逆にエッチだね」
「そうだね」
ソファーに並んで座り、掛けられた言葉に気の無い返事をしてしまった。
あの言葉は何だ。彼女への言葉ではあるのだろうが、面と向かって云っている雰囲気では無かった。まるで繋ぎ止めていた物を手離すような台詞だ。
「卯羅は……怖い夢って見る?」
「たまに見るよ。いつも同じのだけど。治くんがどっか行っちゃうの。でね、怖くて起きると、治くんがぎゅーしてくれてて、なでなでしてくれてるから、また寝ちゃう」
えへへ、と笑う彼女は、クリームよりも甘く、感傷的だった。
「私は君をどんな災悪からでも護る心算だよ」
「そんなの佳いの。隣に居てくれれば佳いの」
ココアを一口啜って、私に寄りかかる。
私も一口飲んで、彼女に口付けた。この重苦しい気持ちをココアの甘さで誤魔化すように。





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