11 : Refuse





「いっ・・・・・!!!」

「我慢しろ」


ズキズキと痛む手が言葉とは裏腹に優しく触れられる。とはいえ、激痛は誤魔化せず声を上げてしまう。
岩にぶつかったというのはかなり痛いものらしい。

動かしてみろ、と言われてゆっくり動かす。痛いのは皮膚だけで見た目も抉れてひどいものだけれど骨には異常がないようだった。
骨に異常があればこんな痛みじゃないはずだ。尋常じゃない痛み、とはまだこれじゃいえない。


「骨は大丈夫なようだな」

「そうみたいですね…水、ええっと」


おいしい水がたしかあったはずだ。と思って片手でリュックを漁ろうとそれに手を伸ばす。
中々、片手じゃリュックを開けることすら儘ならないでもたついていると横から白い腕が伸びる。
ペットボトルの蓋を開けてそれを刺激にならないように触れるか触れないかのあたりのギリギリのところで水をゆっくりとかける。

それでも、声を上げてしまいそうなくらいには鋭い痛みがはしる。


「ッ…!!!」

「い、痛むか?」


心配そうにその手を止めるシルバーくん。意識を手から逃がそうとそういえば、と別の話題を持ちかけた。


「そ、そういえばなんでシルバーくんはここに?」

「…リーグで負けたから、修行しに来た」


それに、と覗かれるように少しだけ視線が合う。……なんだろう?
でも…そっか、リーグで、負けちゃったんだ。不謹慎かもしれないけれど負けてくれてよかった。
カントーにきてから色々追い詰められっぱなしで彼が恋しいと感じてすらいた。そんなに弱いつもり、なかったのに。
でも心のどこかで求めていた、あたしがこの世界で拠り所にできる関係の人ってすごく少ないしみんなジョウトにいる。

彼だけでも、近くにいるんだって思えるだけでつい頬が緩んでしまう。
口には、しないけど、失礼だしね。


「お前はなんでこんな時間に?」

「ピッピの儀式が…っあ!」


そういえば、レッドさん!そう思って落ちてきたところを見上げる。
でも闇に同化したそれは見えないまま。


「えっと…連れの方がいるんですけれど…。なんでいつも落ちるんだろう」


ため息を吐きながら闇を見ていると小さく、悪い、という声が聞こえた。
え、あそこ崩したのシルバーくんなの!?と振り返るとバツの悪そうな顔をしたシルバーくんが俯いていて。


「ロケット団みたいなヤツらを見かけてバトルを……悪い、」

「…もしかして、ギンガ団、ですか?」


ハナダから近いここにいても不思議ではない。瞬間に強張る身体。はやく、この事をレッドさんに伝えなければ。
立ち上がろうと足に力を入れる。でも上手く立ち上がれないまま尻餅をついた。

腕を掴むシルバーくんが鋭く眼を細めている。


「せめて手当てだけはしろ。じゃなきゃどこにも行かせられない」

「……はい」


シルバーくんが言うことはもっともだった。
こんな腕じゃ何も集中なんてできないだろう、それに、レッドさんなら簡単に蹴散らせてくれる。
あたしにそんな強さはない。集中できないままバトルすればみんなを傷つけてしまうかもしれない。

奥歯を噛み締めて、薬の痛みに耐える。
涙で視界が滲んだけれど気にしている場合ではない。焦ってもいい結果を招かないのは理解してるつもりなのに急いてしまう。


「・・・あいつら、さほど多くはなかった。だから大丈夫だ」

薬を塗り終わったシルバーくんが優しくガーゼと包帯をあてていく。
鎮痛効果のある薬らしく痺れる程度は残るにしろ痛みが弱まっているのを感じた。相当、強いんだろう。
…買物、しないとな。その時に同じような薬を探してみよう。

怪我はしたくないけれど痛みも嫌だし。
そんなことをぼんやりと考えていると急く気持ちが少しだけ和らいでいる気がした。
シルバーくんが全て終わらせて「きついか?」と気をつかう。首を少し振って、浮かんでいた涙を誤魔化した。


「大丈夫です、ありがとうございました」

「…悪いのは俺だから、気にするな。ホラ、」


手を出されて右手を差し出す。繋いだ手に懐かしさを感じる。それほど、経ってないはずなのに。
気がついたらつい洩らしてしまっていた。寂しかったです。腕を引く力が緩んだ。


「っ・・・!」

「ホームシック、かもしれないです。カントーでシルバーくんに会えると思ってなかったから、すごくうれしい」


止まらずに一気にそう言えば彼はそっぽを向いてしまった。
・・・いやだったかな。謝罪するつもりはないけれど、嫌だったなら申し訳ないな、と少しくらいは思う。

橙華があたしを気遣いながらゆっくりと足元を照らすように飛んでいる。


「橙華、ごめんね?」

ヒスイ悪くない。橙華、不注意。橙華悪い…

「ううん、橙華はあたしのこと抱えて飛ぼうとしてくれたじゃんか。ありがとう」


そう笑いかければ少し光が強まった。よくなついてくれてると思う。
ちょっとずつみんな(特に翠霞)と打ち解けてくれればいいんだけどなぁ…いい子なのに。
出会いが悪かったか、うーん・・・と歩きながら考えているとシルバーくんがちいさく苦笑した。


「相変わらずだな。変人扱いされるだろ?」

「う、うるさいですよ……連れも変人だからオアイコなんです。それに、普通の人の前ではヘマしないです!」


シルバーくんのときは油断してたの!と声を少しあげるとニヒルに笑って「どうだか」と一蹴されてしまった。
ホントなのに…たぶん、そんなにヘマしてないはず。

でも意地悪く笑うシルバーくんがかっこよくてつい何も言えないでいると、自然にできた階段のようなものに足をとられる。
慌てたようにシルバーくんの腕が身体を受け止めてくれた。油断してた。


「ほら、ぼさっとするな。」

「あ、ありがとうございます」


危ない危ない、つながれている手ではなく反対の、つまり怪我したほうの手を転んだらこのままついてしまいそうだった。
そしたら折角塗りこんだ薬すら意味を為さなくなるだろう。気をつけないと。

橙華が心配そうに震えたからだいじょうぶ、と小さく声をかけた。


「ここから一気に上までいけるはずだ。歩けるか?」

「怪我をしたのは手ですから、余裕ですよ!」

「また落ちられても困るからな」


鼻で笑われる。そういわれると、ぐうの音も出せないってやつですよ、シルバーくん…。
幾分もやる気を削り取られて気だるげに足を上げる。
自然にできただけあって段差の高さもまちまちだった。慎重に、シルバーくんの懐中電灯と橙華の明かりだけを頼りにのぼっていく。

随分足を動かして他の階層に目もくれずのぼり続けてようやく、空が見えた。
階段はいつの間にか坂のようになっていた。それはそれで疲れるしのぼりにくい。
外のにおいが風に運ばれて鼻をくすぐった。


「あ、ピッピの声がする」

「そうだな…この様子じゃ、あいつらはきてないだろう」


のどかに聞こえるピッピたちの声(鳴き声のほうで、何かを喋っているわけじゃないみたい)は平和そのものだった。
彼らがまだきていないのならば良かった。…そういえば、レッドさん、どうしよう。

前にトキワの森ではぐれたときは出口を目指すか動かない、という選択肢が正しそうに思えた。
前回も今回も動かない、という選択肢を気がついたら選べない状況だったため出口か、同じ目的であるピッピのところで待っているべきかもしれない。

そのほうが彼らの目的かもしれないピッピたちを守ることもできる。


「ギンガ団、っていったか。」

「はい。たぶん…シンオウ地方の、そういう、ひとたちなんだと思います。」


外にようやく出ることができた。高いところに出たみたいで、少ししたのほうでピッピたちが月の光を浴びながらくるくると楽しそうに踊っていた。
反対側に小さく見える、水色のおかっぱ頭。やっぱり、"ギンガ団"だ・・・!

「シルバーくん、」

「わかってる。カイリューを出せ、相乗りで向こうまで行く」


片手では空を飛んでは恐らく難しい。下手をして落ちたくないから彼の言うとおり白波のボールを投げた。
白波があたしの手を見てぎょっとしたけれどすぐに事態を把握して身体を屈ませる。

先に跨ったあたしを後ろから腰を抱いて支える。
回された腕が少し、苦しい。背中にシルバーくんが密着してあったかいのはいいんだけれど、耳に息がかかってすごくくすぐったい…!
そんなこと言えずに切るような風の冷たさに意識を集中させて大きくなっていく水色を睨みつけた。


「ギンガ団!好き勝手は、させませんよ!!」

「あ、あのときの…!ってさっきの小僧までいるじゃねーか!」


出された猫っぽいポケモンが白波に襲い掛かる。


「電磁波!」


動きを封じてドラゴンクローで瀕死にする。ごめんね、ギンガ団のこの人がはやくポケモンセンターなり薬なり使ってくれればいいのだけれど。
さすがにシルバーくんにボコボコにされたらしい彼がギリ、と歯を噛み締めてボールに猫を戻す。
これ以上は戦うつもりはないらしい。もう、手持ちのポケモンがいないのかもしれなかった。

背を向けて逃げていくギンガ団の彼を見ながらシルバーくんはボールを上に投げては掴んでを繰り返していた。
じっと白波を見ている。


「相変わらずの強さだな」

「…白波は、強いですね」


そう言うと同時に声をかけられた。ピッピたちが気づかないくらいには絞られていたけれど少し大きい声だった。
そんな大きい声も出せるんですね、と再会した彼に振り向いた。


「良かった、気がついたらいなかったから」

「あはは…お手数おかけします」

「だれ、」


レッドさんが、あたしの横のシルバーくんに目を移した。
ああ、紹介しないと。ハナダに向かうならシルバーくんと一緒にいけないかな?

「レッドさん、彼は、」そう、口を開いたはずだった。

横切る、炎。交わる電撃。
どういう、こと?


「おまえっ……なんでここに…!!」

「誰か知らないけど、バトルするなら」


「手加減しない」とレッドさんの瞳が細められた。
なんでシルバーくん、と振り向くと強い力で腕を掴まれた。痛い、こんなに乱暴に、なんで。


「なんで・・・アイツと、レッドなんかと居るんだよ!!」

「え…?」

「所詮お前もそういうやつだってことだろ……!」


意味がわからず、掴まれた腕の痛みだけがクリアに脳に伝わっていた。
どうしてこんなに怒ってるの、どうして、そんなにつらそうな顔をするの?

なんていえばいいかなんてわからなかった。いつもの意地悪で、でも優しい眼であたしを見て欲しくて、小さく彼の名前を呼んだ。
そんな願いすらハイライトを失った彼の瞳には映らなかった。


「気安く呼ぶな。そんな汚い手で、触るな」


身体を強く押されて、レッドさんに受け止められたのを背中で感じた。
ただひたすらにその言葉の別の意味を探して、頭の中の回路が壊れてしまいそうだった。

それでも何か繋ぎたくて足を踏み出そうとした頃には、あたしはレッドさんに無理矢理空に連れて行かれていた。
白波がついてくるように少し下を飛行する。


「逃げんな!俺と勝負しろ!!」

「いつかバトルする。今は、ヒスイが変だから」


そっちのほうが大事。レッドさんの言葉が夜空に溶けてもあたしはまだ小さくなっていくシルバーくんに手を伸ばしていた。
シルバーくん、シルバーくん!何度叫んでも、どれだけ腕を伸ばしても、どれほどこの瞳に一心に映しても。
彼があたしを見ることはなかった。



2012.05.05





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