プロポーション

黄泉の国から戻ってきたような感覚だ。
自分の手を眺める。開いたり閉じたりを繰り返して感覚を確かめる。
目の前の女を眺める。以前よりも表情がすっきりとしている。目には、何かを確信した光が宿っている。
一方自分はどうだろう。頭の中で響く男の声。聞き慣れた声ではない。さっき初めて聞いた声だ。思い出したいのはその言葉じゃない。もっと、もっと別の、大切な……。
「解った?」
鼠が投げかけた。
「貴女も、捨てられたの」
「違う!あれは、あれは……」
私よりも濃い色の眼の男。似た髪色の女。聞こえてくる違う名前。
「私は太宰卯羅!そんな名前知らない!」
目の前の敵を狩らなきゃ、それは解っている。けれど身体が動かない。聞いたこともない罵声が頭を駆ける。そこに埋もれる一番聞きたい声と言葉。
「貴女はね、恵まれているんだよ」
鼠が呟くように云う。私は膝から崩れ落ちそうになる身体を、震えが止まらない躰を抱くようにしながら、辛うじて立つ。
「忘れたことを肯定して、居場所を与えられて、代用品で満足できる。幸せじゃない?」
「母様は代用品なんかじゃない!!」
言葉と共に地を茨が伝う。そのままその茨は鼠の足と地を繋ぐ。
「私はね、貴女が羨ましかった。全部持っているから。でももう、善いんだ。頭目が居てくれるから」
異能鼠が茨を噛み切る。
「だからそれに報いなきゃ」
鼠が短刀を握り直す。早く反撃の準備をしなくては。身体が動かない、竦んでしまう。
『お前がきちんと世話をしないからだろ!』
『貴方こそ、あの子と遊んであげた事あって?』
「やだよ……もう何も聞きたくないよ……」
子供のように涙が溢れる。
涙で霞む視界に鋒が映る。薫衣草を盾にして防ぐ。
「治さんも、嘘を吐いてたんだ……」
じゃあ何を信じれば善いの?何よりも信じていた人が、一番の嘘吐き。
「憎い」
不意に出た言葉。
「貴女が、憎い!」
明確な殺意だった。「能力名『道化の華』!!」辺り一面に花が舞う。
治さんは嘘を吐いた。けれどそれは私を護るため。こうなることを防ぐため。それを無下にして、私に太宰治への不信感を一瞬でも持たせた女が憎かった。
短刀を力任せに打ち込む。片手には花を咲かせる。
「忘れたのが私の選択!それを選ぶ勇気すら無かった貴女に何がわかるの?」
唇に犬歯が食い込む。花が乱舞し始める。異能動物が花を食い荒らしていく。鋒が鼠の頬を掠める。同時に私の上腕に短刀が刺さる。
「羨望なんかじゃない、未練よ。まだ何処かで母親に愛されると思っている!」
「私には頭目が居ればいい!」
「私にだって、太宰治が居てくれればそれで善い!」
後ろに跳んで距離を取り直す。
「私は太宰治を受け入れなかった世界を、彼の望む世界にする」
そうだ、その筈だ。
「"元"ポートマフィア幹部 太宰治の部下として、貴女を再起不能にする」
一番馴染んだ感覚。幼い頃から私の居場所は此処だった。そう、一番最初から。
もう一度、名前を呼んだ。私を産み出した力の名前を。
「能力名『道化の華』」
「能力名──!」

私達は、異星人の隣に立ち続ける、怪物でしか無いのだから。





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