◎01 : 微風揺らぐ
「詮索は後にしてください」
子安ヴォイスが聞こえる。
やばい、急がなくっちゃ・・・・!
「ウィンドカッター!」
あたしが叫ぶのがはやかったみたいで、ジェイドは詠唱を中断した。
かなりびっくりしたようで、目を丸くしているのはきっと後にも先にも見られない光景だろう。
なーんて、そんな余裕はなくって。
「貴方は人間ですね?何故私を攻撃なさるんですか?」
「あー…えっと、ライガクイーンは知り合いなんだ。」
ちょっと声を低めに、困ったように答えた。
ここからが本番なんだから。
あたしは服の中に隠れている音叉をぎゅっと握って、フードを深く被り直した。
「あたし、強いよ?アンタたちがどう足掻いても勝てないと思うけど。」
「それはやってみなくてはわかりませんねぇ」
相変わらずのこの余裕っぷり。
でも大丈夫、今日はまだ調子がいい。
「じゃ、アリエッタママは座ってて。」
にこっと笑いかける。
あたしはアリエッタママには何度か会っているし、こういうのは匂いでわかるんだと思う。
あたしがこの森に入ってきたことくらいは知ってるだろうし。
「じゃ…いくよ?」
あたしは手を掲げる。詠唱に入る。
"止められれば"怖いものはない。
コンタミネーションだろう槍を具現化させて迫ってくるのがわかる。
…けど、もう遅いよ。
「時よ…。」
ピタリ、と全ての時間が止まった。
この時空の狭間で生きているのはあたしだけ。
あたしは数少ないサービスタイムを有効に活用するため、地を蹴って木の上にのぼった。
詠唱を小さく唱える。
「進むでも戻るでも止まるでもなく…歪む」
時が進み始めた。目の前にいたはずのあたしがいないことに彼らが気づいて立ち止まった。
詠唱は終わった、今だ!
「ディストーション!」
時空の歪みが彼らを飲み込むと同時にあたしは木の上から落ちる。
それをライガクイーン…いや、アリエッタママが受け止めてくれる。
咳があたしから酸素を奪い始めて、慌てて胸をおさえた。
少し楽になったところで、彼らを見る。ジェイド・カーティスを中心にしたため彼はぐったりと横になっていた。
ティアとルークはなんとか立っているのが精一杯の状況で、とても戦えたもんじゃない。
あたしは呼吸を整えてアリエッタママに話しかけた。
「アリエッタママ、お願いがあります。
ここ数週間かけてあたしは北の森を再生させていました。まだ、少し緑にならないとこもあるけど。
お願いです、ここから離れて。アリエッタもあたしもそれを望んでいます。」
『我が仔が、人を喰らうからか。』
「勿論、それもあります。だけど、それを恐れた人間が貴方を始末しにくることの方があたしは怖い」
『・・・。しかし、今移動すると危険だ。』
卵が、割れるかもしれない。
そう思ってあたしは被っていたフードをとって卵を包み、ライガクイーンの背に巻きつけた。
このフードには特殊な譜術がかかっている。
「あたしの譜術でなんとか、衝撃に耐えられるようにしました。だから、お願い。」
暫く沈黙した後、アリエッタママは立ち上がって一吠えした。
その声でライガが集まる。
『アリエッタと、会いにこい。』
そう言ってアリエッタママは森を出て行った。音叉が風のせいか、鈍く小さく鳴った。
ふと、後ろから声がした。
「やはり、ヒスイでしたか。」
「イオン、お久しぶり。それよりこの人を起こさなくちゃ。」
あたしはへばっている死霊使いに譜術を注ぎ込む。
暫くしてぴくりとも動かなかったジェイドは、いきなり飛び起きてあたしの首筋に槍の先をあてた。
「…さぁ、説明していただきましょうか。」
「負けたからってそうツンケンするなよ、死霊使いの名が泣くよ。」
あたしはその刃を手のひらでぎゅっと握る。そうして押し返すと、槍が消えた。
手の平が切れたけれど、こんなのは後でいくらでも治せる。
「ジェイド、彼女は僕の知り合いです。警戒しないでください。
手を出したら、ダアト式譜術で貴方を消しますよ?」
・・・・・。
そうだ、イオンはこんなキャラだ。被験者より可愛くない(むしろ黒い)んだった。
ジェイドはあたしから離れると、イオンのほうへと歩き出した。
「どうぞー。ヒールウィンド」
ルークとティアに回復魔法をかけてからあたしも立ち上がる。
ジェイドに近づいて、あたしは右手を差し出した。
「あたしは導師ヒスイです。ただいま脱走中で導師守護役がいないので、保護してくれませんか?」
「貴方が"聖夜の導師"ですか。噂には聞いておりましたが、少々手荒なやり方のようですね。」
「話したところで死霊使い殿が聞いてくださるとは思っていませんでしたし。」
にっこりと、嫌味なくらい笑うと、ジェイドも爽やか過ぎる笑顔で返す。
この男、やっぱり好きになれそうにない。
「まぁご存知だと思いますが、私はマルクト帝国軍第三師団所属、ジェイド・カーティス大佐です。
タルタロスで貴方の身柄を保護させていただきますが、あまり暴れないでくださいね。」
そう言ってジェイドは右手を差し出してくる…と思ったが、その予想は外れた。
変わりに綺麗な、まだ使っていないかのようなハンカチをあたしの手に押し付けた。
「女性がつけなくてもいい傷を好んでつけないでください。」
「あ…。」
そうだ、あたしさっきジェイドの槍の刃を握ったんだっけ?
そう思って右手を見ると、確かに生々しい傷がそこにはあった。
ハンカチは赤く染まっていく。
「すみません、弁償します…。」
「いえ、よろしいですよ。それよりもはやく治療なさってください。」
相変わらずニコニコしているこの男は、もしかしたら優しいのかもしれない。
あたしの譜術はすべて大きく、体力の消耗が激しいため使いたくはない。
この程度なんとかなるだろうとハンカチをぎゅっと握って痛む感覚を誤魔化した。
特別何事もなく、ゲーム通りの展開に事は運んだ。
チーグルの長からミュウを預かり、あたしはその間に薬を飲む。
さっきのディストーションがまだあたしに巻きついて離れない。
譜術の反動は、思ったより大きいみたいだ。
「そういえば、まだ私の紹介をしていませんでしたね。」
ティアはあたしを見て改めて頭を下げた。
「私はローレライ教団神託の盾騎士団第一情報部隊所属、ティア・グランツ響長です。
彼はルーク、私とは違い民間人ですが。」
「そっか、ルークさんもティアさんも怪我させてごめんなさい」
「お前、イオンと違って色々つえー技ぶっぱなせるんだな。」
ルークは同じ導師という立場の人間として、あたしにそう言った。
あ、一応さん付けしてるのはあたしの立場が導師である、その礼儀としてです。
「こう見えてヒスイも体力はあまりないんですよ。僕より歩くのは苦手ですし…。」
教会の中で迷子になってそのまま寝ちゃうこともしばしばありましたし。とイオンが付け足す。
ちょっ、ちょっと…それは言わないで欲しかったなぁ…。
「ま、まぁ…こんな身体だから。あの教会は大きいし広すぎて方向音痴のあたしには合わないの。」
「これで18歳というんですから、驚きですよね。」
ぴたり、と空気が固まって、時が止まった。
待て、あたしは止めてないぞ!?
「え…私より年上なの…?」
「みっ…みえねぇ…」
そりゃあ元々童顔でチビだったのに音素変換でまさかの幼稚化現象が起きましたから。
このことばかりは、あたしはマクスウェルを許さなかった。というよりは許してない。
…だが、意外にも一番驚いたのはジェイド・カーティスその人だった。
「じゅ…18歳、ですか…。」
そう言ってあたしと目線を合わせるためにかがんだ。
186センチもある彼からしたら140センチのあたしはかなりのチビらしく、かがまないと視線が合わせられないらしい。
「…どう見ても11か12くらいですね。」
「よ、余計なお世話ですっ…!」
つい癖で頬を膨らますと、何故か頭を撫でられてしまった。
まさか…娘だと思われてるのか…?
先程からくらくらする頭にさらに頭痛が加わり始めた頃、やっと入り口にたどり着いた。
かしゃんかしゃんという音がして、前を見た…つもりだったが、どうやら最後に見えたのは兵士ではなく風に揺れる木の葉だった。
「ヒスイ様!?」
「おい、ヒスイ!」
「ヒスイ!?しっかりしてくださいっ」
ティアとルークとイオンの声が聞こえた。どうやらあたしは倒れているようだった。
意識が朦朧とする中、アニスの声が聞こえた。
「ヒスイ様がなんでここに〜!?」
「アニス、彼らを連行しなさい!彼女のことは私に任せて!」
ふわり、と香水のいい匂いがして、あたしは睡魔に身を委ねた。
やっぱりでかい譜術とタイムストップは控えなくちゃな…。
ジェイドがあたしを抱いてタルタロスに乗る頃には、あたしには完全に意識というものが存在していなかった。
07.12.28 01 --- あの子に笑ってほしかったんだ。
←|
→