共喰い

国木田さんが走らせる荷台車。
敦くんと芥川くん──太宰治の部下新旧を荷台に乗せ目標地点へ急ぐ。
この二人が居て、治さんが居るとなると、かなり賑やかなわけだけど……
「放したら君達、異能力で喧嘩するでしょ?」
子猫を摘み上げるように、部下二人を持ち上げる。やっぱり男だな、なんて思いながら得物を研ぐ。
「余り暴れないでくれ給え……私のお腹の傷が開く……」
事態が事態だから退院する、と喚く主人を止められる訳もなく、私が一応は医療者であることを告げ、創処置の指導を受けて、退院となった。
芥川くんと組むことに不安を漏らす敦くんに、作戦を説く。新たな双黒の可能性を試したいのだろう。
「芥川の僕への憎悪は尋常じゃありません! 作戦が成立する筈が──」
「だそうだけど、如何だい?」
狼狽える敦くんと、太宰の命令に全神経を賭す芥川くん。懐かしい面子が揃った。
「任務を遂行します」
異常とも云える集中力で返事をする。
「私の直轄麾下は四年ぶりだねぇ。少しは出来るようになった処を見せて貰おうかな」
「はい」
芥川くんの集中力に困惑する敦くんを余所に、荷台車は敵巣窟へと到着した。
人感知器、生体信号、それだけでも厄介だが、多量の見張りは音声無線を持っているという。一つでも反応したら、この作戦は水泡にに帰す。
「人虎、二点のみ記憶せよ。遅れれば捨て置く。邪魔すれば殺す」
それだけを云い残して芥川くんは先へ進んだ。
「あ、置いてかれた」
敦くんも慌てて追いかける。
巧く見張りと感知器を抜いた二人を見送りながら「我々も経始めようか」と太宰治が笑う。
「卯羅、無線機は付けているね?」
「付けてる」
左耳に嵌めた無線機──六年前の抗争時、彼が贈呈してくれた物だ。
「狩りと行こう。君は鼠を追え」
「鼠?」
運転席の国木田さんが訝しげに訊いた。
「簡単に云うとね、私の卯羅だよ」
「手段は?」
「餌になる程度に」
それだけ聴いて、荷台から降りた。
炭坑の周りを歩く。こんな日にただの散歩じゃないなんて。
出入り口の数を確認する。一箇所、麓に延びる道を見つけた。他の道に比べ、木々が生い茂り、視界が狭い。
“何かあるとしたら此処だ”
昔の直感が告げていた。
無線機からは、治さん、谷崎くん、賢治くんのやり取りが聞こえる。
『私ならそうするからだ』
その言葉に心臓がきゅっと音を立てた。
骸砦で感じた、ドストエフスキーと太宰の底知れない知性と思考。これは只の化合いじゃない。砦での出来事はほんの余興でしかなかった。私に鼠を意識させ、鼠にも私を意識させる。互いに借りを作り、忠実な部下に相手のそれを潰させる。異星人の彼らからしたら、部下の性能比べでしかない。嫁の私と部下の私は、同一人物であれ、太宰治の中では別人の枠なのだろう。
なら、私も思考を昔に戻すしかない。
尾崎卯羅に戻るしか他ならない。
山道の少し先から、呻くような声が聞こえた。
幽かな声を頼りに走る。
「これが鼠さんの遣り方かしら?」
登山客の喉を潰して満足そうな鼠の肩を後ろから叩いて、振り向いた頬にぷにと指を立てた。
「──!」
目を見開いて鼠は後ずさる。登山客は弱い足取りで歩き出した。
「治さん、山道の人影は──」
報告しようと無線に言葉を投げたら、鼠が短刀を突きつけてきた。それを躱しながら得物を抜く。
『卯羅?』
「麓近くに登山者らしき人影が」
賢治くんがさっきの男を捕捉したと報告する。
森先生の兵も動かせと太宰が命じる。彼は一般人だろうから、保護をされるはずだ。
『卯羅、包囲網は失敗した。君の報告はさっきの登山者の事だろう?』
「彼の保護を優先した」
『……鼠か。それを最優先にしろ。私は奴を追う』
「了解した」
最後に、何か、彼らしくない言葉が聞こえた。それに答える為、自分の目標を確認する。
軽く地を蹴り、鼠に近づく。彼女の喉元を鋒が掠める。下から薙ぐように迫る刃を鞘で受け止める。私が下から見上げる形で顔が近付く。
「──詩音ちゃん」
「ひっ……あ……っ」
耳元で、男を誘う声で。上司がくれた切札を差し出す。鼠の本名。
全身の力が抜けたのか、その場に座り込む。言葉とは取れない単語を発しながら身を震わせている。
「能力名『道化の華』」
再起しても何も持てないように肩を外す。それから自力で逃げられないように脚を折る。その痛みに喘ぐことなくブツブツと何かを呟き続けている。殻に籠もるような鼠と視線を合わせるために屈む。顔を覗くと、虚ろで、心此処にあらず。
「可哀想に、お母さんに捨てられたんでしょう?」
ハッと顔を上げて「何でそれを」と云いそうな顔をしている。
「人は異能を忌む。だってそうでしょう、得体の知れないものだから」
そう。人は自分の理解し得ないものを拒み、嫌い、糾弾する。理解しようとしない事を好として。
「なんで……なん、で……」
「主が似ているなら、一番の手駒も似ている」
泣いている事にも気付いていないのだろう。彼女がどういう経歴で魔人の元に流れ着いたのか、察しが付いた。そしてそれが、彼女の中でどう渦巻いているのか。可哀想な人生に花でも添えてあげようと、掌に夏水仙を咲かせた。花言葉は私達のそれに相応しい。
上空から鷹の声がした。横濱にはどう考えても生息していない。
「異能か……」
それが合図だったのだろう、何もない空間から男が現れた。
「初めまして、こんにちは!道化の前に現れた道化です!」
道化師のお手本のような格好をした男は、鼠を抱きかかえると、外套を翻した。
「この子が死ぬと私が怒られますので!また後程!」
軽快な声を聞き届けると、そこに居たはずの男と女は消えていた。
『こっちは終わった。安吾に奴の身柄を引き渡した』
「判った。合流する」
『……どうした?』
「ねえ、何で森先生は私と治さんを引き合わせたのかな」
『急にどうしたんだい?まずは戻ってきて、それから話をしよう』
鼠を追い詰めていながら、自分も追い詰めていたのだろうか。
鼠にあって、私に無いもの。
過去の記憶がそこまで作用するなんて、考えたくも無いけれど。

「大丈夫ですか?」
「ゴーさん……」
回収したドスくんの部下。怪我の程度はそれほどでもないが、別の処を抉られている。外傷の治療は医療班に任せれば善い。だが一番回復しなくてならない部分は。
「ねえ、頭目は?フェージャは……」
「ドス君は」
あの後、特務課に身柄を拘束され、更迭された。
「フェージャ居ないの?」
「居ない」
「何で?」
激しく掴みかかってきた彼女をどうすることも出来なかった。子供のように「何で」を繰り返す。
「君が目の敵にしている娘、あれも君と同じな筈だよ」
「そんな訳ない!あれが、あれが一緒な訳ない!」
ドス君なら何と言葉を掛けるのか。次の作戦にはもう一度彼女と或れを対峙させる必要がある。向こうの腰を折る手段として。
「なんで……あいつと私が一緒なの……」
「それは自分で確かめた方が良いよ。私は“元の役職”に戻るから」
枕元に、ドス君のウシャンカを置く。それに手を伸ばして、抱きしめる。
「貴女に幸多からんことを……」
彼女の寝顔を眺めながらドス君が呟く言葉を、口の中で転がした。

「治さん……」
フィッツジラルドが用意した船上祝賀。
背広の彼を見るとどうしても前職を思い出す。彼が誂えてくれた赤い洋式礼服。
「素敵じゃないか」
甲板から街を眺める主人の隣に立つ。
「あの言葉」
「ごめんなさい……急に云い出して……」
「善いんだよ」
言葉は続かなかった。お互いに続かなかった。
「私の傍に居るのが怖い?」
「ううん。そうじゃないの。ただね、昔の私が知りたいっていうか、ほら、私、森さんの処に来るまでのこと、知らないでしょ?」
「私にも君にも過去はない。そうだろ?あるのは君と私が夫婦になった、という輝かしい始まりだけ」
曖昧に頷く。察したのか、手を引いて、抱きしめてくれた。
「今夜は熱く過ごそうじゃないか。昔のように」
沈む夕日に煌めく指輪。これだけは手放してはならない。
何があっても。





前の話目次次の話

Latency