夜叉と夫人

嗚呼、やってしまった。
一番見せたくなかった姿なのに。
「善くやってくれた」目を覆う大きな手。「もう平気だ」
背を伝わる温かいもの。それにまだ身体が強張る。

今から三時間ほど前、探偵社はある犯罪組織と衝突した。傭兵崩れの練度の高い組織。
久しぶりに異能を使えと治さんが命じた。
「卯羅の異能が見れるなんて、太宰も随分と警戒するねェ」
「彼女の異能は美しいですから。偶に見たくてね、目の保養です」
そう笑って居たけども。
短刀を奮いながら、異能を咲かせる。治さんを守りながら、進路を拓く。昔と変わらない。
二人一組、守備と攻撃それぞれ組んで。本来であれば、治さんは国木田さんと組むべきなんだろうけど、何せ、私と与謝野先生の異能は性能が真反対。それに治さんとの方が、私も動きやすい。
云わなくても動けるってやっぱり楽。
前から来た敵には花を送り、後ろから来た卑怯な人には刃を。舞い散る花を盾にし銃弾を防ぐ。
「俺たちは中へ突入する。太宰、退路を確保しろ」
「了解。卯羅」
その言葉に頷き、彼に寄り添う。屈んで手を地に着き、指示を待つ。
「却説……いつものをどうぞ?」
地から蔦が伸びる。枝分かれしたそれは、周囲の足を支柱にし、肉を裂く。その感覚と短い悲鳴に背筋に、快感に似たものが走る。
「ほらほら。仕事を片すよ」
「はーい」
答えながら、これ以上敵が国木田さん達の元へ辿り着かないよう、立ちはだかる。
「懐かしいやり方で善いかな?」
「それが最善なら」
彼の指示通りに、言葉の通りに。身体が勝手に動く。心地が好い。
「避けろ!」
迫る刃を避けきれなかった。首筋に一筋。呼吸を整える。これぐらい平気。問題ない。
「よくもまあ」問題なのは私じゃなかった。「やってくれたじゃないか」
目下を走る鋼。目で追う。砂色に染みる黒。
何が起こった?治さんの手が相手の手首を掴んでいる。それで軌道が逸れたの?
「狙うなら此処を狙い給えよ」
トントンと左胸を叩かれる。「さあどうぞ?ちゃんと、二人を串刺しにしておくれよ?」
相手の顔が歪み、引いた手を振りかぶる。
そいつの手には吾亦紅。初めて咲かせた。
身体の奥で何かに、ひびが入った。
足元に、治さんを避ける様に咲く花々。
「これか。森さんが云っていたのは」
そんな声が聞こえた気がした。
私が歩を進める度に、花畑は拡がる。
「能力名『道化の華』!」
動脈を流れる血は熱く、静脈を往く血は冷たく。
短刀を奮う手が軽い。
考えずにも花が舞う。
「饗応夫人と呼ばれても善いわ。そうよ、私はこの花で貴方をもてなすのよ」
目の前の男の喉を裂いた。
退路を守る。そんな事は忘れていた。
裂かれた男を見て、他が集まってきた。私を中心に花弁を撒き、防御壁とする。無論触れたら傷を負う。だけど
「───『花吹雪』」
瞬間的に強度を増した花弁は、硝子の破片の如く周囲に突き刺さる。
あるものは喉。
あるものは胸。
眼。
腹。
あらゆる部位に突き刺さる。
「この方が綺麗でしょ?素敵でしょ?」
“進め”というように指を動かすと、破片は奥へ奥へと突き進む。抉るような感覚を全身に受けるのだろう。身を捩りながら、痛覚から逃げ出そうとしている。痙攣しているかのように、身体を震わせる塊が散らばる。
「痛いのなんて、容量超えたら痛くなくなるのに」
目の前の頭を、昔やったように、踵で額を砕こうとした。異能を使えば頭骨も小枝と同じ。
「何だこれは……」
扉が開き、探偵社が顔を出した。
足は、止まらなかった。
『そなたは闇の華。努々、忘れるでないぞ』
母様の声が頭に響いた。
「善くやってくれた」
目と胸下に腕が回る。耳元で聞こえる声がひび割れた何かを修復してくれる。
「もう平気だ。戻っておいで、可愛いお花屋さん」
「太宰!」
国木田さん達が駆け寄ってくる。それに続いて、先生達も。
「退路は確保したよ」
「尾崎は……」
「久しぶりの異能力で張り切っちゃっただけ」
「帰ったら……治さん、手当てしなきゃ……」
この世界に来てから、私が治さんを危険に晒してる。それが嫌で、昔のように出来なくて、歯痒くて。
夜叉の子は夜叉。
「『饗応夫人』か」隣を歩く治さんが呟く。「夜叉じゃあない。夫人だ。“人間”に成り損なった男と連れ添う、愛らしい夫人だよ」
そうやって優しくするから。私は涙が止まらないんだ。外套に隠されるように寄り添われ、彼にしがみつき、声を押し殺しながら。
「卯羅は太宰が怪我したぐらいで大袈裟だねェ」
「この唐変木はもっと痛い目みても順当だろう」
「皆酷い!私だって家庭を持つ身なのだよ?」
おどける言葉と、宥める手。
この人が居ないと駄目なのは私。
依存しているのは私。
自分の居場所は自分で護るしかない。
夜叉を恥じている場合では無い。受け入れるしかない。

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