心地好いぐらいに晴れた日。なんて素晴らしい自殺日和だろうか。
「人探しの御依頼、ですか」
谷崎くんが応接間で依頼人の相手をしている。国木田くんも一緒に。少し覗いた程度だが、私にはどこか見覚えのある男女だった。記憶している人物に片端から照合する。
「それだったら、警察の方が佳いでしょう」
国木田くんが至極全うな答えを述べる。確かに失せ人なら警察の範疇だ。だが、彼らの捜し物はそんなんじゃあない。軍警が手を出せるような人物ではない。何故なら、そんな事をしようものなら、異能特務課が黙ってはいない。
「異能力者を探して欲しいのです」
「異能力者を?」
「ならば、私が代わりましょう」
谷崎くんと国木田くんの間から身を乗り出した。
「太宰、他の業務はどうした」
「終わらせたよ。報告書も上げた。それよりも国木田くん、社長と幕僚護衛の打ち合わせじゃなかった?谷崎くんも、そろそろナオミちゃんが食べたがっていた洋菓子屋が閉まってしまう」
国木田くんが「そうだ、失礼」と退席し、谷崎くんも妹からの仕置きを恐れたのか、洋菓子店へ向かった。散る彼らの背に手を振った。
「却説、詳しく聞かせていただけますか?」
「私たちの探しているのは、異能力を持った女の子です」
男が重苦しそうに口を開いた。私も直接会うのは初めてだ。自分の義父に。そして本当の義母も口を開く。
「娘をある人の元に預けたのが十二歳の時で、もう九年になります」
「では、失踪届は出されて?」
「出しました」
その一言を云うと、女性は手巾で涙を拭った。潤んだ眼が妻のそれとそっくりだった。
「七年経過の時点で失踪宣告をされたのでは?」
「それよりも先に『そのような人物は戸籍上存在しない』と云われて……ですが、街で時々、似た人物を見かけるのです」
「それで諦めきれないと。では、その似た人物若しくは、娘さんを見つける御依頼ということで宜しいですね?」
「はい」
二人は大きく頷いた。
「娘さんの特徴、もし解れば異能力の詳細も教えていただけますか?」
「幼少の写真しかありませんが……」
男が取り出した写真。家にある犬の縫いぐるみを抱えた、幼い頃の妻が上目遣いで甘えてくる。「探して」と云っているようだった。
「実に愛らしいお嬢さんだ」
「随分と前の物ですから、だいぶ容姿は変わっているかと思いますが……異能力は、確か、触れたものに効果を発するものだったと記憶しています」
話を聞きながら、調書に書き込んでいく。私が手土産に持ってきた調査書と組めば、彼女の年表が出来るだろうね。
「預けた後、後悔して……けれど、もしあの力がと思うと踏み切れなかったんです。そのあと、この子の妹が出来て……」
私は顔をしかめた。しかめたとは云え、少し眉間に力が入ったぐらいだが。
「二日ほどお時間をください。結果はまた社にてお話させていただきます」
何度も頭を下げて「宜しくお願いします」と、善い結果を乞うていた。
却説、どうするか。結論は私の隣で、自分の担当案件の書類を纏めている。
「卯羅」
「なあに」
──君の本当の両親が見付かったよ。
口が裂けても云えない。忘れろと云い続けたのは私なのだから。声を掛けたものの、何でもない、と誤魔化した。
「太宰さん」
「やあ谷崎くん、姫君の所望品は買えたのかい?」
「お陰様で。ところで、先程の人探しの依頼は僕が担当しましょうか?」
「いいや、これは私に任せておくれ。私の伝を辿った方が早そうだ」
「ということは、私も手伝えば倍早いね」
身が固まった。
「君は自分のに集中したまえ。こんなの、私一人で充分だよ」
「治さんが人探しをやりたがるなんて。まさか、昔の“恋人”?」
「面倒な仕事を押し付けられないようにする作戦」
いつも通りに笑って。悟られないように。
先ずは森さんか、安吾か。いいや、あの時、安吾は確か戸籍その物を作り替えた。それに、答えを一番知っているのは私だ。
どうしたものか──昔よく来た港で考え込む。調書に記載した探し人の名前を思い出す。彼女の本当の名前。一番しっくり来るのは、今の太宰姓だと自負しよう。
組織にいた頃、偶然森さんと両親の電話を聞いた卯羅。その時、私は彼女の身の上話に関する調査書を首領から貰ったばかりだった。裏社会で生きるには、尾崎紅葉の娘である方が、断然有利だ。それに未練がましくても困る。だから詳細を伝えること無く、忘れろ、と云い続けた。なんとなく興味を持って調べたら、彼女には年の離れた妹ができていた。
今更調べなくとも、凡ての答えは揃っている。
「『お嬢さんは、私の妻です』いいや『お嬢さんは、此方の女性です』」口の中で言葉を考える。
モゴモゴと噛みきれない鯣でも食べているようだ。
帰って、夕飯を済ませ、風呂に入り、卯羅を抱き締め、布団に潜る。
「治さん?」
背を向けていた卯羅が、腕の中でモゾモゾと動く。
「どうしたの?」
彼女の手が私の髪を掻き上げる。心の底から心配だと、少し煌めく眼が語る。額を額に付ける。
「甘えん坊さんめ」
優しく笑ってくれる。事実を知らないからだろう。もし、この依頼を解決したら、君は私の手元から消え去る。
「昔からそう。考えなくて佳いこと考えて」
私の腕から抜け出すと、胸元に私の頭を抱えるように、抱き直された。鼓動が伝わり、愛しい匂いが鼻を擽る。
「今度は何考えていたの?」
「君の事」
「ならそんな悲しい顔しないで?」
そうだとしても。君を喪ったら私はどうすればいい?今まで感じたことのない不安に襲われる。涙が止まらなかった。卯羅はただ、何も云わないで、頭を撫でてくれてる。
雨降ってなんとやら、というのは本当のようだ。一晩中考えに考えて、答えは固まった。依頼人に連絡をし、探偵社の応接間で待つ。卯羅は与謝野先生に付き合って、買い物に出ていた。
「どうぞお掛けください」
二人は私の向かいに座ると、緊張した面持ちで私を真っ直ぐに見た。
「結論から云いますと」
次の一言で、卯羅の運命が決まってしまう。装うのは得意だ。いつものようにさらっと流してしまおう。
「お嬢さんは亡くなっています。五年ほど前の龍頭抗争はご存知でしょう、それに巻き込まれ、亡くなっています」
「では、あの人が云っていた事は事実なんですね?」
元義父が口を開いた。「娘を預けたのは、森鴎外という、医者なのです」
凡てが繋がった。卯羅が森さんと両親の電話を目撃し、私のところへ駆け戻ってきたのは、龍頭の後、私が幹部に祭り上げられた後だ。
「その抗争の後、暫くしてから森先生に連絡をしたのです。娘は、異能力者ですから、抗争に巻き込まれていないか心配になって」
「そして、返ってきた答えは芳しくなかった、と」
二人が去ったあと、応接間のソファに腰掛ける。自然と腰が滑り、頭が背凭れに支えられる。予想以上に疲労が溜まった。精神的な疲労。前職であれば、あのまま二人を始末してしまえば佳い。けれど今はそうもいかない。そういうことからは、足を洗ったのだから。
「治さん」
天井を眺めていたら、額に珈琲の缶が押し付けられた。
「ん?おかえり」
缶の冷たさが、少しずつ思考を冷静にしてくれる。
「一山片付いたって顔してる」
「漸くだよ」
「ご苦労様」
労いに、うん、とだけ答える。
「凄く疲れてるね」
「何だかね。人探しも案外楽じゃあない」
最後の落胆した表情。「貴方達の娘じゃない」と暗に突き付けた。
「人は変わる。そう、変わるんだ」
珈琲を受け取り、卯羅の頭をくしゃくしゃに撫で、仕事机に戻る。それから端末を立ち上げて報告書を打ち込み始める。
もう彼らと関わる事は無いだろう。引き出しの奥に仕舞っていた、調査書を裁断機にかけた。