新しい家。
お世辞にも、綺麗とは云い難い集合住宅。六畳一間に、お台所と、最低限の水回り。
前の家が豪華すぎだ、と云われてもおかしくないのでしょうね。
「却説、新しい我が家だ。新婚生活には付き物の、六畳一間。文字通り肩を寄せ合う生活」
治さんが軽い調子の拍子を付けて云いながら、家財を広げる。本当に最低限しか持って来なかった。
「君の化粧品やらは何処に置く?あとあの子。可愛いわんちゃん」
「化粧品はまだ仕舞っておきます。ぬいぐるみは……お椅子に座らせてあげたいの」
「あれ買う?子供用のぷーぷー鳴るやつ」仕方なしに段ボール箱を逆さまにして、その上へお座り。
「それにしても、凡てが真逆になったのかあ。たっぷり作り置きの入っていた冷蔵庫は空っぽに。絨毯敷きの床はおんぼろ板張りとささくれた畳に」
「せめて今日のお食事のお買い物ぐらいは行かないと」
「そうだね。出来合いの物を買ってこようか……いや、矢張此処は、新婚を満喫するべきか?」
「治さんにお任せします。作れるものなら、なんでも」
善し来た!と嬉しそうにあれはどうか、これはどうかと、お料理の羅列。
荷解きで埃が立つでしょうから、少し換気をと思い、窓を開ける。心地好い風。
それに乗って、嫌いな警報音。
「卯羅?」
慣れなくては駄目。これからはお仕事のお仲間。彼らから依頼が来ることもあるかもしれない。でも直ぐに好きには慣れないでしょう。あの赤い回転灯も、警報も。心臓が痙攣しそうな程速く、お花が手から零れ落ちる。
「卯羅、卯羅。彼らは私達を追ってきた訳じゃあ無い。凡ては安吾が巧くやってくれたろう?過去を記憶から消すことは難しいし、私たちがあの事実を否定することは出来ない。だが、上手く付き合う事は出来ると思うよ。裏社会のやり方はきっとこれからの仕事に役立つ。相手の手の内が私たちには、手に取る様に解る。だからそれを踏まえて、相手の行動も利用できる。もしかしたら、裏も表も無いのだろうけどね、この場所には」
私の後ろから、窓の外を見る治さん。そのまま抱きしめられ、零れていた花が霧散したのを感じた。
「今度は私が君の前に立つよ。君を責めうるもの、凡てを私が払うから。君は、咲いていて。漸く陽の元に出られたんだ。もう闇に咲く花じゃあ無い。これからは、光に咲く花になっておくれ。そうだ、買い出しの序でに、花を買おう。うんと綺麗な花。卯羅が気に入った子を買おう。そうしてこの窓の辺りに飾ろう!うん、それが善い。なかなかの妙案だと思わないかい?」
「調子の善い人」勢いに押されて思わず笑ってしまう。治さんも微笑んでくれた。それを眺めていたら、肩を引かれて、後ろへ倒れこむ。柔らかな陽に照る治さんの顔。嗚呼、美人ね。暗がりで見るよりも、格段に。
「これも。慣れる迄は外してい給え」
右の耳に付けていた、母様から貰った耳飾りが外される。「棄てないで」只、外してくれただけなのに、泣きそうになる。私と母様を繋ぐ唯一の徴。
「棄てないよ。これがどれだけ卯羅にとって大切な物かは、ちゃんと理解している心算だ。でもね、一度、距離を置くんだ。新しい世界に馴染むまで。姐さんはいつだって傍に居てくれる。彼女は何があっても、君の母親だ。棲む世界が違っても、それは変えられない、紛れもない事実だ。例え、記録が真っ白でもその事実は不変だ」
「ちゃんと、ちゃんとこの場所に馴染めたら、また付けて善い?」
「勿論だ」
それまで、お預け。
善い子だ、と頬を撫でてくれる。伸びる手も白く。不安だけど、この手があれば、この人が居れば。
治さんも、母様も、私を誇れるように。
二度目の真っ白から始まる生活。