◎31 : 歓声
ピンクのフリフリとした衣装を纏った人間がステージで身体を左右に揺らしている。
あれはどこの地方の代表だったか、とぼんやり俺が考えれば、柵に器用に腰掛けたチビ…真紅が、ひとつ欠伸をした。
「
ヒスイ、まだなの?」
「
まだ一人目でしょ?ヒスイは最後、少しは忍耐力を養ったらどうだい?」
翠霞がにやにやと嫌な笑みを浮かべた。
ここは特別観覧席と言って、地方代表の知り合いが閲覧できる見晴らしのいい席だった。
あのオーアサという男はヒスイと一緒に控え室にいるだろうし、ヒスイは今"Monarch"としてステージに立つ。
"ヒスイ"の知り合いをここに連れてこられないため、俺たちがこうして豪華なソファでふんぞり返っているわけだ。
人間の食い物を摘みながら、少し立って下を眺める。
蠢く人間の数に驚いた。それほどこのコンテストというやつは注目されているらしい。
ステージ横のソファにはウバメの森のアフロが座っている。
「
おや、貴方が緊張なさっているようですね?」
中指で眼鏡を押し上げながら、この男…白波がうっすらと笑みを浮かべる。
翠霞ほど腹黒いヤツではないにしろ、中々喰えないヤツだ。
それに、ミニリュウ時に既に俺の力が叶わない。流石龍族、といったところだ。
まぁ俺だって負けるつもりはねーけどな。
「
ヒスイのイイ姿を拝めンだから、ゾクゾクもするだろ?」
「
そういう発言は真紅の前では控えてくださいよ、紅霞。まだ真紅にははやいですから…」
「
ボク、子供じゃないし」
ぶす、と顔を歪めたチビは白波を見る。
生まれてからそんなに経ってないだろ、と口をあけようかと思ったがやめた。
俺や翠霞も、コイツ、白波からすればガキ同然なんだろう。
龍族の寿命はすごい長いと聞く。
審査員の金髪で、サングラスをかけた男が最初に歌ってた女に対して酷評を始めた。
オーアサがいうにはアイツが一番辛口評価らしい。
確かにヒスイに比べればひどいモンだ、今歌ってたやつは。ガキの学芸会じゃあるまいし。
心なしか頭を垂れた女がステージを去るのを横目に、呆けていた翠霞がストローから口を離した。
「
ねぇ紅霞、ヒスイの生い立ちについて聞いたことがある?」
「
…なんでだよ」
「
気になるんだよね、…ヒスイ、たまに哀しそうな顔をするから」
視線をステージに向けたまま翠霞がまたストローを咥えた。コーラの残量は半分以下になっている。
たしかに、翠霞の言うとおり俺たちはヒスイの過去をほとんどと言っていいくらい知らない。
前に元居た世界に帰りたいか聞いたことがある。まるで、監獄のようだったとアイツは小さく溢した。
家事一般は難なくこなすくせに、どこか世間知らずなところがある。
だけど、そんなこと、
「
関係ねェだろ、俺たちには。ヒスイが帰りたがってないなら、それで問題ない。
まぁ、帰りたがってたとしてンなことさせねーけど。」
「
まぁ縛り付けてでも留めさせるっていうのには賛成だよ。僕だってヒスイを帰したい訳じゃないし…。
でも気には、なるよね。」
深い緑の瞳を俺に向けて「
君の過去だってね」と口の端を上げた。
別に、話せないほどの過去じゃない。ただ、そうしたところで事実は変わらない。
なら誰に話す必要だってないと思うだけで。
下げた視線を元に戻せば、もう既に翠霞の興味は俺ではなくなっていた。
その視線はまっすぐステージに向けられている。
舟を漕ぎ出した真紅を抱えてソファに移した白波がちらり、と俺を見た。
「
ヒスイはまだですか?」
「
次じゃない?この人歌い終わったらね」
中々声量のある女が歌っている。司会がカントー代表、と言っていた気がする。
カントーの審査員は確か辛口な金髪だったはずだ。成る程、辛口なだけあるというわけか。
そういえば、と白波が俺の隣に立って司会の男を見た。
「
彼は確か、ポケモン預かりシステムを開発した方でしたね。
私は人のポケモンになることが初めてなので、どのようなシステムかは把握していませんけれど…」
「
有名人だったのか、あれ」
「
ええ、ヒスイは滅多にポケモンを捕まえようと思わないので、彼女も知らないかもしれませんね」
くすくすと笑う白波の視線の先で、司会がうずうずと動いていた。
どうやら審査員が評価しているらしい。
因みに審査員の評価ではなく、メールや電話で一般人が投票する仕組みの筈だ。
あくまでオマケとしてふんぞりかえっている審査員の会話を遮って、司会がステージの真ん中で歌っていたヤツと握手をした。
「さすが勝ち逃げカントー組やな、ごっつえぇ人間だしてきよる!
ほな最後はこの我らがジョウト代表や!ジョウトの人間やったら彼女が今年は勝つことがわかっとるな!
見せつけたれ、"Monarch"や!!」
司会がステージを降りて片手を上げた瞬間、ステージが暗転した。
ひょい、と何時の間にか起きた真紅がまた柵に座った。
「
ホント、ここまで長すぎ。」
「
まぁまぁ…でも、ようやくお姫様の登場ですね」
「
コーラもうなくなっちゃったし、ね」
翠霞の言葉が雑音にかき消された。
すぐに歓声は止んでゴーリキーが二匹出てくる。赤いライトがそれを暗く照らした。
(あのゴーリキーはヒスイがダンサーに選んだポケモンで)(コガネ百貨店の地下で働いてたヤツらだ)
音楽が流れ始めると同時にヒスイの声がした。なんて言っているのかはわからないが、頭でっかちの翠霞が「英語か、」と呟いたのが耳に入る。
ここの言葉ではないらしい。
<< Are You Ready !? >>
ヒスイが叫ぶと同時に音楽が大きくなる。
アイツのシルエットがマントを広げると同時に無数のズバットがヒスイの背後から飛び立った。
これには会場も流石に困惑して、女の甲高い声が響いたが、それもすぐに歓声となって消えた。
ズバットは宙で旋回したままだ。
ライトがヒスイを照らし出す。その瞬間、ぞわりと身体が疼いた。
「
うっそ、あれヒスイ…?全然、違う」
翠霞の呟きに俺は心の中で同意した。高いヒールのブーツを難なく履きこなし(しょっちゅう落ちているヤツだとは思えないくらいに)、際どい衣装がオペラ仮面と相俟って妖しい雰囲気を醸し出していた。
あのヒスイとは思えないくらいに大人びたアイツはだだっ広いステージを狭いとでも言いたいくらいに踊っている。
半ばため息を吐きたいような複雑な顔をした白波が、苦笑を漏らした。
「
"アタシの首に舌を這わせて…簡単なことだわ、そのままアタシのものになればいい"…ヒスイが教えてくれた訳なのですが」
まるで彼女がヴァンパイアのような衣装ですよね、と笑う。
確かにそのとおりだ、今のアイツはまるで吸血鬼。どちらかといえば、男を誘惑するサキュバスのようにも見える。
その瞬間、ずきり、と胸が痛んだ気がした。…なんでかはわかんねェけど。
腰を揺らしてゴーリキーと密着するアイツに苛立つ。ああ、胸糞悪ィ。
でも会場にいる人間たちはヒスイの作り出す雰囲気と、リズミカルな音楽に身体を揺らし始めていた。
唇をゴーリキーに寄せて、ギリギリになって軽く突き飛ばす。
あれも演出だって信じたいのに、ああ、クソッ!
「
随分余裕がないんじゃない?紅霞クン」
「
ハッ…てめェだって自分の手を見てみろよ」
握った場所から新芽が見えた。翠霞が力を制御できなくなった場合そうなるらしい。
俺は、指先がチリチリと火花が飛んでいる。
とんだ腑抜けだ、とヒスイに視線を戻せば、ズバットの集団がアイツのまわりを回っていた。
会場のリズムを作った音楽がヒスイの動きが止まると同時に切れて、曲が終わる。
静まった会場にヒスイが小さく「ありがとうございました」とオペラ仮面を一瞬外せば、始まる前とは比べ物にならないくらいの歓声が夜空に響いた。
が、ジャッジの金髪ががたりと勢い良く立ち上がって会場はすぐに静まった。
アイツが話すのっていつも最後だったと思うんだが、と思わず身を乗り出す。
ここからじゃ表情が窺えない。
「ぶっ…ブラボー!!グレートすぎデス、アナタ!」
「おぉーっとォ!マチスはんが太鼓判なんて明日は槍でも振るんかいなー!」
「シャラップデス、マサキ!"Monarch"、ミーはジョウトをバカにしてマシタ!
ユー、ミーの国のランゲージで、グレートなパフォーマンス!」
金髪が興奮したようにステージに上がってヒスイの手をとった。クソ、アイツもマッチョかよ!
予想外のことにヒスイが慌てて、ちらりと司会を見る。
マサキと呼ばれたやつは面倒そうに間に入った。
「マチスはんそれはあきまへんわ、セクハラやで?」
「今年こそはうちらジョウトの勝利やろ!マチス!」
ピンクの頭をした女が(確かヒスイがジョウトの審査員だと言っていた)(アカネ、だっけか?)ばしん、と大きな音を立てて机を叩いた。
隣でアフロが両手を挙げて「完敗だぜ、シンオウ」と笑った。
一人だけやたらと優雅に紅茶をすすっている男が居て、コイツは知らないな、と視線を外した。
ヒスイは相変わらず苦笑している。歌っているときとはまったく想像もつかないくらい謙虚で(それが普段のアイツなんだけどな)マイクを降ろしている。
ピンク頭からマイクを奪ったアフロがコメントをして、紅茶男にカメラが向いた。
大画面に映し出された顔は(俺ほどじゃないが)中々綺麗な顔をしている。
「ほな一言、ダイゴはんお願いしますわ」
「そうだね…僕も、応援してるよ」
にこ、と効果音がつくほど綺麗に笑った紅茶男(ダイゴと呼ばれていたな)に、黄色い声が上がった。
どうやら相当有名人らしい。ヒスイも話題にしなかったから、恐らくは知らないんだろうが。
会場に出場者4人が並んで投票結果を待つ。(ヒスイはマントを身体を隠すように巻いていた)(恥ずかしいならすんじゃねーよ!)
司会が番号を言って、一旦CMらしい。
すぐにカメラを持った人間に囲まれたヒスイはなにやら色々質問されているようだった。
光るフラッシュがここから見えるヒスイを隠した。
「
あーあ、ヒスイ、これで有名人だね」
「
それは良い事ではないですか、ヒスイだってそれを望んでいたのでは?」
「
ヒスイが望んでいたのは決して"FAME"ではないよ」
なんだよ、"FAME"って。気取ってんじゃねーよ草坊主が。
口を開こうと思った瞬間にカメラのフラッシュがぴたりと止んで、ヒスイから離れていく。
ああ、CMが終わったのか。ぼんやりとそんなことを考えればヒスイがちらり、とこっちを見た気がした。
…不安そうな顔すんな、今すぐにでも、行ってやりたくなるだろうが。
2009.11.18
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