◎-1 : 死刑宣告
あたしが目覚めたのは、それからほどなくしてからの出来事だった。
いや、実際にどれくらい時間が経ったかは定かではない。
ただ目の前にいるご老人が意外とはやく目覚めたと言っていたからだ。
さて、話を戻そう。
「で、ここは何処でしょう?隣にいた人は無事でしょうか?」
「ここは異次元空間、ぬし共々あの少年も死んだよ。」
淡々と言われ、今更ながら彼だけは助けて欲しかったと嘆く。
いや、そんな他人任せな考えがそもそも間違っていたのかもしれない。
なにはともあれ死んでしまったのだから、これから行くべき所となると。
「ではあたしはこれから輪廻をまわるのでしょうか。それとも魂を破壊されるのでしょうか。」
「そう悲観的になるでない。ぬしを殺したのはわしなのじゃから、自虐的になるな。」
その言葉に、はっ…と顔を上げた。
あたしを殺したのは、このご老人…?あのトラックの運転手、という意味ではないのだと思うけれど。
「…ならばせめて冬樹だけでも、助けてあげてください。」
「それはできぬ。ぬしを殺すつもりが巻き添えになったのは事実じゃが、丁度良い餌じゃ。」
「え、餌…!?」
その一言で、あたしの仮面は崩れた。
こんの爺、黙っていれば…!
「アンタっ…いい加減にしてよ!人をなんだと思ってるワケ!?
人が黙ってりゃいい気になりやがって、これだから最近のクソジジイはうざいったらありゃしな…」
「ほほう、ぬしの本当の顔なワケ…じゃな?」
ビクッ、と身体が震えた。
このジジイ、試してやがった…!?
気づけば気づくだけ顔が赤くなる。数年かけて築いた仮面がいとも簡単に崩れた。
これがあたしなのだという再確認。
「ぬしの望み、叶えてやっても良い。」
「…取引、ってこと?その言い方。」
「そうじゃ。」
老人は長くゆらゆらと動く髭を撫でると今まで閉じていた瞳を開けた。
その色は黒とも灰色とも緑ともつかない、神秘的な色をしていて…人間ではないと瞬時に察した。
あたしは老人の言葉を待つ。
「ぬしには、ある世界の未来を変えてほしいのじゃ。そのための努力はわしは怠らぬ。」
「ある世界…?」
「オールドラント、それが其の世界の名じゃ。」
世界が、止まった。
オールドラント…其の言葉はあたしは聞きなれていた。
あたしが毎日向かい合っている画面、それがその世界なのだから。
しかし、あれはゲームという遊戯の中の世界なわけで・・・。
「少し、頼まれての。ぬしも知っておるじゃろう、ローレライと申す者じゃ。
わしらにこの世界を変えろと頼んできおった。」
「貴方の名を、お伺いしてもよろしいですか?」
暫し、沈黙。
老人はクックッと声を殺して笑ったかと思えば、真っ直ぐにあたしを見る。
「元素を司りし高位晶霊マクスウェルじゃ。エターニアの世界もぬしは知っておろう?」
「まくす、うぇる・・・・?そ、んな、じゃあホントに!?」
「そうじゃ」と一言頷いた老人の言葉は耳には入らない。
俗に言うトリップとか、あんな感じなのだろうか。
マンホールから落下するとかよりはまだましだろうけど、トラックにはねられてトリップとか…マヌケもいいとこだ。
しかもトリップした先でこんな目にあうのもあたしぐらいだろうか。
「…わかりました。じゃあ引き受けたら…彼を還してください。」
「よかろう。
こちらとて無碍に頼っておるわけではないのじゃ。ぬしのためにできる努力は慎まぬ。」
こうして契約が成立し、一旦冬樹は元の世界へと還された。
「まず、ぬしの身体を分子というものから音素へと変換しなくてはならぬ。持ち物もじゃ。
でなければ向こうでの怪我が治らぬからな。」
マクスウェルがそういうと、あたしと荷物は光りだした。
そういえばトラックに轢かれたのに傷ひとつないのは、この人のおかげかもしれない。
ほんの少しだけだが、感謝しておこう。
とん、と宙に浮いていた身体が地についた。
なんとなく先程より首がつらいような…?
「分子は音素より小さいようでの、音素に変換する際にぬしの身体も縮まったのじゃろうて。
大丈夫じゃ、幾分か若返っただけ・・・」
「うぎゃああああ!なんてことを!」
最悪だ!と言わんばかりであたしは鏡を取り出した。
そこに映るのは…幼い顔のあたし…。
元々童顔なのがコンプレックスだったのに、身長が低くていつもからかわれていたのに…。
担任からは「体験入学生がいる」なんて罵られていたのに…!
「あんまりだ…」
「そう気にやむでない。元々オールドラントの月の日数も違うて。
そのくらいが丁度良いのじゃよ。」
「ま、仕方ないか…。」
いつまでも嘆いていても仕方ない。
気を取り直してまたマクスウェルに向き直った。
「次に戦う術を持たねばならぬ。しかし、ぬしの身体はあまり丈夫でないじゃろう?
譜術ならば使えるじゃろうが、肉弾戦には向いておらぬ。
どうしても困ったときはわしらを喚ぶのじゃ。すべての大晶霊はぬしのここにおる。」
そういってあたしの胸を指差す。
すべての、大晶霊…。
「それから、古代イスパニア語、フォニック言語は理解できるようにしておる。
…そして、高等譜術、ダアト式譜術、ユリア式譜術、これらも扱える。」
「なにそれ…最強設定ですか?」
「まぁそう言えばそうかもしれぬが、ぬしは悪魔を抱えておることを忘れるな。
薬がなくなったらわしを換べ。いつでも同じものを用意するぞ。」
ふぉっふぉっ、と笑う老人はどこにも威厳がなくなって、なんとなく親近感がわいた。
しかしこの小さくなった身体にいろんな特典がついてるとは思えない。
魔法の使い方だってあんまりわかんないし。いや、魔法でなく譜術か。
手をグーパーグーパーと開いたり閉じたりして確かめていると、最後に、と老人が口を開いた。
途端に足元の地面(元々闇だったけど)がなくなり浮遊感を覚えて落ちていく。
「預言にぬしの出現のことを書き足しておいた。処遇は心配せずとも良い。
良いか、未来をぬしの善と思う方向に変えるのじゃ。ローレライはそれを望んでおる。」
すまぬ、と小さく聞こえた気がして、改めてあたしは目を開けた。
結構な風圧が顔にかかって、やっぱり無理だと瞳を閉じる。
そうして意識を失ったことを後々あたしは後悔するはめになるわけで。
07.12.22 プロローグ -- いつだってあたしは独りでいた。
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