「さあ、帰るよ」
血溜まりの中心に立つ部下に太宰は声を掛けた。黒の外套の一部分が濡れて、照りを出している。周囲には物云わぬ人が二三。人だったものが一つ。まだ形ある一つに歩み寄る。それから頭部に足を置き、異能を使って踏み抜く。骨が砕け、脳漿が飛び散る。顔をしかめながらも、太宰は近付く。
「卯羅」
反応は無い。左手に持ったナイフの鋒から、異能花の花弁が雫のように垂れ落ちる。それを振りかざし、とうに使命を忘れた心臓に狙いを定め、衝動のままに降ろす。
が、その手は途中で止まった。
「はい、そこまで」
花は青に打ち消され、視界は掌で覆われる。耳元で諌めるような吐息が、短くも鋭く発される。
「卯羅、聞こえているかい?」
頷くのを感じながら、太宰は言葉を続ける。卯羅は口呼吸をしながら、気を鎮めようと足掻く。
「これ以上痕跡を残すな」
太宰は部下の名前を、低く呼び続ける。それに「はい」と答える。答えはするが、注意は太宰の声には向いていない。何かに溺れてもがいていた。
「力抜いて、私の拍動に呼吸を合わせて……」
背を伝わる鼓動に呼吸を合わせる。一番心地好い拍。
「だざ……」
「卯羅、私は此処だよ」
彼女が時折見せる凶暴さの根源は、太宰にも判らなかった。理解したい訳でも無いし、理解するべきだとも思ってはいない。
「此処に居るから、さあ、安心して」
彼女を落ち着かせることも重要だが、撤退することも考えねば。
自分の外套を、部下に被せる。そのまま肩を抱いて車へ向かう。少し震えている。まだ興奮が収まらないのか。
「大丈夫、大丈夫だから。怯えなくて善いのだよ」
殺らなければ殺られる。そういう世界だ。
後部座席に収容すると、隣に座る上司に寄りかかる。
「太宰さん……」
「お休み。着いたら起こしてあげる」
ありがとう、と小さく呟いて、卯羅は眠りに入った。太宰は見ない素振りをし、車窓を眺める。似たように敵を嬲った少年を知っている。
小さな吐息が聞こえる。太宰は自分に投げ出された、少し小さな手を握った。