「パパ、おてがみ」
「アーリャ、どうしたのですか?」
フョードルは娘が差し出した手紙を覗き込む。題名には『不審者目撃のお知らせ』という物騒な文言。
「此れは……」
「あのね、せんせーがね、こわいひとがでたから、きをつけなさい、って」
「成程……詩音」
「何?」
妻に二言三言耳打ちすると、娘に「安心なさい」と声を掛ける。
「却説、食事の前に宿題を終わらせて来なさい」
「はーい」
パタパタと部屋へ駆けていく娘を見送りながら、携帯に手を伸ばした。
「仕方ありませんね……」
連絡を取る相手は一人しか居ない。
同じ頃、太宰の家でも二人の息子を前に、同じ手紙を眺めていた。
「こんなのうちの子なんか直ぐ狙われるじゃん……可愛いから……」
「基治いじめるやつは、オレがゆるさないかんな!」
「はいはい、修治は勇ましいねぇ。そういえば、基治の同窓にドストエフスキーの娘が居たよね」
「アリサちゃんでしょ!ぼく、クラスいっしょ!」
通学鞄に防犯警報器をくくりつけ、“実家”へ連絡を入れようとする嫁を眺めながら、太宰も携帯を手に取る。
「まあ、こうなるよね」
翌朝。
通学路には、いつも以上に保護者が群がる。太宰夫婦とドストエフスキー夫婦もそれに漏れなかった。
児童の群れは駆けたり、学友の通学鞄を叩いたりじゃれながら進む。それを時折諌めながら、学区内で随一物騒な夫婦が二組。
子供達三人が校舎へ入っていくのを確認して、両夫婦が顔を合わせる。
「やるべき事は一つだ」
「子供達の安全の為ですから」
普段よりも気合いが入る旦那達を眺めながら、嫁達は「親馬鹿だな」と心の内に思う。
「ねえ、卯羅」
「何ですか治さん」
「姐さんに連絡したの?」
交差点毎に停まる見慣れた黒光りする車を見ながら訊いた。
「軍警よりも頼りになるから……」
「フェージャ」
「何でしょう」
「まさか、ゴーさんってことは」
「無いでしょうね」
家事をしに帰る妻と別れ、異星人と嘗て畏怖された夫は喫茶処に集う。
「善い喫茶処ですね」
「君とは此処が一番善いと思ってね」
「それもそうですね。早速、昨日のですが」
「あれだろ?」
配布された手紙を取り出し、特徴を確認する。
「三十代、身長165糎程。どうです?」
「まあ、難しいだろうね。服装は参考に成らない。具体的な被害は、声掛け、接触行為、盗撮……在り来たりなやつだね」
「詩音に鼠で探らせてますが、それらしき影は出ず」
「小児愛者だったら体育の授業の時なんか、もってこいだろうね」
珈琲の入った陶器杯を摘まみ、太宰は思案する。ドストエフスキーは、紅茶にジャムを溶かしながら詩音からの情報を整理する。
「侵入は?」
「教師の目があります。内部は?」
「だとしたら時期が検討違いだ。保護者?」
「でしたら今日のような事態は避けるでしょう」
「望遠で監視」
「無くもないですね」
「声掛けが『何処の小学校?』という陳腐なだから、第一の目的は接触と盗撮だろうね。行き着く先は誘拐か……」
父親の心とは裏腹に空は清み渡る。それを見上げながら太宰は黙る。
「あー……」
ドストエフスキーがそういえば、と声を発する。
「誘拐するのであれば、下校時よりも帰宅後に遊ぶ、という時間の方がし易いでしょうね」
「確かにそうだ。だが、声を掛けた目的は何だ?」
「学校別の写真集でも?」
「普通に気持ちが悪い。いや、うん、語弊がある。気持ちが悪くて当然だ」
「そろそろ行きますか?」
「嗚呼、行くとしよう」
飲み物を煽り、通学路へ向かう。
まだ二限目を終えたところだろうか。長休みの為か校庭で児童が楽しそうに遊びに興じている。
「あーあれうちの子だ、遊び毛が目立つね。基治は相変わらず砂場遊びか」
「アーリャは……外には居ないようですね。たまには外で遊べば善いのに」
「お兄さん達」
子供の様子を伺っていると、後ろから声を掛けられた。その声に父親達の口許は邪悪を孕んで歪む。
「何か御用でしょうか?」
「この辺りに不審者が出るというのはご存知ですか?」
見慣れない女だった。昨日の手紙の人物像と大方合致する。
「不審者?それは物騒だ。なら尚更、子供達が心配だね」
「ごもっとも。主からの賜り物である子供達が平穏に暮らせないなど、もっての他です」
「そもそも、貴女が向けている端末は何だい?私たちを撮るには位置が低すぎる。それに、こんな住宅街で一眼撮影機?こんな望遠のを使って、此処から港でも撮るのかい?貸し給え」
太宰は懐から社員証を取り出し、捜査権を主張する。ドストエフスキーは忍ばせていた鼠を女の鞄に潜り込ませる。携帯へ詩音から中の様子が送られてくる。盗撮と思われる写真が数枚、何れも同じ児童が写っている。
「随分の趣味をお持ちのようですね」
「あっこれは宜しくないなあ!今ねえ、児童に関しての法律がどんどん増えているのだよ。君みたいな人が居るから」
鞄、撮影機から次々に出てくる女が“黒”であるという証拠。
「……あれ?」
「太宰くんどうしました?」
「いや、嫁が写ってるなって」
「おや、本当ですね」
太宰を訝しげに見るドストエフスキーと考え込む太宰。
「……もしかしてだけど、私、君と接点あった?」
うーんと考え込むが、記憶が全く無い。不思議な程に。
「大方、貴方の遊び相手では?」
「怨恨、ってやつ?いやぁ、モテる男は辛いね」
「本当よね」
女の脚に蔦が絡む。それを見て太宰は、ふふ、と笑う。
「事情は署で聞きましょうか?」
卯羅を隣で眺める詩音は「あ、死んだな」とそっと思った。
軍警に女の身柄を引き渡す夫婦を眺めながら、ドストエフスキーは妻に訊いた。
「何故二人で居るのです?」
「あの後二人でお茶してた」