夏祭

夫婦、となると、デヱトという感覚が無くなってしまう。夫婦とはいえ、まだ20もそこそこ。
「治さん」
「祭りだろ?佳いよ」
云う前にあっさりと。
「だって浴衣美人が見たいじゃないか!髪を結い上げて、項が色っぽい」
「さぞかしお綺麗なんでしょうね」
直ぐに○○美人が見れるから、と理由を付ける。万年色男だから仕方ない。少し拗ねた私の後ろ髪を上げて、笑う。
「そうだよ、とても綺麗だよ。項に口付けの痕。艶っぽいんだ、最高にね」
「誰の口付けでしょうね」
「無論、私のさ」
誇らしげにまた口付ける。
「却説、支度だ。そういえば、揃いのが有ったね」
紺地に黄の帯。私のは花柄、治さんのは縞。何時だったか母様が送ってくれた。揃って着替えて、私は髪を結う。といっても、長くはないから、少し纏めて、髪飾りをするだけ。胴はタオルで補正した。胸元が気になるけれど、どうしようもない。旦那には「なんか太い」って云われたけど、綺麗に見せるには仕方ないもの。
社宅をでると、既に賑わう音が聞こえる。紫に染まる空に橙の提灯が揺れる。二人で手を繋いで、カランコロン。
「なんか久しぶり」
「そうだねぇ。此処最近は、出不精、というか励みすぎていたしね」
揃いの指輪をして、カランコロン。信号待ちの度に、何となく気恥ずかしくて俯く。
「私と出掛けるのが久しぶりで落ち着かない?」
「改めて、なんか、こう・・・・・・」
隣に並んで、表情が見える。見上げるように、顔を見詰めれば、微笑み返してくれる。
「楽しもうじゃないか」
「目一杯ね」
ずらりと屋台が立ち並ぶ。焼きそばの善い匂い。
「まずは麦酒かな」
「ねえいきなり色っぽくないこと云わないでよ」
「じゃあ、ねぇ・・・・・・あれは?」
指差したのは、林檎飴。
「大きいの二人で食べない?恋人みたいなこと、したいだろ?」
袂を探りながら「おじさん、大きいの一つね」と、声を掛ける横顔が様に成りすぎて落ち着かない。
「はい・・・・・・なあに、その顔。どう?惚れ直した?」
「似合わないこと云わないで」
私に渡した林檎飴。少しずつ舐めて飴を溶かす。
「本来なら君がやって欲しいところだけど、他人に見せたくないからね」
「やだ私も飴舐めたい」
少し外れた処で、一緒に。彼が舐めやすい高さにすると、どうしても、寄りかかってしまう。見え隠れする舌。何故か可愛くて仕方ない。
「ん?どうしたの?」
眺めていると、不意に問われた。
「猫みたい」
「猫?」
「舐めてるのにお上品で、可愛いの」
にゃあ、と小さく鳴いてまた舐める。少しずつ薄くなる飴。シャクッと林檎を噛む。甘い。二人で半分こ。林檎を食む彼を眺める。長い睫毛、高い鼻。見え隠れする八重歯。神様は何を思って此の男に美という美を与えたのか。
「見惚れすぎ」
「だって……」
「見慣れている男だろ?何年付き合っていると?」
云いながら、林檎越しのキス。
「次は何する?」
「射的、とか?」
「あれはどう?」
治さんが指したのは、金魚すくいだった。大きいの、小さいの。単色の、斑点の。赤に、橙。
「加減してね?」
「するよ。数匹で善いだろ?」
ポイと椀を貰って、じっと水面を見詰める。ポイを水へ入れたかと思うとあっという間に三匹、五匹。
「まだ破れないね」
「待って治さん最初の約束は?」
「破れるまでしたいじゃない?」
首を傾げたってこればかりは許せない。
「ええっと、敦くんと鏡花ちゃんにも分けてあげようかなって……」
「なんて部下思い!じゃなくて!」
騙されない。騙されないように。結局、あと二匹。最後はわざとポイを破った。ありゃりゃ、と誤魔化していたが、どう見てもわざと。
「ふふふ、どうだい?私に苦手なことなど無い!」
「本当大漁だね……」
主人が満足そうだから、佳いか。巾着袋は金魚柄。
「帰ったら金魚鉢出さなきゃ」
「金魚を眺めながらの冷酒かぁ。うん、実に風流だ」
結構いや実に結構、とぼやきながら歩きだす。会場に放送案内が流れる。あと三十分で花火が上がると。
「花火か。何処か適当な場所を探そう」
虫の声がよく響く。祭会場の、丁度、裏手辺り。人も疎らだった。人混みから離れた所為か、吹き抜ける風も涼しかった。
「はいたこ焼き。ラムネもあるよ」
「ありがとう」
いつの間に買ってきたんだか。二人で頬張る。外はカリカリ、中はふわふわ。一度に含んだ治さんは、熱さに悶絶。
「嗚呼、氷が欲しい。熱いよ、熱すぎ」
「一気に食べるから……」
ラムネの栓を開けて渡す。受け取ると一気に飲み干す。
「子供じゃないんだから、がっつかないの」
「だって、美味しいうちに食べたいじゃない?」
笑い合ってたら、灯りが消えた。少し驚いて腕を掴んだ。その直後、大きな音と共に花火が夜空を彩る。
「大輪に咲く花か。風流だね」
立て続けに幾重にも。眺めながら、治さんの肩に頭を預けた。彼の腕が私の腕に重なり、手が重なる。指輪も重なる。
「そういえば、私の奥さんは花の化身だったねえ」
「化身って程じゃないでしょうに」
煌々と咲く花火。暫く二人で眺めていた。ただ、寄り添って。
「ああ綺麗だった」
「何度見ても綺麗だよね」
まだ提灯明かりが照らす道を、家へとなぞる。帰ったら真っ先に金魚鉢を出そう。
「また金魚の事考えてる」
「だって押し込められて可哀想じゃない?」
無言になると、何だか気恥ずかしい、というか、落ち着かない。
「卯羅どうしたの?」
「ううん、あのね」
少し屈んでと浴衣を引くと、耳が目の前に。そっと、想いを投げ掛ける。
「──!」
目を見開いて、そのまま、動かない。
「治さん?」
「すまない、可愛すぎた……」
口許を手で覆いながら、そっぽを向く。
「だって……そうなんだもん……」
ただ、大好き、と伝えただけなのに。
手をぎゅっと握ってくれた。私も離したくないから、ぎゅっとし返した。
下駄の音がコロコロ響く。二人だけの帰り道。

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