◎28 : あの空に花束を
まるで闇の中で泳いでるかのような、そんな気分だった。
あたしは・・・・だれだっけ?
ここは、どこだろう・・・
漂うように、ふらふらと、浮いている。
自分にそのつもりはないけれど、沈むことも、これ以上浮き上がることもできそうにない。
もしくはその仕方を、忘れたのだろうか?
「何か・・・光った」
身体が勝手に光の方へと進んでいく。
そこに浮き上がっているのは、大切な、何か。
「ペンダント・・・?」
それに触れると、まるで注ぎ込まれるかのようにいろんな光景が脳裏に映る。
「いやッ・・・・やめて、思い出したくない!!いやだッ!!!」
叫んでも映像は止まらない。
まるで高速の映画のスクリーンのように、でも繊細に、それは映る。
輝く緑は、大切なあたしの
「シン、ク・・・・?あたしは、消えた、の・・・?」
ここにあるのはまぎれもなく彼がくれたもの。
なら世界は変わり、あたしの物語は幕を閉じただけ。
上も下もわからないかのような世界が、あたしを優しく揺らす。
きっと地獄でも、天国でも、音符帯でもない。次元の狭間。
「これで、良かったんだ。そうだよね、ローレライ」
こぼれた涙がどこまでも下に落ちていった。
「僕の小屋の場所を聞きたい?そんな処に行ってどうするつもりか、ちゃんと説明しろ、レプリカ」
「ボクをレプリカと呼ぶな、殺すよ?」
「へぇ面白い、かかってきなよ」
メラメラと闘志を燃やし始めた2人の頭にラクトが拳骨をいれる。
最近彼はめっきりシンクの保護者となっていた。
「シンク、喧嘩をしにきたのではないでしょう?
イオン様、是非教えてくださいませんか?ヒスイの・・・最初に見た風景を、知りたいんです」
一応私たちも数日探したんですけれどね。苦笑するラクトにクロはため息を吐いた。
彼、被験者イオンが住んでいるのはチーグルの森から北に行った森だった。
以前とあるチーグルが森を燃やしてしまった際ヒスイの手で少しずつ回復していた森。
ライガクイーン、通称アリエッタママ率いるライガはこの森で暮らしている。
アリエッタの要望で被験者イオンはここに住むことになった。
クロというのは彼の呼び名だ。
「そんなことでわざわざこんな遠くまできたの?教団も随分ヒマなんだね」
「いえ、今無断欠勤中なんですよー」
へらへらと笑うラクトに流石のクロも言葉を無くした。
無断欠勤の重大さをわかっているのだろうか、そうつっこみたくなったが、そっと彼はシンクを見る。
たくさん、傷ついたんだろう。アリエッタを一度喪いかけた自分にはわかる。
大切な人と別れる辛さや悲しみが。
「・・・ちょっと待ってて」
がたり、とクロが立ち上がると奥の部屋に入る。
アリエッタがお茶を危なっかしい手つきで2人の元に運んできた。
「ヒスイのあの手紙のときから、もう3年も経った。ヒスイ、まだアリエッタ見てないの」
拙かった言葉も、今のアリエッタにはみられなかった。
それだけたくさんの歳月を感じる。
もう、は戻ってこないのだろうか、そんな不安がシンクの心に渦巻いた。
でもね、とアリエッタが続ける。
「信じていたいの。アリエッタ、ヒスイは嘘吐かないって知ってるから。だから、ずっと待ってる。
ねぇシンク、ヒスイに会ったら、連絡してね?」
「・・・アンタは、強いね」
緑の瞳が、アリエッタを見据えた。
ううん、と首を横に彼女は振る。
「アリエッタはすごく弱かった。でもね、ヒスイを見てて思ったの。
あぁ、アリエッタも強くならなくちゃって。頑張るって約束したから」
ふふ、と笑う彼女は以前よりもずっと成長していて。
でも、ヒスイは強くなかった。弱さをひた隠しにしていただけなんだ。
隠さなくちゃいけないくらい弱い彼女にボクらは、すべてを押し付けた。
彼女が知っていて自分たちが未来を知らなかったから、だなんて言い訳はしたくなかった。
奥からクロが戻ると一枚の紙を差し出した。
「これ、ダアト近辺の地図だけど、ここを見ながら山を登れば多分行けると思う。
後さ、あんまり無断欠勤しないでよ。あの甘ったれレプリカの苦労が増えるし」
「えぇ、わかっています・・・でも有能な部下がたくさんいますしね」
ラクトがへらへらと礼を言いながらそれを受け取った。
ああそうだ、と思い出したように一冊の本を指差す。
「あの甘ったれレプリカが書いた本、あれ売れてるの?」
「あぁ、売れてるも何も、ほとんどの人が買っているのではないですか?」
指差された本はまさに今読まんとしていたように開かれている。
ラクトは出された暖かなお茶を口に含んでから答える。
それは、現導師イオン・レプリカが書いた本。
この旅で、戦いで知った真実を、伝えるのが僕の役目です。以前彼はそう話していたことがあった。
いまや誰もがその本を一度は読んでいるというくらい有名だ。
そして、彼の書いた本にはひとりの少女が登場する。
聖夜の導師、ヒスイ。
度々の困難を乗り越えるためには欠かせなかった人物。
彼女の存在を、人々が思い出してくれるように。
そして命を賭けて守ったこの世界を、たくさんの人が守ってくれるように。
自分のようなレプリカという存在を認めてくれるように。
色んな思いが詰められた本をシンクは横目で見ていた。
相変わらずレプリカイオンとのわだかまりはあった。でも、ゆっくり、ゆっくりそれは溶け始めて。
今では少しくらいなら会話もできる。
「導師様に会うことがあったら伝えてよ、案外良かったって」
「あれ、読んだんですか?」
「それを開きっぱなしにしてるのはアリエッタ。」
アリエッタが恥ずかしそうに頷く。あまり、読み書きは成長していないようだった。
まるでひとり取り残されたような気がしていたシンクは少しだけその強張っていた顔に笑みを浮かばせる。
暫くの雑談の後、シンクとラクトはダアトに帰って行った。
『ヒスイ』
誰なの?あたしを呼んでいるの?
そう、あたしがヒスイ。あたしは・・・
『遅れてすまなかった。』
「メフィストフェレス・・・!?え、おむかえ・・・って、やつ?」
『縁起の悪いことを言うな』
眉間の皺が深くなった。
彼の背中にあるのは、大きくて白い翼。だけど、何故か片方しかない。
「あの、その翼は・・・?」
『天使が我侭を通すときは、翼を犠牲にしなくてはならない。悪魔ならばできたことも制限されている。
だが、これでようやく、お前を救うことができる』
綺麗な白い手があたしの肩を抱いた。
暫く、彼の腕の心地に浸っていたら、いきなり離される。
『マクスウェル殿から伝えるよう頼まれた言伝がある。
"あの少年なら無事だ"だ、そうだ』
あの少年とは、きっと冬樹のことだろう。
良かった、これで少しは頑張ったかいもあったよね。
・・・ううん、そうだ、あたし、みんなのこと救えたんだ。
犠牲もいっぱいあったけど、でも、きっと少しは物語を変えられた。
ゲームという預言からの支配を、変えられた・・・よね?
『ありがとう、ヒスイ。これでようやくお前に恩を返せる。
ただし一度だけだ、お前は、どちらに帰りたい?』
どちらに、そんなこと、決まっている。
『だが、悪魔の契約は終了した。向こうでは誰もお前のことを憶えていないだろう。
その覚悟はあるのか?』
メフィストフェレスの問いはあたしの心を少しだ揺らした。
でも、嫌なんだ。忘れられたからって、逃げるのは。だってあの時シンクは確かに
「あたしを、おぼえていたの」
残留した記憶粒子が結合してあたしの意識が混ざって生まれた、あたしの分身。
たくさん、励ましてもらった。たくさん、言葉をもらった。
待ってるって、みんな言ってくれた。ラクト、シンク・・・。
「あたし、行きたい。言わなくちゃ、いけない言葉があるから」
『・・・誰よりも、強い。我をも救うその強さに、我は・・・私は、惹かれたのだ』
メフィストフェレスが笑った直後、たくさんの羽に囲まれる。
しっかりと身体を飛ばされないようにあたしは彼に捕まった。
『さぁ、お前の望むままに。』
「ねぇ、ホントにこの道で合ってるの?」
「えぇ、ほら、見えてきましたよ。あそこの小屋でしょうか」
薄汚れた小屋が見える。あんなところにアイツは住んでたのか、とシンクがぽつりとこぼした。
そして前を歩くラクトの手にある花束を見て眉間に皺を寄せた。
「なんで花束なんか買ったのさ。弔いなんて言ったら殺すよ?」
「すぐに殺すとか言ったらヒスイに嫌われますよ?」
う、とシンクが詰まったのを見て、ラクトはしてやったりという悪戯な笑みを浮かべる。
「まぁ、決別ですかね、過去の自分との」
「ふーん?」
「ヒスイのことを好きな、そのままの自分もいいかなって思ったんです」
弔いといえば弔いかもしれません、とラクトがへらりと笑えば、いいんじゃない?とシンクが腕を頭の後ろで組んだ。
「前のアンタより、今のアンタのほうがボクは好きだし。」
「・・・シンクッ!」
「うわぁ!?ちょっと、いきなり抱きつかないでよ!」
いきなり抱きついてきた自分より大きなラクトを剥がしてすぐに逃げる。
山頂は、すぐそこだった。近づけば近づくだけぼろぼろの小屋が大きくなる。
「着きましたね」
「こんなとこわかるハズないじゃん・・・」
小屋には入らず、その裏に回りこむ。そこから見えるダアトはまるでミニチュアのように小さかった。
自分たちがいかに高く離れたところにいるのかわかるようだった。
「綺麗ですね、ダアトが、あんなに綺麗だとは思いませんでした」
「・・・そうだね。」
どさり、とシンクはその場に座り込んだ。ラクトも隣に座る。
ダアトを飛び出してからもう結構な日数だ。いい加減仕事をしないと忘れそうだな。
こっそりとラクトが笑うのに気付かず、シンクは口を開いた。
「ヒスイが最初に見たのって、こんな風景だったんだね。」
「・・・そうですね。よし、ローレライにでも祈ってみます?」
「何かしてくれんの?ヴァンの中に閉じ込められるようなヤツがさ」
ラクトの提案も虚しくシンクはすぐにそれを却下した。
わかってはいたが、一応ローレライ教団に属するものの発言としてどうか。
そうラクトが言えば「はっ」とシンクは鼻で笑った。
「ボクはローレライ教団に従ってるんじゃないの、ヒスイに従ってるの」
「・・・まぁ、私もそうですけどね」
青い青い空が広がっている。今、彼女はどこにいるのだろうか。
ラクトが思いをはせたその刹那、上から何かが降ってきた。
それは「ぶへっ」という可愛らしくない悲鳴と共に地面とキスをする。どうやら、人間のようだ。
暫くラクトもシンクも固まってそれを眺めていたが、意を決してラクトが声をかけた。
「あ、あの・・・大丈夫、ですか?」
「鼻、潰れた・・・・・・かも」
ぐ、と土まみれになった顔を軽く綺麗なハンカチで拭く。
何処か見たことあるそれをラクトは首をかしげて見ていた。
そういえば、ヒスイがいつかジェイドに返さなければと言っていたそれがそんなようなハンカチだった。
顔を拭い終わった少女はぱっと立ち上がってスカートの土を払った。
そしてくるりと満面の笑みを浮かべ口を開いた。
「どうもこのとおり頑丈にできているのでご心配にはおよびませ・・・ん??」
「ヒスイ・・・?」
「ヒスイ、なのですか?」
ぱちくり、と黒くまんまるの瞳をいっぱいに開いてシンクとラクトを交互に見る。
そして、土を拭ったハンカチをもう一度顔につける。
「おかしいな、ラクトとシンクが見える。しかもシンクなんかすげー背が伸びてるぞ?
これは夢?あ、でも鼻痛かったし・・・」
「ヒスイっ!!」
ぎゅっ、と痛いくらい、シンクがヒスイを抱きしめた。慌ててヒスイが顔を上げる。
前より10センチ近く身長が伸びている、それに、どこか大人っぽい少女。
でも紛れもなく彼女で。
ヒスイ、ヒスイ・・・会いたかった、ホントアンタはトロいんだからッ・・・・!!」
「い、いたいよ、シンク、こんなに身長伸びてるし、もう誰か一瞬わかんなかっ」
言い切る前に、唇を塞がれる。あまりの速さにヒスイの瞳は開きっぱなしだった。
そんな様子にラクトが苦笑した。
「今だけ、可愛い弟に譲りますよ。」
くるり、とダアトを見下ろして花束を握った。
「さぁ、さようなら、旧い私」
ばさっと音がして花束が空へと上がる。風がまるで意思があるかのように靡いて花束を空へと贈った。
「おかえりなさい、本当の私」
くるりと振り返る。ぎゃーぎゃーと言い争いを始めた2人を間を堂々と割って入った彼はヒスイを腕の中に簡単に収めた。
「さぁ、シンク、次は私の番ですよ?」
「ヒスイはボクのだって言ってるじゃん!ねぇヒスイ!」
「あたしは誰のものでもないあたしのものだあああッ!!!」
ヒスイの叫びが、風に乗って遠くへと運ばれる。
ラクトはくすりと笑ってからもう一度空を、輝くあの太陽を目を細めて見た。
「そして、奇跡を、ありがとう」
その呟きは腕の中にいたヒスイにも届かなかった。
空に投げられた花束は、もうどこにもその影を残しては居なかった。
あの空に花束を
...THE END
08.12.27 28 -- そして貴女には愛を。ご愛読ありがとうございました!
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