御三家×魔女集会



 コンコン、と小屋の扉に小さな音が響いた。魔女が顔を上げると、魔女の返事も待たずに扉は開く。そこに立っていたのは月影だった。


「駿くん。どうしたの、珍しい」

「……昨日、主上がこちらへ来ませんでしたか」


 魔女はぱちくりとその黒い目を瞬かせた。月影はいつもの無表情だ。二人は暫くお互いの表情のまま黙っていたが、魔女が先にふふ、と笑って表情を崩す。


「そうだけど、どうしたの。幼馴染の仇《かたき》を討つなんて、駿くんだけは言ったことがなかったのに、その気になっちゃった?」

「主上は貴女に何を命じたのですか」


 ついでに茶化したのに、月影は騙されなかった。それどころか眉間の皺が深くなり、心なしか険しい顔つきになる。


「何か、命じたのではないですか」

「何も」

「だったら主上は何をしにここへ」

「戦況を伝えてくれただけだよ。私は人間の行いに口を出すつもりはないから、知るつもりなんてなかったんだけど」

「その戦況を知って、貴女はどうしようというのですか」


 その声も、幾分低く、鋭いものになっていた。魔女が答えずに黙っていれば、月影はぐるりと小屋の中を見回す。見回して気付いてしまったことは、彼女が大事にしていた物品がいくつか失くなっているということだ。まるで家を移ってしまうかのように置物や家具が減ってしまったことが、何を意味するのか。分かっていた月影は少しだけ目を伏せる。


「……貴女は昔、教えてくれましたね。魔法には供物《くもつ》が必要だと。魔法は魔力という因果律を加えることができる点で人間による加工と異なるだけで、無から有を生み出すものではないと。有から有を生み出すに過ぎず、そしてその対価関係が人間界とは少しことなるものであるだけだと」

「……そうね。それを知らない人間達は、物を捧げることが魔法を呼ぶと勘違いしたのよ」


 だから貴方達の幼馴染は死んだ、と魔女は付け加えた。月影は黙っている。意外と勘のいい彼には、もしかしたら察されたのかもしれないと、魔女は小さな溜息を吐きながら、机の上に手を置いた。


「対価関係は、私が決めるものじゃない。私達が神と信仰する者が決めること。だから捧げた供物が願う魔法に適うかどうかは使うまで分からない。でも……神様は、存外優しくて、人間の命を、それなりに対価性の高いものと考えてくれている。そして人は何の根拠もなくそれを知っている。だから、人はこぞって人間を捧げたがる。人間って不思議ね。価値があると知っているからそれを捧げるのに、まるで無価値かのようにそれを捨て去ることができるんだから」


 月影はまだ無言だった。魔女は少し困ったように眉を寄せたけれど、なんでもないかのように居室内を振りむいた。


「駿くん、折角来てくれたならお茶でも入れようか? 遼くんが淹れたのじゃなきゃいや?」

「……私はそんな呑気な話をしに来たのではないんです」


 そこでふと、魔女は気が付く。どうして彼は、昨日、王がここへ来たことを知っていたのだろうと。確かに彼の官位は年不相応に高いとはいえ、王の一日を把握できるほどのものではないはずだ。ということは、昨日、彼はここへ来ていたのかもしれない。王がいるのを見て出直したか──はたまた王と自分との会話を聞いて、一度引き返したか。


「……駿くん?」


 彼が黙っているのは、いつものように必要以上のことを喋るまいと思っているからではなく、何というべきか迷っているからかもしれない。


 実際、月影は苦々し気に目を背けた。


「……貴女はちっとも魔女らしくない」

「え、ここにきて突然の悪口? え?」

「魔女なら、人間でも食っていればいい。見つけた幼子など、鍋に入れて煮て焼いて食ってしまえばいい。それどころか気紛れに育てるなど、魔女らしからぬ行動です」

「ええ……言ったじゃん、別に魔女だからって人間食べるわけじゃないんだよって……。しかも駿くん達、そこそこ立派に育ったんだからいいじゃん……文句言わないでよ贅沢だな……」

「……いなくなってしまうんですか」


 その声は、妙に弱々しかった。月影の言葉ではないような気がした。三人の中でも群を抜いて不愛想な子の声ではなかった。甘えん坊の時期なんてなかった子なのに、初めて甘えたような声だった。桐椰が拾って来た小鳥が全快して旅立つときも、そんな寂しそうな声は出さなかったのに。


 だから魔女は、ふふ、とまた笑った。


「元気でね」

「……遼と総がどれだけ貴女を大事にしてるか」


 そこで敢えて自分の感情を口にしないのが、恥ずかしがりやな彼らしかった。


「その遼くんが、捕虜になってるって知ってるんでしょう。将軍を一人死なせたとなれば、指揮をとる総くんが責任を問われることを分かってるんでしょう」

「……いま坂守国に使者を送っているんです。援軍が来れば、坂守国からの出陣があれば、助かるかもしれません」

「坂守国は動かないよ」

「それでも私には伝手はあります。昔、坂守国の衛兵に貸しを作ったことが」

「衛兵だよね。その程度じゃ、国は動かせないよね」

「その衛兵の親友が尚書《しょうしょ》でもですか」

「ちょっと無理かな。もともと、あそこの軍備はせいぜい警邏が限界な程度だから」

「……総は軍師として天才的です。次の策を練っている最中ですから、それが上手くいけば、」

「ねぇ、駿くん」


 いつの間にか自分より背が高くなってしまった養い子を、魔女は見上げた。俯いた彼は、昔から滅多に見ることはなかった、泣いているような顔をしていた。一生懸命口にした策がどれもこれも否定されてしまって、しかも、彼のことだから、どうせ否定されることは──自分の口にしている策に臨みのないことは──分かっていたんだろう。それでも、誰かに否定してもらうまで否定しきれないなんて、彼らしくない。


 ふふ、と魔女はまた笑う。彼は「笑い過ぎです」と拗ねたような声を出した。


「大丈夫。君達はこの国で、もっともっと偉くなりなさい」

「……偉くなってどうするんです」

「偉くなって、お金を稼いで、食べたいものを食べて、好きな人と家庭を築くの」

「……そんなことして何の意味があるんです」

「難しいこと言うな、駿くんは。それが人生を楽しむってことのひとつでしょう」

「……その人生に、貴女がいなくてもですか」


 月影には、分かっていた。魔女が結局、変われずにいること。何百年も生きたところで、どこか自分が不必要な存在だと思って変われないこと。寧ろ、何百年も生きてきたから、目まぐるしく発達していく人間の社会で、魔法も魔女も段々と不必要になっていくことに気付いてしまっていること。それは彼女を無感動にするのに十分で、自分達を拾ったのは本当にただの気紛れだったこと。自分達を拾った理由は、数百年に一度、試したことのないことを試す気になった程度のものだったこと。それを試しているうちに、何も変わらないとまでは言わなくとも、その変化は本当に細やかなもので、彼女は結局、どこかで変われずにいること。


「……総と遼が、貴女を取り合うのを、ここで待っていたらいいじゃないですか」

「人間と魔女が夫婦になってどうするの」


 だから、どうせ彼女は思ってる。彼女がいなくても三人の青年は生きていけるのだから、もう自分は必要ないのだろうと。


「……なってみないと分からないでしょう。折角ですからなってみてはどうですか。私達を育てたように、今回も試してみては」

「失礼な、試したことはあるよ」

「……え?」

「もう百年以上前の話だけどね」


 魔女はなんでもないことのように言うけれど、月影にとっては寝耳に水だった。二人の幼馴染とどうにかなったらどうだと勧める一方で、心のどこかで、魔女が人間の男と添い遂げようとすることはないのだと思ってしまっていた。そのせいで、その可能性を勝手に消していた。そんな思考は、魔女と彼等の将来を否定するに等しくて、月影は自分の反応を後悔する。


 でも、魔女は気にする様子はなかった。代わりに、想い出を探るように顎に手を当てる。


「その人もね、夫婦になろうって言ってくれたの。でも、その人は私が魔女だって知らなかったから。年を取らない私を気持ち悪くなっちゃったの」

「……今度は話が違います。あの二人は──」

「あの二人のことは、私、こんなときから知ってるんだよ?」


 魔女は自分の腰のあたりに手を持ってきて、幼い二人の身長を示す。


「あの二人は、思慕と恋慕を混同してるのよ」

「……遼はまだ分かるにしても、総までもがですか」

「同じだよ、二人とも」


 躊躇ない返事のせいで月影が言葉を失えば、会話はそこで途切れた。そのまま暫く沈黙が落ちる。


 何を言っても無駄だと、月影には分かってしまった。結局、彼女は変わらないままなんだ。自分達に出会ったときから、ずっと変わらないまま。


 閉口した彼に、くしゃりと彼女は笑って見せた。


「昔、駿くんが欲しがってた木の作り物。まだあるけど、持って帰る?」

「……そうやって、想い出だけを、私達に残して、いくんですね」


 月影が頷く前に、彼女は部屋の隅から持ってきた熊の彫り物をその手に押し付けた。月影は普段なら迷惑な顔をしてもおかしくないのに、その目元はただ苦しそうに震えるだけだった。今だけは、持ち前の無愛想さゆえではなく、まるで持ち前の無愛想さですと言わんばかりの無表情に努めているのが分かった。


「……総と遼に、何と言えばいいんですか」

「『魔女は西域に旅立ちました、またね』」


 自分は辛うじてその言葉を絞りだしたと言うのに、魔女は平然としていて。


「……最後まで、嘘吐きなんですね」


 それに抱いてしまった哀しみをどこへ向ければいいのか、月影には分からなくなっていた。お陰で、どこか、諦めたような声が出てしまった。それなのに、やっぱり魔女は無視して「あ、遼くんはこれ欲しがってた! やっぱり男の子だよねー、虫の標本なんて! 総くんはこの本読みたがってたけど、もう読めるようになったのかなぁ」と部屋の隅に飾ってあるものを持ってきては月影に押し付ける。


 餞別《せんべつ》の品々は、月影の平淡な瞳を少し震わせた。


「……総と遼の向ける感情とは違いますが」

「うん」

「……私は、貴女を好きでしたよ」

「うん!」


 さも当然のように魔女は頷いた。月影は目を伏せる。あぁ、やっぱり、駄目なのか、と。


「……お暇《いとま》します」

「元気でね」

「……総と遼に伝えておくことは」

「総くんは嫌なことがあったときに女の子を誑《たぶら》かすんじゃなくて誰かにちゃんと相談すること! 遼くんは人の面倒見過ぎて自分の身を顧《かえり》みない癖を直すこと!」

「……分かりました」


 最後まで、いつでも言えるような小言だけ。不満気にすれば「駿くんは女の子に極端に無愛想なのを直しなさい」と付け加えられる。別に、自分にだけ小言がないことを不満に思ったわけではないのに。


 何を言っても、どうせ彼女は変わってくれないのだ。キィ、と、手を掛けた小屋の扉が開いた。


「ごめんね」


 そんな、とってつけたような謝罪をしなくたっていいのに。魔女の顔を一瞥するも、彼女はいつも通り笑うばかりで、出ていく月影の目だけが翳《かげ》っていた。


「……さようなら。私達の魔女様」


 パタン、と、扉が閉まった。


**


 鹿蝶二十年。一年ぶりに軍が帰還した。


「さすがよね。桐椰将軍が捕虜になったとの噂、一時はどうなるものかと思いましたけれど、松隆様の軍略のお陰で生還されるんでしょう」

「あら、桐椰将軍が自力でお帰りになったとも聞いたわ。思わぬ嵐に攪乱《かくらん》された軍の混乱に乗じて逃げ出しただとか」

「私が聞いたところによると、それに松隆様の軍略もあってのことらしいわよ」

「松隆様は天が味方になってくれただなんて御謙遜をされてるらしいわ」

「そんなところも素敵よねえ」


 花咲国は、多くの犠牲を出しながらも、東域を奪還した。一時総崩れになりかけていた花咲国軍は、突然の嵐を好機に変え、崇津国軍に奇襲を仕掛けた。その攻撃は、慣れない気候の変動に混乱していた崇津国軍に、絶大な損失を与えた。同時に、捕虜にされていたはずの桐椰が混乱に乗じて脱出、結果的に内部から崇津国軍を崩すこととなり、崇津国軍は総崩れ。花咲国軍は勝利を収め、これ率いた軍師と将軍の名は、更に各国へ知れ渡ることとなった。


「あぁ、月影」


 二人が帰還するその日、月影は不意に呼び止められて振り返る。そして舌打ち混じりに頭を下げた。


「これは主上。何か御用ですか」

「そんな生意気な態度をとる臣下は花咲国中探しても君とあと二人だけだろうね」

「失礼。先程の非礼はお詫びしますので、解任しないでいていただけると助かります」

「死んだ魔女のために?」


 月影は顔を上げなかった。ふん、と王は鼻で笑う。


「さすが最年少の宰相と目されるだけある。その程度のことでは表情を変えないのだね」

「主上が魔女に命じたことは、存じ上げておりましたからね」


 顔を上げよ、と王が促せば、月影は恭《うやうや》しさなど欠片も伺えない態度で顔を上げ、王を睨みつけた。王は肩を竦めて見せる。


「命じたとは、人聞きの悪い。私は戦況を伝えただけ」

「そうすれば、あの人がどうするかは分かっていた」

「さあ、なんのことだか」

「桐椰が敵国に殺され、その責を問われた松隆が軍議にかけられ早晩この国から追放されることを伝えれば、魔女が自分を犠牲に戦況を一転させることを分かっていたんでしょう!」


 珍しく、月影が声を荒げた。


 決まり切っていた花咲国軍の敗走をひっくり返すほどの、数百年に一度の嵐。崇津軍が陣取っていた地形を綺麗に崩した雨。それにも関わらず土砂に巻き込まれなかった桐椰。桐椰が助からなければ奏功しなかったはずの松隆の策。崇津軍内で起こった不意の反乱。何もかも、奇跡に奇跡を重ねなければ起こらなかったこと。そんなものが起こった理由は一つしかない。この人間社会の因果律が、魔法によって狂ったからだ。


 そして、そんな大魔法を、数百年間生きている魔女なら使えることを、この王は分かっていた。


「分かっていてただ伝えただけなど、白々しい!」

「ただ伝えただけだとも。私は、供物が必要だと言われれば用意するつもりではあった。この世の中、必要のないものはいくらでもいる」


 腕を組んだ王は、綺麗に整備された庭園に目を向けた。まるで、その庭を整備する手にいくらでも変わりはいると言わんばかりに。


「必要だと言われれば、一晩で百人の子供を調達した。それを望まず、自身の命の対価性の高さを自負し、それを供物に捧げたのはあの魔女自身だ」

「だからそうさせたのは貴方の言葉が──」

「じゃあ君は、二人の幼馴染が死んででも、あの魔女が生きることを望んだのか?」


 臣下の言葉を遮って、叩きつけるように投げられたその問いに、月影は答えることはできなかった。そんなものを天秤にかけろと言われて、かけられるわけがない。


「君はまだ、若いんだよ。この世の中、全て救えるようになどできていない。そして、旧《ふる》きものが旧きまま良しとされるようにもできていない。……魔法など、もう旧いんだ」


 魔女は言っていた。魔女が住んでいた小屋の隣にあったあの沼に、生贄が捧げられたのは何十年ぶりだっただろう、と。もう何十年も、もしかしたら百年以上、あの沼に生贄なんて投げられていなかったと。それは、生贄を捧げることで願いが叶う≠ニいう人々の信仰が弱まってしまったことを意味する。


「それだというのに、君達が未だ魔女の子だなんだと囁かれるくらいには、この国の民は愚かだ。そんな国はもう変わるべきだ」

「……でもそれはあの人が死んでいい理由にはならない」

「そうかもしれないな。だがこれは、魔女ではなく桐椰と松隆のほうがこの国に必要な人材なんだと基礎づける理由になる」


 月影が答えることのできなかった、天秤の傾く先。この王は、迷わず二人の官吏をとった。魔女はこれからも何百年と生き続けるだろうけれど、その生の価値は、若き二人の官吏の数十年に劣るものだったから。魔女など要らなくなるこの国で──この世の中で──役に立つことがあるというのなら役立ててしまえばいいと思ったから。それは、為政者《いせいしゃ》として何も間違った判断ではなかった。


 でも、だから、なんだというのだろう。結局、桜の魔女が死んだという事実に変わりはないのに。


「……これから、私達は益々魔女の子だと噂されるようになるんでしょうね。あの二人がこんな生還をしては」

「どうだろうな。そもそも、魔女などもういないこの国で、その言葉がただのおとぎに変わるのは時間の問題だろう」

「……魔女の森は遺るのに」

「あれはただの森だ。獣以外何も棲んでいない、な」


 先日、朝廷の会議で、魔女が棲むと噂される森など伐採して資源にしようという意見が出た。それはこの度の長きに渡る東伐のせいで消費した軍備を整える一手段だった。


「では、私はそろそろ行こう」


 だが、王は、その意見を退けた。その理由はもちろん、あの森の開拓がまだ進んでおらず、その価値が不明であること、他国との取引材料になる可能性は十分にあること、崇津国の被った被害の甚大さに鑑みれば今すぐに軍を整備する必要はないこと、などと尤もらしいものではあった。あった、けれど、口にされることのなかった理由の一つに、御三家≠ニいう財産を遺した魔女への敬意が、きっとあった。


 そんな発想は、幾分自惚れじみていたけれど。月影は頭を下げ、王を見送った。


**


「あぁ、空気がおいしい」


 その日、久しぶりに御三家が会した。いつもの酒屋に二人が疲れた顔で座る。


「……嵐はどうだった」

「どうもこうも、まさに天の恵みだった。あれがなければ遼は確実に死んでたし、俺も帰還できればいいほうだったんじゃない」


 壊滅してもおかしくないくらい劣勢だったしねぇ、と松隆は昔の話をするかのような口ぶりで話す。頷く桐椰のこめかみには、一年前にはなかった大きな傷ができていた。


「本当にな。生き急ぎ過ぎて寿命使い果たしちまってたのかと思ってた」

「実際生き急いでる感じはあるよね、俺達。噂で聞いたんだけど、今回の功績を称えて賞与があるんだと、主上から」

「へぇ、なにくれんの。女は勘弁なんだけど」

「森を一つくれるらしいよ」

「森?」


 ぴくりと、酒を飲む月影の指先が震えた。二人はそれに気付かない。


「西にあるだろう、ちょっと不気味な森が。あれをまるごと俺と遼にくれるんだって聞いた。何が賞与なんだか、あんな使い道も分からないような木、木、木。畑でもくれたほうがまだマシだ」

「へーえ。まあ東部奪還を称えられるだけまだいいんじゃね。奪還したはいいけど死に過ぎだって言われて地位剥奪でもされたらどうしようかと」

「そんなことしたら俺があのクソ王の玉座を剥奪してやる」

「お前が言うと冗談に聞こえないからやめろよ」


 二人は、そんな話をして笑っていた。月影は表情を変えないように必死に感情を抑えながら「そういえば」などとわざとらしく咳ばらいをしてしまった。


「お前達が出ている間に、餞別を預かった」

「餞別? 何の、つーか誰の」


 きょとんと目を丸くしてみせる二人に、月影は二つのものを取り出した。古く分厚い書物と、木箱。それぞれを受け取った松隆と桐椰はそれぞれ眉を顰める。


「……意味の分からない言葉が綴られてるんだけど、これなに」

「さぁ」

「虫の……これなんだ? 死んでるよな? 死んでるのになんで生きてるみたいにそのままなんだ?」

「さぁ」

「ていうか、これ、誰から?」

「……さぁ」


 突然の幼馴染の不可解な行動に訝しむ二人。その怪訝な顔で初めて、月影は彼女の魔法の中身を知ってしまった。


 そこまでしたから、その身をまるごと犠牲にしなければその魔法が使えなかったんじゃないか。桐椰を五体満足で還そうなんて欲をかいたから、その身を丸ごと犠牲にする羽目になったんじゃないか。


 二人が哀しむのを知っていたから、その存在を丸ごと犠牲にしたんじゃないか。


 こんな秘密の記憶を、彼女は月影一人に押し付けた。その理由は何だろう。そうまでして、この我楽多《がらくた》のような物を二人に渡してほしかったのだろうか。それとも──忘れないでほしいという、彼女の最初の最後の甘えだったのだろうか。


『ごめんね』


 ただ分かるのは、最後の彼女の言葉が、心底月影だけへの謝罪だったということだ。


 涙が零れないように気を付けながら、月影はそっと目を伏せた。


「誰から、だっただろうな」


**


 未だ繁栄を極める花咲国。その礎が築かれたのは、最大版図を記録した鹿蝶時代。鹿島王の治世は未だにあるべき理想の治世とされる。


 そんな鹿蝶時代には御三家≠ニ呼ばれる有名な三人がいた。一人は最年少宰相、一人は一騎当千の大将軍、一人は無敗の軍師。鹿島王も賢君と称えられているが、そえれでも彼等がなければいまの花咲国はなかっただろうとされるほどの偉大な三人。彼等は花咲国の英雄として後世に語り継がれている。


 なお、その三人は魔女の子だという噂があったとの記録はあるが、当時の有能な官吏についてまわったありがちな妬み嫉みの一種に過ぎないとされている。