01 : The Days






 かたい金属が弾かれた音が何度も狭いエレベーターの中でこだまする。
 男の額にはLEDリングのライトが青く点滅しており、胸に光る名刺がわりの映像刻印には「RK800」と浮かび上がっている。

 テレビの放送ではどのチャンネルもこの話題で持ちきりだろう、自身に課せられた任務を確認する。
 必ず人質を救出する。失敗は、プログラムにはない。

 しばらくの間そうしていたが、ぴたりとコインを握ると同時にエレベーターが目的の階に到着した。
 視覚ユニットをスライドさせて、異変を確かめる。ひたりひたりと小さな水音がした。魚が床に落ちていた。まだ生きている。その様子から、人質が囚われてからまだそれほど時間は経過していないことが窺えた。

 フォトグラフを確認すれば、裕福そうな夫婦と何不自由なく育っているだろう娘がひとり写っていた。そこに、例の変異体アンドロイドはいない。

 水音が弱くなったことを聴覚ユニットが感知したがそれ以上の情報は得られないだろう。
 踵をしっかりと地につけて歩き出す。突き当たりを曲がるつもりで得られたのは、母親らしい女性の悲痛な叫びだった。「アレを近づけないで!」尤もな意見だろう、アンドロイドに娘を人質にされているのだから。

 しかし交渉人は自分だ。無傷でいるあの女性は保護対象外である。”SWAT”が感情的な彼女を避難させている間に、曲がり角を抜ける。”SWAT”のリーダーらしい人物を発見し、声をかける。

 結果から言えばアラン隊長と呼ばれた人物から情報は何も得られなかった。人間はアンドロイドに対して非協力的であまり期待できるものではないようだった。
 こうして初めてサイバーライフの外に出て、そしてアンドロイドとしては初めての捜査……本件の事実上の立場は交渉人ではあるが、そういった立場としてはあまり好ましいとはいえない切り出しだろう。


「わっ、と」


 突然、視界に小さな子供が飛び出してきたと思ったが、どうやら”SWAT”の人間のようだった。危うくぶつかりそうになったその身体を受け止めると、ノートパソコンを大事に抱えたその女性はヘルメットの中から自分を見上げているようだった。

 すみません、色々調整中だったもので。顔認識はできないが、とても緊張感がある人間には思えなかった。この状況、人間のストレスレベルが上がっていても不思議ではないし、事実他の人間のストレスレベルはギリギリのところでなんとか保っている状況だった。
 こちらも前を見ずに、と丁寧に謝罪する。実際は前は見ていた。彼女が飛び出してきただけだったが、不毛な言い争いを避けるためにプログラムされた反応を返す。

 それがよほど面白かったのだろうか、彼女は何度も頷いた。


「ほう、ほうほう! あなたがあのプロトタイプですね。ついに実用化にまで!
感慨深いものがあります……あっ、ごめんなさい、仕事の邪魔をしました。初任務しっかりこなしてください」

「あの、あなたは……?」

「派遣調査員です。それでは、私は向こうなので!」


 派遣調査員? まったくもって情報が不足していたが、彼女について調べるために自身が派遣されたわけではない。彼女は変異体がいるだろう窓辺の床に座り込み、ノートパソコンを開いた。旧式にもほどがあるそれは、分厚く彼女の小さな身体には不釣り合いに思えた。

 踵を返し少女の部屋に入り、情報を集めていく。
 人間には一瞬に感じるだろう時間でも計算はできた。映像を再生したりすること以外でなければ、計算はすぐに完了する。

 なるほど、父親は新しいアンドロイドの購入を考えていたのか。変異体の名はダニエル。娘との仲は良好だった。
 人間の感情でいう裏切られたという絶望からくる変異だろうか。変異について、わかっていることは少ない。

 テーブルの下に落ちてあった銃を拾い上げる。アンドロイドに銃の所持は禁止されている。
 さてどうしようか、と屈んだテーブルの下で先程の彼女と目が合った。というよりは、彼女のメットがこちらをしっかりと捉えていた。
 黒いグローブで人差し指だけを口元に立てる。どうやら、咎める気はないらしい。素早くそれを腰にさす。ノートパソコンを持った彼女がこちらに来るのが見えたので、それを待った。

 やはり咎めるつもりだろうか。向き直ると、彼女はごく小さな声で「武器は多いほうがいいですよ。でも、武器を放棄するのもまた武器足り得るとおもうけど」とメットを小さく左に傾けた。
 どうやら彼女はここの人間の中で一番アンドロイドに対して好意的らしい。


「状況はどうですか?」


 外の、被害者と変異体の状況を確認する。彼女はノートパソコンを開くことなく的確に説明を始める。
 変異体はバルコニーの淵に立っているため、銃での解決は困難であるだろうことも付け加えた。また、できればであれば、とひとつ頼まれごとをされる。


「実は外で撃たれた隊員が二人。一人は死亡を確認、もう一人は重症。人間がこれ以上踏み込むのはかなり、厳しい。
 重症の隊員は幸いまだ生きてはいます、……でも出血性ショックでいつ死んでもおかしくない状態です。
 できれば、応急処置をしてから変異体を無力化してほしい……というのが本音です」


 カーテンの隙間から見る負傷した隊員の位置を確認する。
 最優先事項は変異体から被害者を救出することではあるが、彼女のおかげで情報は十二分に得ることができた。

 RK800はネクタイをきゅ、と一度しっかり締め上げてから、わかりました、と一言返し外に歩き出した。途端に左腕に銃弾が飛んでくるが、怯むことはない。人間はこれだけでも命の危険がある。ひどく脆いボディをしているものだな、などと思考が揺らいだ。







 変異体のダニエルが少女を手放したその瞬間、四方八方から撃ち殺された。
 そういった言い方をするのはまるで生きているかのようで、一般的には適切ではないだろうそれも、彼女からすれば撃ち殺されたと呼ぶに等しかった。

 あれでは、本来の仕事である変異体のメモリ調査が不可能ではないか。これだから野蛮な特殊部隊なんかに配属されるのは嫌だったんだ。そう言いたげに視線を落とせば、ふたりの人間の血痕が残されている。

 そしてやはり、改めておもうのだ。人間が死んでいる。殺された、あの変異体に。
 撃ち殺す以外はなかったのだろうな。ノートパソコンを閉じる。有益なデータは何も得られなかったと言ってもいい。変異体は強い感情を持つことで機械からより人間らしくなる、そのことについて彼女はよく知っていた。

 たまたま呼ばれただけだった。
 元サイバーライフの職員であり、現在はそのスキルをなるべく活かせる派遣業務に身を落ち着かせてはいるものの、そうそう活かせるわけでもなく、基本は事務員をしていることが多いのが現状だ。

 そのたまたまの事件は凄惨なものだった。自身の経験上、殺された人間の死を間近で見る経験も少なかったため、なるべく自分の仕事である変異体の行動パターンの予測を試みた。だが、それもあのプロトタイプに仕事をとられてしまった。

 勝ち目はないか、とため息を吐き出した。

 相手はアンドロイドだ。しかも、”あの”コナーモデルである。
 いい加減まともな仕事を探さないとな。彼女は特殊部隊の仲間たちへの挨拶もほどほどに、明日からの仕事を探しだした。

 事務員であれば、デトロイト市警が空いている。自分の強みはアンドロイドの調整も可能な点だ。警察用となればPC200モデル、PM700モデルあたりが採用されているだろう。
 それなら、と簡単な履歴書を送る。元プログラマーに現場は向いてない。

 隊員から責めるような声が聞こえた気がしたが、壊したのはそちらじゃないですか、とも言えずに聞こえないふりを決め込んだ。







 そうして無事デトロイト市警の事務員兼アンドロイド調整係としての仕事に慣れた頃だった。

 相変わらず市警は忙しなく慌ただしい。数度しか会っていない警部補はいつもアルコールのにおいをさせていた。アンドロイドが嫌いなのか、調整中は目を合わせようともしない。
 何度か話したことはあるものの、犬の話であるとか、音楽の話であるとかでは盛り上がった。彼の趣味とは違ったが、別段これしか聴かないというものもなく、所謂ヘビメタの類の音楽は好んで聴かないが、ジャズのレコードについてはいくらか話し込んだ。
 彼女は警部補よりは幾分も若いため、どちらかといえばCD世代だとはきちんと断った上で、である。

 犬はセント・バーナードを飼っていると聞いた。犬の話は好きだった。名前はスモウというらしい。
 「私の祖国では大きな身体の人たちが相撲というプロレスみたいな試合をするんですよ」と言えば、彼は「それだよそれ」と朗らかに笑った。
 ハードボイルドな刑事、という印象が強かったが根はそれほど威圧的ではないようだった。
 むしろ思慮深く、何事も彼なりの表現方法ではあったが事を荒げたりはしない。

 彼と対照的な人間といえばギャビン・リードという刑事だ。

 アンドロイド嫌いという点では警部補とそう変わらないが、この人間の対応はひたすらに面倒くさかった。
 調整中に邪魔をしてくるのだ。プラスチックの調整なんて、まったくいい時代になったもんだよな。そんな調子だ。


「リード刑事、その、仕事中ですので……」

「本来は事務が仕事だろ? なら、プラスチックに仕事を奪われる前にさっさと済ませちまえよ」


 たしかに事務の仕事のほとんどはアンドロイドでも可能なものが多かった。
 ただ、感情的なものに関しての補足的な報告はアンドロイドにはできず、それほど暇をしているというわけではないのだが。

 なあヒスイ、と声をかけられたその日は事務仕事に専念しているときだった。
 この男は自身より身分の低い相手に対してはとてつもなく遠慮がない。いや、上司にあたる人間にもそれほど遠慮がないというか、高圧的なのだから、自身だけに対して特別嫌味だというわけではないとは思うが。


「警部補サマは本日も遅刻か?」

「アンダーソン警部補なら本日はオフにするそうですよ。警部が肩を落としていましたし」


 どうにも彼はアンダーソン警部補を敵対視する傾向があった。
 そのため、これ以上の会話を続けるつもりもなく、目の前で処理の済んだ報告のデータを手渡した。透き通った液晶が事件を表示する。


「それ、今入ってきました。リード刑事が適任かと思われるので、良かったら目を通してくださるとありがたいです」


 そういえば彼はすぐに現場に直行するのはわかっていた。これ以上簡単なプログラムはないというくらい、彼の扱い方はわかっていた。
 こんなプログラム、自分ならつまらなすぎて目をぎょろりと回してしまうだろうな。

 彼が飛び出してから数時間、しばらく事務処理を行い、そろそろ時間だろうかと立ち上がったあたりで声をかけられる。
 どこかで聞いたような声だと顔を上げると、柔らかな表情をした男性型アンドロイドが自分に視線を投げかけている。「お忙しいところ申し訳ないのですが」と前置きをするアンドロイドからは、どう見ても彼女が帰り支度をしていることくらい理解しているだろうから、角を立てないように言葉を選んだのだろう。

 胸にはRK800と書かれている。あ、あのときの。彼女は約二ヶ月ほど前の事件を思い出した。
 あれは嫌な事件だった。人の死も、アンドロイドの死も、できれば見たくはない。とはいえここ最近の事件で廃棄処分になるアンドロイドも多く、死に慣れるというのはこんなものかというくらいに、嫌になる程アンドロイド絡みの事件が増えていた。
 たかだか事務員が「修理でなんとか」と言ったところで何も変わらないのだから。

 しかし、あの事件を皮切りにアンドロイドに対する人間の視線は変わってしまった。
 元々良かったとはいえないものが、今は完全に敵視する傾向にある。


「すみませんが、アンダーソン警部補はどちらにいるかご存知ではないですか?」

「本日は自主的にオフの日にされているので、近所のバーにいると思います。それでは私はこのあたりで」


 あぶないあぶない、あのときヘルメットをつけていなければ顔認証でバレてしまうところだった。
 軽く頭を下げて立ち去ろうとすれば何か冷たく硬いものが腕を痛くない程度に掴んだ。彼のLEDリングが点滅する。まずい、カムスキーを甘く見過ぎた。

 後悔というのは後に悔いると書く。つまり、彼女はこうしてやっちまったという顔をするしかなかった。


「あなたは、あの事件のときにいらした女性隊員の方ですね…?」

「さ、さあ、なんのことやら」

「声紋で認証しなくとも、そのノートパソコンのモデルでわかります。どうやらあなたとは縁があるようだ、ヒスイ・ハマサカ事務員」


 ばっちりと身元がバレてしまっただけではなく、彼はこの腕を自由にするつもりはないらしい。
 どうにも逃れる術を思いつかず、というよりあのとき敗北を認めた相手であるわけなので、つまり観念して進めようとした足を止めて身体を彼に向ける。

 RK800、捜査サポート型アンドロイド、プロトタイプのコナーモデル。
 サイバーライフの……そしてカムスキーの叡智と、ほんの少しばかり私の美しい文章が、目の前の彼を形作っている。実際に姿がこうなるとは思っていなかったので、私が知っているのはあくまでプログラムの一部に過ぎないけれど。

 ……などと彼女は言うことはなかった。

 その情報は公式にサイバーライフのデータ内には存在していない。
 彼女を知っているのはサイバーライフ社の役員の数名、そしてイライジャ・カムスキーくらいなものだった。
 そして今はしがないパートタイムの事務員。

 彼女が意識を遠くに追いやっていると、RK800が顔を覗き込むように腰を曲げた。
 ああ、と意識を戻す。実に憎たらしいほどに紳士的なプログラムである。


「ああはい、ちょっと今のご時世中々まとまった仕事に就くことが難しいものでして」

「しかし事務員の方がなぜSWATに? あのときは何をしていたんですか?」

「あー……えーっと、あなたがサイバーライフ社に雇われているように、私にも雇い主っていうのがいるというか、いるような、いないような……」

「それは定職に就かれているような気がしますが」


 一見的を射ている発言のように聞こえるが、別段依頼主らしき人物から給料が払われているわけでもないから定職とは言い難い。
 それどころか依頼かどうかもやはり、はっきりと彼女には言い切れない部分があった。

 首を曖昧に横に振って「どうなんでしょうね」と笑みを作れば何かを察したように、アンドロイドはそれ以上のことを突っ込まないでいる。


「ところで、ハンク・アンダーソン警部補が行きそうなバーを知りませんか?
 このままだと朝まで見つけられない可能性があるので、少々困っていまして」


 眉尻を下げて困ったような顔をする彼に、まあ確かに彼にアンダーソン警部補を見つけることは中々骨のある作業だろうと考える。
 彼は自分のことを利用するために表情を作っているのは理解している。

 ……が、そもそも。


「そういえばRK800……あー、えっと」

「どうぞコナーとお呼びください」

「えっと、じゃあコナーさん……は、なぜアンダーソン警部補を?」


 そういえばご挨拶がまだでしたね。そう彼が自分のことを話し始めた頃、ヒスイはというとただただ帰りの時間が遅くなっていくことばかりを気にしていた。
 これは、残業代って出るのだろうか。




20191217 - These are the days we’ve been waiting for
( 僕たちは、ずっとこの日を待っていたんだ )





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