バレンタイン

今年もこの季節がやって来た。
街が猪口冷糖に染まる季節。今年は何あげようかなあ。いつだか家で作ってたら、余った溶かし猪口冷糖を塗りたくられ、食われた。「蒸留酒と合うんだよね」とか呑気に云いながら。
相談できる子、似たようなのと一緒に居る子。
「お国が違うからあれだろうけど参考に」
「まあ、基本的に私が作ったものは喜んでくれるからなあ」
うずまきのケーキが気に入ったらしく、集まろうと声を掛けると大体そこになった。
「やっぱり嫁さんに猪口冷糖塗りたくったのが一番悦ぶんじゃないの?」
「あれ結構大変なんだよ?一回やってみなよ」
「フェージャはそんな趣味無いから」
「解んないよ?治さんと似てるんでしょ?」
「そこまで似てたら流石に引く」
話が振り出しに戻った。互いに紅茶を啜り、ケーキを食む。
「何が善いかなぁ……」
「というかさ!何でバレンタインって女子だけが悩むの?」
「だって治さん達って存在だけでも贈呈品みたいなものじゃない?」
「嫁さんの思考が謎」
「はあ……」
溜息しか出なくなる。「なんかさ」不意に鼠さんが声を発した。
「フェージャもなんだけど、貰ってる物が凄すぎて、何をお返しにしても釣り合わないというか、喜んでくれるか解かんなくならない?」
「なる。何を贈っても陳腐に思えちゃう」
「でも凄く喜んでくれるじゃん?」
「そうなんだよね……」
また溜息。背凭に項垂れ、天井の眺める。答えが有るわけじゃない。でも、もしかしたら何か手助けになりそうな物が有るかもしれない。
そんな訳無いか。
「あー……」
暫く眺めていて、ふと頭に浮かんだ。
「私らがあげるものなら、何でも喜んでくれるんだよね」
「うん」
「なら、私達が心を込めて選んだものなら善いんじゃない?」
「なるほど」
簡単な答えだった。簡単すぎて戸惑うほどに。
「なら駅前の百貨店行かない?」
「百貨店?」
そんな所、行って善いのかと云いたげな顔だった。
「行ったこと無いの?」
「……無い」
一瞬だけ交差した記憶。その中の鼠さんは決して自由や裕福という言葉とは程遠かった。
「じゃあ行こ!尚更行こう!遊園地みたいで楽しいよ!今ね、バレンタインの催事やってるから丁度善いし」
おばちゃんに、治さんへツケてもらうよう云って、鼠さんの腕を引っ張る。
「ツケって」
「治さんのに積んだから」
「いやそうじゃなくて」
ぶつぶつ何か云ってるけど気にしない。
明日いよいよ当日とだけあって、催事場は店が埋まりそうな程の人だった。
「うわ……」
「でもこういう所、平気でしょ?」
「まあ、うん」
「奥の方に可愛い猪口冷糖あったから、そこ見に行こ」
目的のお店には指輪をした女性たちが群がっていた。それに顔をしかめてる鼠さん。
「鼠さんだってしてるじゃん」
首から提げた指輪を示した。それとこれは、とか云いかけていたが、言葉を飲み込んだ。
「ここの化粧箱、指輪の箱みたいでしょ?」
「あ……」
合点がいったらしい。
「彼がくれた物には到底及ばないけど、私たちからだって贈りたいじゃない?」
猪口冷糖には言葉が印字されていて、愛情を示したり、感謝を伝えたりと、相手に何を伝えたいかが明確になっていた。
「これなら言葉に出来なくても伝えられそうじゃない?」
「嫁さんはどれにするの?」
「私はこれかなあ」
赤い箱に込められたのは“Love”──愛。彼に与えられた愛、これから返していく愛。
「鼠さんはどれにしたの?」
手に持っていたのは、茶色の小箱。“Respect”──敬愛。あの魔人には似合わなそうだったけど、何となく解る気がした。
「こういう時に現れるんだな……」
鼠さんが私のと見比べて呟いた。赤い箱が羨ましいのか、並んでるそれに手を伸ばした。
「でも、しっくり来ないんでしょ?」
「うん。全くもって」
「だったら、変えない方が善いよ。それに敬愛、だなんてなかなか選べないよ?」
「そうかなあ……フェージャ、人望というか、人集めてって云うのは上手いし、他の人だって思ってる事だろうから、特別な感じしなくて」
「他の人と、鼠さんからの敬愛は同じものなの?」
「絶対嫌!私の方がフェージャの傍に居て、私だけがフェージェニカと一緒になれるのは私だけで……」
説明しているうちに泣きそうになっている。ドストエフスキーが恋しくなったのだろうか。それとも、今までを思い出したのかしら。
「じゃあ、贈る言葉は決まったね?」
「うん」
二人で、それぞれの言葉を贈る。彼がくれた貴い贈呈品には敵わないけれど。私たちの想いは伝わるはず。





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