星が綺麗な夜だった。
港の倉庫街で仕事を終えた。ふと空を見上げると、無数の星が瞬いていた。珍しい。市街中心では此処まで御目には掛かれない。部下に教えてやろうと、拠点へと戻った。
「あの人が無事で戻りますように」
執務室に着くと、無防備に窓から外を眺めながら、そんな事を呟いていた。静かに窓枠に置いた手に、自分の手を重ねた。
「其れが私でありますように」
一瞬身体が硬直してから、私に顔を向けた。
「お帰りなさい」
「ただいま」
可愛い部下は、さも嬉しそうに帰還を迎えてくれた。
「ねえ、散歩行かない?」
星空の下、君と行きたい処があるんだ。
「休まなくて良いの?」
不思議そう、いや心配そうに尋ねてきた。
「其れは御誘いかな?御婦人の御誘いは無下には出来ないから──」
「何で休むのとセックスが同義になるの!」
尻を撫でたら腕を叩かれ拒絶された。
夜の散歩。波の音、汽笛の音、駆動音。聞き慣れた音の中を、海岸線沿いに、郊外へと歩いた。何時もは後ろに控える卯羅が今は隣を歩く。誰にも言えない秘密の関係。知られたら私は姐さんと首領から大目玉を喰う。其れで済めば上々か。
「太宰さん」
「やっと呼んでくれた。帰ってきてから初めてだよ?全く酷い」
「ごめんなさい」
「でも、太宰さんは嫌だなあ。仕事みたいだ」
「治、さん……」
「ぎこちないのも愛らしい」
慣れない名前を呼ぶ。声が小さくて、見失いそうだから、手を繋いだ。彼女はいつでも温かい。私の冷たい手まで温めてくれる。
「女性が好きそうな場所を見つけてね。少し歩くが、佳いかな」
「いいよ」
山下公園を抜けた先、坂を上がって住宅街を進む。住宅街の先には小さな交番があった。今は特に悪いことをしている訳では無いから、前を横切る。案内したのは、港の見える丘公園。
「此処……」
「素敵だろ?大広間と奥には薔薇園。さて、お手をどうぞ?」
わざとらしく手を差し出す。その手に少し小さな手が重なると、何となく照れ臭かった。
何時か、この関係は露呈する。薔薇を眺めながら思考を巡らす。露呈した時、如何に立ち回るか。予期される事は何か。
「薔薇って色々有るんだね」
不意に声を掛けられた。
「私もこんなに見事なのは見たことない。触れたら、絡め取られて、一部に成ってしまうかもね」
海風で薔薇が揺れた。花弁が1枚、はらりと落ちた。風にのって、音楽が聞こえてきた。悲しい旋律の三拍子。ピアノの音。
──some day, when I come back to you. tell me how you kissed me gently. dear prince──
何て哀しい。卯羅を眺めていると、顔が私に向いた。そのまま手を引いて、“広間”に出た。姫の腰に手を回し、脚で三拍子を捕らえる。
「まさか、こんな処で役立つとはね」
苦笑いした。つられて卯羅が笑った。哀しい円舞曲を踊る私達を星が照らす。そのうち、彼女の眼が私の眼を、真っ直ぐ見詰めた。少々恥ずかしいが、この暗さならそれも解るまい。濃紺の眼は星空。
曲が聞こえなくなると、力強く卯羅を抱き締めた。何かが私を不安にさせた。
「卯羅、こんな関係、許されると思うかい?」
「治さんとなら」
嗚呼、この子は──柄にもなく愛しくて、ゆっくり頭を撫でた。今なら、と顔を少し近付ける。彼女も同じ事を考えていたのか、そのまま、キス。触れて、離れて、また触れて。背広が握り締められる。離したくなくて、腕に力を入れてしまった。
「卯羅!居るか!」
意外と速かった。私の想定よりも幾分か。子供染みているが、姐さん達に背を向けて、卯羅に外套を掛ける。
「やあ姐さん。お散歩?」
「貴様、卯羅は何処じゃ?」
「ライトを落としてくれないかなぁ。星が見えなくなってしまう」
「答えよ。卯羅は何処じゃ」
夜叉を使うだろうと思い、異能を発動する。探し物は少し身震いした。「離れないで」と口だけで伝えた。
「卯羅は私の部下だよ?どうしようと私の勝手じゃあないか」
「貴様なんぞにやった覚えはない」
「おかしいなあ。彼女が所属した時にそういう話だった筈だよ?」
「それは仕事の話。私生活で迄お前に付き合わせる義理は無い」
舌打ちした。失敗か。仕込み刀を抜かれた。
「娘を返せ」
「貴女の娘ではない」
「調子に乗るな若造。幹部だから何でも許されると思うておるのか?」
「だと良いねぇ」
鋒は確実に私の急所を狙っているだろう。
「何でも許される、ねぇ。だからこうさせてもらうよ」
口だけで「ごめんね」と伝えた。そして素早く立ち位置を交換した。
「卯羅!無事かえ?」
背中を少し押た。
「嫌……」
此処へ来て君はそんな事を云うの?首を振って否定した。姐さんの元へ歩き出す。身体を震わせながら、少しずつ。
「怖かったろうのう……もう大丈夫じゃ」
車両のライトが眩しい。逆光で表情は見えなかった。少し揉めているように見えた。そのまま見送った。全てが見えなくなるまで。
空を見上げた。変わらず星は瞬いている。憎らしい程に清々しく。私を嘲笑う様に。
乾いた笑いが出て、止まらなかった。
笑いが止まった後に私の頬を流れ星が伝った。

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