マフィアの経歴があって、本当に善かったなって思うことは、此方の世界に来てからの方が実感する。それも幹部の娘。提携先はどこも母様が根回ししてくれた。だからこそ野宿なんてしなくて済んだ。
この状況でよく寝れるなって思うけど、現状を受け止めきれて無さそうな彼女には、少しでも安息が無いと、大事の時に役に立たない。彼女の異能力は、使役者の感情に左右される。それの利点も欠点も、厭と云うほど知ってる。身に染みてる。
魘されてるから、そのうち起きるでしょう。
気付けの一杯は、彼が好んだ蒸留酒。この不幸を流し込むように煽る。
「!っ……、ぁ……?」
「起きた?分かる?」
飛び起きた鼠さんを覗き込む。汗びっちょり。「起きたのなら準備して。もうあまり時間が無いの」
坂口さんに連絡を入れて、行程を確認する。
「流石に私も、治さんの思考は複写出来ない。予測は出来るけど、完璧ではないから」
『彼は、もう、貴女の行動には制限を掛けないと』
「呆れた人。この状況で、私が何をしているかを解った上でそれだもの。坂口さんも、御結婚なさるなら、ああいう人は選ばない方が善いわ。主人は男性だから善いでしょうけど、女だったら相当質が悪いわよ」
坂口さんが呆れたような乾いた笑いを漏らした。と思ったら、表情を固くした。
『卯羅さん!』
「え?」
背後への注意を促す彼の視線で状況を理解し、蔓を伸ばす。鼠さんが握る拳銃を叩き落とし、少しばかり躾の裂傷。
「どういう事?真逆、最初からそういう目的だった?手を組む振りをして仕留めろと、そういう命令でもされていたの?」
呆れたような、怒りたい気もするけど。いや、怒った方が善いのだろう。
「っは、は……」
感情の起伏が激しい子。
何でこの子を似てるって、あの時思ったんだろう。
「……も、やだぁ……もうやだ、やだよぉ……何で、何で私、こんな……っ」
解ってる。あの頃の自分に似てるから。
異能力が使えなくて駄々捏ねて、母様と広津さん困らせて。母様と寝てるのに寂しくなって、勝手に街に出ようとした。全部が厭で、自分を消そうとしようとした時もあった。治さんが龍頭で、瓦礫に埋まった──そう信じてしまった時も。
でもその度に、母様に叱られ、心配され。甘えて善いのだと諭された。
「嫌なら止める?」大切な者を喪っても善いのなら。救えなくても、本当に独りに成っても善いのなら。「善いのよ?ドストエフスキーが死んでも善いのならね」
涙を止める為か、考えたくないのか。目に手の甲を圧し当てながら、尚も駄々っ子。
「すてられるのも、いやっ」
壊れた玩具を棄てられない子。お気に入りだもの。手放すのは惜しいわ。私だって、あのぬいぐるみが、目も当てられない程ボロボロになって、新しいのを用意されても、絶対に手離したくないもの。唯一無二だから。
「じゃあ死んでも良いの?捨てられたくないから、見殺しにする?」少しきつい云い方だろうけど。それぐらいに状況は逼迫している。
「そんなのやだぁ……」
「嫌々ばかりじゃ何も変わらないの!」
自分でも驚く程に、ぴしゃりと、鞭を打つような声が出た。「助けるか、助けないか、選択肢はそれしかないの!ドストエフスキーが死んだら何も残らないのよ!?」
「っ……わか、てる……!」
まるで小さい子とお話ししているよう。受け止めて貰えなかったからなのかしら。嫌々を処理してくれる人が居なかったから、彼女自身でも整理が出来ない。処理の仕方を知らないんだもの。
「……鼠さんは、何が一番大事なの?」
「だ、いじ、なの、……」
母様がしてくれたみたいにしなきゃ。ゆっくり、ゆっくり、言葉にさせるの。すると不思議で、こんがらがった思考が、一寸ずつ解けてくる。
「フェージャ……」呟くように導き出した答え。これでもし、その名前じゃなかったら、刺すじゃ済まなかったわよ。
「なら、取り返しに行きましょう?一番大事なんでしょ?」
「う、ん……大事……大事なの……」
大事、大事だもの。
早くその顔が見たい。「よくやった」と抱き締めて欲しい。早く貴方を味わいたいの。そして文句も云ってやらなきゃ。
貴方の子以外の子守りはしません、って。
「手当するから、診せて」
そんなに深くはしてないつもりだったけど、割りと出血してた。洗って、保湿剤塗って、保護材を貼る。
「あ、の……」
「何?」
「あり、がと……」
「別に、協力してるんだから当然でしょ」
彼女なりに勇気を出したんだろう。云い慣れない言葉を、云いたくもないであろう相手に云うなんて。照れ隠しのような、ぶっきらぼうな言葉を返しちゃった。少しだけ、一方的だけど、彼女が解った気がした。