あの子に追いかけ回されるようになって、もうすぐ二年。
何かもう慣れた。という域は疾うに過ぎ、声がしないと違和感を感じるようになってしまった。
「太宰さん〜」
執務机に頬杖を付きながら、紙飛行機を飛ばそうと構えたら、青い子。紙の束をどさっと置いた。
「何」
「森先生がね、次の取引先の選別をしてほしいって」
「また面倒な……」
幹部になってからというものの、厄介な仕事ばかり舞い込む。「お菓子屋さんとかが佳いな」
「あのね、資本を分散させる為の作業なんだから、好みで選んでるわけじゃないんだ」
「上納品をお菓子にしてもらうの。黄金色のお菓子」
「……馬鹿なの?」
頭が悪い訳ではない。暗殺王事件や龍頭抗争での働き、異能力を使うために蓄えた知識を鑑みれば、その正反対に位置するだろう。
「ねえ卯羅」
「なあに」
「異能力見せて」
そっと掬い上げるように掌へ咲かせた濃い桃色の花。釣鐘草とは違う。「藤牡丹かなこれ。ハートみたいで可愛いね」
何故か愉しそうだし。
何の機会だったか忘れたけれど、彼女の異能力で、例によって中途半端に心臓を動かすことを許された奴に吐いた言葉を思い出す。
「貴方は幸運だ。生きる意味を知れるのだから。私はその恩恵に与れないんだ。一番知りたいことなのに。一番近くにあるのに」
情けない言葉だ。そんな事を云って何になる。
森さんは彼女を、私を楽にする薬だ、と云った。そのために"処方"したと。
「お花、どうする?中也さんにあげる?」
「いいよ勿体無いから」
下賜するなら私にくれ。触れれば当然霧散する。そんなに寂しそうな顔をしないでくれ。襯衣から見えた手首に赤茶色の筋。使うなと云った筈なのに。私は目を逸らす為に、書類を何枚か手にして、目を通し始めた。
「卯羅、『夫人』は使うなと云ったろうに」
「だって彼奴ら、太宰さんのこと馬鹿にしたんだよ?」
「放っておきなよ。今に始まったことじゃない」
母親に似てか、静かに血の気が多い。
自らを花木の支柱とし、異能植物を咲かせる『饗応夫人』中也の汚濁とは違い、能力の派生らしいが。使った後には、身体中に蔦の這った部分が痣になる。
それが悲しかった。
もしかしたら、全てを花に呑まれ、あの海の底を閉じ込めた瞳が視れなくなってしまうかもしれない。彼女の白い肌が枯れ、私が触れたら、その存在ごと消えてしまうかもしれない。
それが嫌だった。
「夫人は未解明な部分が多い。仮に汚濁のように意識まで乗っ取られたらどうする心算?」
「その時は太宰さんが解いてくれるもの」
「何その自信」
「だってあれだけ毛嫌いしている中也さんの汚濁を絶対に解くんだから」
ほら妙に勘が鋭い。そうだよ抱き締めてだって、口付けてだって止めてやる。私が飲む前に無くなるな。処方薬なんだから。
「治さん」
「……その呼び方、今は禁止」
「私、もし夫人に意識を取られて、全てを異能で書き換えられたとしても、貴方に触れられて消えるのなら、それで佳いわ」
知ってる。解っている。君は絶対にそう云う。
「その後にそれに就いての報告書を作成する私の惨めさも考えておいてくれ給え」
あの時、関係を持たなければ佳かった。そうすれば自覚なんてしなくて済んだ筈なのに。また君を抱き締めながら、髪を撫でる夜が来て欲しいと願ってしまう。