15 : 2NDGYM





「え、ちょ…レッド!?アンタ、今までどこに行ってたのよ!」

「シロガネ山」


驚いたカスミさんに淡白な返答をする相変わらずのレッドさん。いや、そんな人だって一緒に旅するようになってから理解してるとはいえあんまりな返答なんじゃ…と彼を見れば、偶然にも目があった。
…いや、正直なところ偶然ではないのかもしれない。あのカフェに誘われる前からどこかレッドさんの視線を感じる。
何か、不味いことでもしたのだろうか…あたし。

とはいえ聞くに聞けず(多分答えてもらえないだろう)だらだらとこのジムにきてしまったものの、彼の視線がものすごく痛い。
言いたいこと、言ったほうが人生楽ですよ……今ならどんなことにも傷つかないというか、これ以上傷つきようがないとすら思っているくらいだ、そのほうがスッキリする。

しかし相変わらず沈黙の一点張りのレッドさんに淡白な返答をされていたカスミさんがじ、とあたしを見る。
レッドさんから視線を移す彼女はあまり豊満ではないものの綺麗な線を描いたからだを惜しげもなく出している。そうつまり水着だ。

・・・ま、まぶしい。


「レッド、アンタの彼女?」

「……ちがうけど」

「なによ、その間」


ふふと彼女が口角をあげた。別に嫌悪の対象にはなっていないようで(レッドさんが歩くと特に若い女性は振り返るくらいだし)それなら女だということがバレていても問題ない。
ジムの受付ではトレーナーカードを専用のカードリーダーに読みかませてから挑戦するのが決まりで(カードに性別は記載されている)、それを審判の人が基本的には見る。

ほとんどのジムリーダーは見ないけれどジムリーダーはそのカードの情報を閲覧する権利がある。
つまり、どんな恰好をしていたとしても女だということは見れば一発でバレてしまうのだ。

因みにあたしのカードにはジョウトで手に入れたバッジ(実際には身に着けているけど情報としても書き加えられる)の種類と、カントーで新たに手に入れたバッジの情報が入力されている。
その強さに見合ったポケモンを、相手は使うというわけだ。


「ねえ、あなたリーグにはいったの?」

「いっ…いえ……リーグよりもカントーに用事があったもので…」


いきなり話しかけられてつい声が裏返ってしまったけれどカスミさんはさほど気にしていないようでふーん、とあたしの反応を見ている。
でも、と続ける。


「コイツがあなたみたいな可愛い子と旅するなんてちょっとビックリしちゃった。グリーンとかなら、わかるんだけど…」

「ヒスイも強い」


すかさず、レッドさんが反論する。何故それほど推されているのかわからないけれどとにかくハードルを上げないでください!と小声で彼の服を引っ張ったけれどやっぱり彼に内蔵されているアンテナは都合の悪いことには電波が圏外になるらしい。
当然ながら、きこえてはいない。


「へえー意外。じゃあ久しぶりに楽しめる、ってことかしらね!」

「が、がんばります…」


彼には後で覚えてろと言いたいところだがその"後"になったところで何ができるわけでもなさそうなのでぐっと我慢する。
ただ、ここのジムは(ニビでもそうだったけれど)変に凝ってなくてとても楽だ。
ツクシくんのところやマツバさんのところを思い出すとあれはバトル前から相手の精神をすり減らそうとするジムリーダー特権の罠なのではないのだろうかと疑ってしまうほどには疲れる。

大きなプールの向こう側に、カスミさんが仁王立ちした。意地悪ではない、それでも好戦的な笑みを浮かべている。


「何出すの?」

「無難に橙華…あの、電気タイプの子です。あの子と、メガニウムの翠霞かなぁと」

「…メガニウム、ね。バトルフィールド見て」


彼に指差されたのはバトルフィールド、と呼ばれるものではない。
巨大なプールだ。


「メガニウムは身体の重さで泳ぎが得意じゃない」

「あっ…!」


彼の言ったことに驚きのあまり声を上げた。そうだ、バトルフィールド全体がプールなのだ。
相手は水ポケモン。いくら翠霞が相性がいいとはいえ足場の少ないプールサイドで身動きが制限された中戦うのは無謀。
かといってプールの中で戦わせられるほど翠霞は泳げるわけではない。せいぜい、普通に泳ぐのが精一杯といったところ。

だとすると泳ぎの得意なギャラドスさんに任せようか…だけど、水タイプ同士の競り合いで(私が)不慣れな彼に全てを任せるのもしのびない。
ニビジムのこともあって尚のこと慎重になってしまう。

とりあえず、橙華はプールの上を飛べる。それなら、何も問題はない…はず。
水の中に引きずり込まれたとしても橙華に呼吸の概念はないと思う。(そもそもゴーストタイプなら生きてはいないと思うし)

ポケギアを掲げればカスミさんが驚いたようにそれを凝視する。当たり前だよね、ポケギアがボール代わりだなんて誰も思いつかない、か。


「お願い、橙華。」

任せて、橙華行く


ぴゅーっと橙華が飛んでいって、じっとカスミさんと対峙した。暫く思案していたカスミさんが出したのはラプラス。
レッドさんも所持しているポケモンで背に乗せてもらったあのポケモンは…と思い返す。
水面を移動していたとき、合わせてくれたのかもしれないけれどそれほどスピードは出ていなかったように感じた。

スピードは、それほどはやくないって考えてもよさそうだ。

だけど翠霞に似た感じの体つきは耐久力がありそうで、迂闊には攻め込めない。
どうしようか…と顎に手を当てる。


「ラプラス、うたうのよ!」


うたう…その攻撃は、受けさせない。


「橙華、騒いで!!」

あたしが耳を塞ぎながら叫べば橙華が騒ぎ出す。前よりも覚悟できていたからか頭が痛くなるほど、ではない。
とはいえうるさいのには変わらない。橙華に指示が通ることを祈りつつ「光の壁!」と叫んだ。
どうやら指示はきちんと聞こえたらしく透明できらきらと光る壁を張る橙華を確認してから、ようやく耳が慣れてきたらしいカスミさんが顔を上げた。あたしと同じように耳をふさいでいる。


「ラプラス…のしかかりで、黙らせて!」


カスミさんの声はあたしには聞こえない。ラプラスが水の中に潜って勢いよく水上に飛び上がった。
どこに力を隠していたのかわからないくらい宙に浮いたラプラスがそのまま橙華に飛び掛る。

ラプラスがプールに落ち、そして波のような水しぶきが上がった。


「橙華!!」

橙華呼ばれた?橙華聞く


騒ぎながら宙で橙華が振り返った。正直、水の中を慌てて見ていたけれど…よく考えれば橙華はゴーストタイプ。
恐らくそのことに気づけなかったか(或いはこのけたたましい音に冷静さを欠いたのか)カスミさんは苦虫を噛み潰したような表情で橙華を睨んでいる。

宙には水しぶきが舞う。


「電磁波!続けて、10まんボルト!」

「ああんもう!冷凍ビームっ!!」


光の壁を張った橙華への冷凍ビームと、水の中にいるラプラスへの10まんボルト。どちらが強力かは明白だった。
眩しいほどの電気がプールを伝い眼を細める。暫くして開ければ水面にラプラスが浮かんでいるのが見えた。

まずは一戦。勝利を確信した橙華があたしの腕の中に戻ってくる。
軽く撫でてポケギアに橙華を戻す。まだ戦えそうではあったけれど無理は禁物。今回はカスミさんがロトムというポケモンのことを良く知らないから勝てたのだ。
翠霞のボールを触って、それから、指を離した。翠霞に任せたい気もするけれど、やっぱりレッドさんの言うことが引っかかる。
かといって白波に任せられるほどこのジムは広くはない。紅霞に任せるつもりはないけれど彼にも手狭だ。

やっぱりギャラドスさんに、と彼のボールに手を伸ばしかけたときに勢いよくボールが開いた。ギャラドスさんじゃない、真紅だ。


ボクが行く。

「でも真紅、足場すごく少ないし…水の中に引き込まれたら」

足場ならあるでしょ


ホラ、と指差すのはプールにところどころ浮かんでいる…浮き輪だったりコースロープだったりがある。
普段挑戦者がきていないときにポケモンとのんびり遊んでいるのか、ビーチボールなんかも浮いたままだ。

でも、あんな不安定なところ足場とは言えない。翠霞はもちろん、身軽な真紅でも難しいんじゃないだろうか。
無理してでも橙華や白波、ギャラドスさんに頼めば…と口を開きかけたところを止められる。手首を痛みのない程度で握られて赤い瞳がじっとあたしを見つめる。


強く、なるんでしょ?ボクはヒスイを信頼してるんだからちゃんと応えてよ

「そんな簡単に、強くなれないよ…」

…アンタは強いよ、ボクが認めてるんだから


ふわふわの手が離れる。あたしに背を向けプールサイドに仁王立ちする真紅に声をかけることなんかできなかった。
強くなるって言ったのはあたし。みんな、強力してくれてる。頑張らなきゃ、やらないと。

そう奮い立たせて顔を上げた。もう、彼女はボールからスターミーを出して待機している。
水とエスパータイプ、だったはず。図鑑で確認しながら真紅の背を見る。弱点を突くとすればあくのはどう。
問題はその隙を作れるか、だ。


「スターミー、みずのはどう!」

「はっ…波導?」


まさかのハドウに驚いた。でも真紅は驚くどころか口角をあげている。


へえ…波導使いのボクに敵うと思ってるんだ?


本当の波の使い方、教えてあげるよ。みずのはどうが迫る中咄嗟に出たのはあくのはどうだった。
でも真紅は落ち着いた素振りで宙に飛ぶと闇のカーテンを作り出す。そのまま水ごとスターミーを飲み込む。


「ああっ…スターミー、じこさいせい!」

追い討ちかけるよ、ヒスイ

「…うん」


真紅のいうことは尤もなのだ。スターミーにじこさいせいさせてしまえば面倒だ。
とはいえこのまま押してしまえばスターミーは、なんて頭のどこか隅のほうで考えてしまう。

指示をなかなか口にできないまま、唇を噛んだ。なんてあたしは愚かなのだろうか、と。


「大丈夫」

「っ・・・へ?」


いつの間にか後ろに居たレッドさんがもう一度、大丈夫と口にした。その言葉の真意はわからないけれど、でもとても安心する音だった。
彼はカスミさんを、そしてカスミさんのスターミーを知っている。だから、彼が言うと大丈夫だと感じることができて。

そう思ってから頭で考えるより先に口が動いていた。喉を震わせ、叫ぶ。


「させないで、もう一度あくのはどう!」


黒い弾が執拗にスターミーに襲い掛かる。コースロープに器用に着地した真紅がこちらを向く。
彼の背後でスターミーが崩れ落ちた。



2012.06.07





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