拉致

朝から社員総出で会議。事務員は走り回り、調査員は社長との緊急会議。
普段は呑気な探偵社が何故こんなにも忙しいのか。
答えは簡単だ。
私の隣の指定席が空席だからだ。それと序でに、事務員も一人消え去った。
「太宰、心当たりは在るのか?」進行役の国木田君が、神妙な面持ちで問うた。
「うーん……心当たりが在りすぎるね」私はお手上げ、というように、両手をひらひらさせた。「何せ、私の女癖が原因なのか、若しくは、彼女が私の妻であることに嫉妬して、更にはか弱そうな女の子だから狙ってみた、思い当たる理由は幾つも有るし、思い当たる相手先も無数だ」
怨恨の線から考えるとしたら、それだけで今日が終わる。私は定型文章のような脅迫文を写真に収め、電子手紙を一通出した。「太宰、携帯など弄っている場合か。貴様の嫁が拐かされたんだぞ」
「脅迫文とかは届いたんですか?」
谷崎君が手を挙げると、国木田君が次の資料を示した。一枚の脅迫状。社長宛てに届いている。
「なるほどねぇ。犯人は少なからず、探偵社へ怨恨を抱いているようだ。卯羅ちゃんはオマケで巻き込まれたみたいだね。事務員と間違えられて」
乱歩さんの推理と私の思考が一致した。だとしたら。
「ならば、港付近をガサ入れすれば、簡単でしょう。あの辺りは、私も得意ですので」
「速やかに連れ戻し、然るべき処断を行え」
社長の意志決定がなされ、会議がお開きになると、谷崎君がぽつりと呟いた。「卯羅さんなら、脱出できるのになあ……」
「谷崎君、卯羅はその選択をしないよ」
「ぅ、あ、太宰さん、聞こえてましたか……」
あからさまに驚いた彼に笑いながら、私は彼女の性質を説明した。「相手は卯羅が誰であるかを知らない。つまり、彼女の性質を知らない」
「だったら尚更……」
「大方、私の所為だろうが、あの子は自分の異能力を使う事を避ける。彼女の異能は、見た目も効果も華やかで鮮やかだ。だから異能力は極力使わせないようにしていた。相手組織に、主力の能力が漏れる程厄介な事はないからね。いくら異能が優れているからといって、拳などの、本質的な強さとしての性差を埋めることは難しい。それにね、彼女は一緒にいる相手を見殺しにはしない。ましてや、自分と相手の命が天秤に乗っていたら、容易く自分のそれを捨てる」
きっと”夫人”があるからだ。万が一の時は、それを使えば善い、と思っているのだろう。私の好みでは無いけれど。異能の強制出力が、身体に何らかの影響を及ぼさない筈がない。
「まあ、どのみち相手は彼女を拉致したことを直に後悔するだろうね」
「卯羅さんが異能力者だから、ですか?」
「いいや。卯羅を拉致されて、黙っている人間が私だけだと思うかい?」会議中に出した電子手紙。相手先は勿論。
あの母親の恐ろしさは私もよく知っている。何度も逢瀬を邪魔されただけでは無い。彼女が傷付けられたとあらば、単身で相手方に乗り込むようなお人だ。
「一番の問題は、あの人がどうすれば相手を殺さないか、なんだけどね」
肩を竦めて、笑いながら云ってみたが、谷崎君は確実に引いていた。

「ねえ、卯羅、どんな格好で居ると思う?手首を縛られて吊るされてる?椅子に縛られてるかなあ。それとも床に転がされて……」
「この状況で善く喋るな」
「だってぇ、卯羅がこんな目に遭うなんて、久しぶりだもの」
国木田君がいつもの様に呆れた視線を寄越す。
「最も、手を出されていなければ、それで善い」
手を捥がれ様が、目玉を刳り出され様が、与謝野さんが居れば問題ない。だが、貞操に関しては一番敏感だ。彼女も私も。
「あの子、私以外から性的に手を出される事を頗る嫌がってね。あの身体つきだから、色仕掛けは自他共に認める程得意だったし、積極的に使ったさ。国木田君には刺激が強いかもしれないけど、彼女の”初めて”は、私が奪ったんじゃなくて、彼女が奪えと迫ってきたんだからね?」
「そんな話聞きたくもない」
初心だなあ。面白いなあ。顔真っ赤にしてる。
乱歩さんが割り出した建物の前に、見覚えのある高級車が停まっていた。後部座席の窓を叩くと、少し開いて、義母の鋭い眼光がお目見えした。
「やあ、ご機嫌麗しゅう、姐さん」
「麗しい訳があるか小僧。また卯羅を囮にでもしたのか?」
「人聞きの悪い。今回は事故だよ。完全に事故。卯羅をこうさせるのに、発信機や小型通信機を私が仕込まない訳ないだろう?」
「相変わらず口の減らぬ奴じゃ」
「呼んでおいて悪いけど、うちとマフィアが癒着していると勘違いされないように頼むよ」
「安心せい。こいつらは先日、縄張りを荒らした阿呆共。既に行き先は決まっておる」
二大異能組織を一度に焚きつけるなんて、どういう魂胆だろうねえ。豪胆か阿保のどちらかだろう。
谷崎君と国木田君を殿とし、相手拠点の最深部へと突き進む。こういう時って、大概最上階か、地下に居るよね。けれど今回は違った。高層楼閣の中階層、それも洋風な来客間の誂えを施した一室に居た。
「矢張私の妻は美しいなあ」
後ろで腕を組まされ、口枷を填められて、高そうな洋椅子に括りつけられている卯羅はそれはもう扇情的で。隣に似たような格好で、男性事務員が捕らわれていたが、私の好みでは無い。
「来たか探偵社」二人の後ろに立つ男が、薄ら笑いながら銃口を卯羅の頭に添えた。異能を使おうとする国木田君を制しながら、私が口を開いた。
「来たよ探偵社。いやあ、君たちは本当に運がなかった。売る種と、相手は見極めた方が善い。先日、ポートマフィアの領地で遊んでいたみたいだけど……私たちに殴られるのと、彼らに風穴開けられるの、どっちが善い?」
「その前にこの二人に穴が開くが?」
「そもそもねぇ、その子を撒き餌にした時点で、君の命は無いよ?」
「その通りじゃ」何がしたいのか、入口の扉を吹っ飛ばし、義母が乱入してきた。「太宰、回りくどいぞ?このような輩に裂く時間も惜しいわ」
夜叉を後ろに控えながら、姐さんは剥き出しの殺意を方々に飛ばしている。それを見た卯羅は、食玩を買ってくれない親に抗議するような顔をしている。
「卯羅もそやつに、一発ぐらい叩き込みたいであろう?」
「んー!」
「金色夜叉」
夜叉の斬撃を利用し、自分を縛る縄を切り、脱出した妻は、着地したその場に見事な花畑を作った。
「能力名『道化の華』───」云うが早いか、薄紅の花が広がる。「『饗応夫人』こんなに、もてなしてくださったんだもの。御応えしなきゃ」
「殺してはならないよ。さあ、魅せてくれ給え。私の麗しい御夫人」
相手の足元から、鼻先を掠めるように薊がぐんと背を伸ばす。それに驚きよろけた奴の鼻に思いっきり拳を叩き込んだ。
「鼻骨骨折と眼底骨折にしてみた」何処か誇らしそうに報告しながら、異能を解く。それから事務員の縄を解き、谷崎くんへ預けた。
「卯羅や!無事かえ?」
私が声を掛けるよりも先に、姐さんが駆け寄って、思いっきり抱き締めた。されるが儘の卯羅も卯羅だが、このままだと姐さんが連れて帰ってしまうのでは無いかと懸念した。
「母様心配しすぎだよ」
「子を心配せぬ親など居らんわ。怪我は無いか?鴎外殿に診せて───」
「姐さん」私は夜叉を消すように義母の肩に触れた。卯羅からは見えぬ様、背に銃口を突き付けて。「卯羅を還してもらおうか」
「邪魔立てするのか?太宰」
「黒幕は貴女だろう?」
卯羅が拉致されれば、私が動く。そして確実に姐さんへ連絡を取ると踏んだのだろう。だからそうしてやったさ。
「母様……」
「卯羅や、私と戻れ。さすれば何不自由無くしてやる。そなたの欲しいもの、全てくれてやる」
「……じゃあ、私、治さんが欲しい。母様の事も、大好き、大切。でも、私は太宰治の世話人だもの」
私の頬へと手を伸ばす。それを姐さんの肩越しに受けながら、未だ闇と影の間で溺れる彼女を案じた。
「母様、母様の事、治さんから聞いたよ。だから、何で母様がこうしてまで、私を気に掛けてくれているか、少しは理解してる心算。でも、此処で引き裂かれたら、私は母様を恨んじゃう。母様が先代を恨むように」
夜叉の目にも涙。
「卯羅、太宰と共に在って、幸せか?」
「幸せ。凄く幸せ」
そうか、と溢し、夜叉は娘を手離した。
「世話を掛けたのう」和傘に仕込まれた刀を抜き、誘拐犯の左胸部を貫いた。呆けている卯羅の腕を引き、距離を取り、背に庇いながら、再度銃口を向けた。
「能力名『独歩吟客』──『閃光弾』!太宰!走れ!」
炸裂する閃光弾に押されるよう、地面を蹴る。抱えた妻は泣きじゃくっていた。私の外套にしがみつき、内衣を叩きながら、ひたすらに泣いていた。
「試練が続くねぇ、君は」





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