◎02 : The Nights
彼女が受付のアンドロイドや、廊下に立つアンドロイドと軽い会話をしているのをRK800、通称コナーは観察していた。彼女の表情は柔らかく、人間の同僚たちと接するのと変わらないように、等しくどのような相手にでも対応している。
データベースにある彼女の情報といえば、アンドロイドの調整及び一般事務員としてデトロイト市警に勤めて二ヶ月といったところだ。自身のデータでいえばその前は”SWAT”に所属していたことは確かである。ただ、それ以前のデータはない。
もちろんだが市警に所属するアンドロイドたちに変異の兆候は見られない。しかし、どことなくヒスイへの接し方は他の人間の職員に対するものより距離が近い、ような気がする。実際の距離を計ってみても何もおかしいところはない。これを信頼と呼ぶのだろうか。
「随分親しくされているんですね」
ひと段落した彼女に対してコナーが声をかければ、一瞬肩をびくりとさせて、視線を逸らした。
どうやら例外は自分だけのようらしい。初対面だからというわけではないだろう、二ヶ月でこれほどの関係性を作る彼女のことだ、もっと親しみを込めて会話をするはず。
……となると、自分に何か問題があるのだろうか?
「そ、そうですかね……? 業務上の付き合いは多いですが……事務なので」
「しかし僕とは距離をとって歩き、視線も合わせない」
「コナーさんはほら、捜査用のアンドロイドですから……なんというか、見透かされそうで」
「そうなると何か困ることでも?」
やましいことでもあるのだろうか、腰を曲げて顔を覗き込めばすっ…と一歩、離れるように後退される。
どうやら知られたくない過去はあるらしい。なるほど、現場の保全であるとか、事務処理を行うものであるとか、そういったかたちのアンドロイドではないことが問題だったのか。
そう納得してコナーは背を伸ばし、また歩き始めた。外は暗く雨模様で、しとしととデトロイトの街を雫が濡らしている。
あ、とヒスイが声をあげた。鞄の中に吸い込まれた腕がかき回された。
「まずったなあ、折りたたみの傘忘れちゃったか」
彼女が自然にそう呟いたのを耳にしたが、一瞬反応が遅れる。どうやら言語が違ったようで、様子からして母国語らしい。一瞬で翻訳して対応を考えるが、彼女の母国語の、ごく自然にこぼれた呟きに対してどう返すことが好ましいかわからずにいた。
「すみません」英語で彼女がコナーに声をかけて見上げる。
「傘、置いてきちゃったみたいです。バー巡りの前にコンビニで傘を購入しても構いませんか?」
「いえ」
僕のものをお使いください、と差し出せば、彼女の身体には些か大きく不釣り合いな黒のアンブレラが開かれる。
持って歩くのも大変そうだと代わりに持てば、ぴったりと寄り添うように、初めて彼女から距離を詰められた。どうやら一緒に入るということらしい。
「すみません、傘ばかり増えるのも困るので、これで失礼しますね。
コナーさんが濡れないといいのですが」
「僕の制服は撥水加工がしておりますからご心配なく」
そう口にしたものの、結局はくっついた磁石のように並んで歩く。
傘を彼女のほうに差し出そうとすれば遠慮がちにその手を止められ、結局はそのまま彼女のペースで歩き始めた。
自身よりずっと小さな歩幅のそれを見、移動は大変そうだ、と今になってコナーは思い至った。
「すみません、頼ってしまって」
ついそんな言葉を口にしていた。もちろん、嫌われることは好ましいことではないため、関係性の向上を目的とした言葉だったのだろう。
とはいえ自分でも驚くほどはやい処理で言葉が出てきたことに驚いている。もちろん、表情には出さないが。
「いえ、事件ならアンダーソン警部補もさすがに出動しなくてはいけませんよね。
何軒か心当たりがあるので、一緒に歩きましょう」
「……あなたは、英語にはそれほど慣れていらっしゃらないのですか?」
先ほどの傘を忘れたことに対する呟きは流暢そのもので……呟きに堅苦しさも何もないのだが、なんというか”自然”だと感じた。
こういった人間でいう直感力はすべてプログラムの計算でできているため、コナーが意識していなくとも違和感をおぼえることはある。
あー、と視線を下げたまま、水たまりを踏まないように注意を継続する彼女は英語で答える。
「もちろん、それもありますが……母国は堅苦しい表現方法のビジネス用の言葉ばかりを教える国柄で。これでも幾分も丸くなったほうなのですが、変ですか?」
「いえ、ですが僕はアンドロイドですから、話しやすい言葉で構いませんよ」
「アンドロイドとはいえ職場の方なので、さすがにそうはいかないです。
あ、あそこのジャズバー、覗いてみましょう」
どうやらヒスイと打ち解けることは難しいようだ。相変わらず警戒されている。
やはり母国語の呟きについては触れない方がよかったのだろうか、そう思案してバーの前に立つ。アンドロイド入店禁止。彼女は一言コナーに断ってから入店した。
どうやらコナーの代わりに中を覗いてくれるようだった。
店の外に立っていても、中の音楽を聴覚ユニットが捉える。ジャズ特有の、ゆったりと、長く続く演奏はアンドロイドにない乱れや呼吸を感じる。
しばらくして何かを買って出てきたヒスイはそれを鞄にしまい込んだ。
「すみません、いませんでした」
「それは?」
「ああ、今日は母に晩酌用の手土産を持っていく日だったので、ついでに。
アンダーソン警部補と入れ違いになっても連絡してくれるよう、マスターを口説くのにも賄賂が必要ですからちょうどよかった」
口説くや賄賂、と発言した彼女はいくらか先ほどの会話を気にしているようで、コナーにまるい英会話を投げかけた。
先ほどは失敗したかと思ったが、そうではない、というよりも少なくともある程度は心を閉ざすのはやめたらしい。
さすがに彼女の過去のやましいことについて聞き出そうとすれば、途端に離れかねないので決して話題にしないように細心の注意をはらう。
「そういえば、署内の方々はあなたのことをファーストネームで呼んでいましたね。なぜですか?」
「あー……それは、たぶん……アンドロイドにはわからない問題です。私の国のファミリーネームは、少なくとも英語圏の方は発音しにくいみたいで。たぶん」
多言語を習得しているアンドロイドにとってどの国の言語も発音しにくいということはないが、それはたしかに、人間の不便な部分であるのは確かのようだ。
では、と彼女を覗き込む。
「僕もあなたをヒスイと呼びますね」
「それは……はい、よかったら」
踏み込み過ぎたかもしれないが、彼女は許可を出した。それで十分だった。
バーの前で待っている間に彼女の国について情報を引き出してみたが、どうやら押せば引く性格が多いようだ。このデトロイトでやっていくのは大変だろうが、地位のある仕事に就いているわけではないためそれくらいが生きやすいのかもしれない。
「僕もアンドロイドだ、明日からはあなたに調整してもらえるのでしょうか」
「それは……サイバーライフ社次第ですね。プロトタイプなんて触って万が一のことがあったら、私の給料一生分かけても払いきれないですし」
自己修復機能がある以上彼女に見てもらわなければならない事態はないとは思われたが、それはそれで少し物悲しい。物悲しい? ああ、彼女との接点はそれにすぎないからか。
人脈は多い方がいい。とくに彼女のようにアンドロイドを軽視しない人間は、利用できる。
目の前に現れたソフトウェアのエラーを改善し、またバーに寄っていった彼女を待つ。
晩酌用ということは、彼女もよくアルコールを摂取するのだろうか。
△
キャリブレーションのためコインを片手でくるくると回していると、バーの入り口から出てきた彼女が困った顔をして傘に入ってきた。
「アンダーソン警部補を見つけたので、その、声をかけたのですが……よく考えれば事件について、私、何も知りませんでした。なので、コナーさんから説明していただけませんか?」
集めていた晩酌用の食事よりも幾分も豪華なものを手に持っている彼女を見やる。おそらくはこのバーの入り口の「アンドロイド入店禁止」の規則を破るための、”賄賂”だろう。
随分迷惑をかけてしまっているな、とコナーは眉尻を下げた。断れないだろう性格を利用したのは自分であるのにもかかわらず、どこかで詫びなければと計算する。
が、先に事件の任務が優先だ。頷き、彼女に着いて入店すると幾人かの視線が突き刺さった。
気まずそうな彼女の肩に手をやる。全く無関係の彼女への申し訳なさからか、彼女を守らんとする義務からかは計算できなかった。
「アンダーソン警部補、あの、捜査サポート用アンドロイドのコナーさんです。事件については彼が説明してくれると思うので、私はこの辺りで失礼させていただきますね……」
「いいや、だめだ、帰さねえ。ヒスイ、てめえが濡れた傘を鞄に躊躇なく突っ込む人間ったあ思えねえ。
つまり、傘もないんだろ。深夜にずぶ濡れのまま帰すわけにはいかねえな」
ハンク・アンダーソンがヒスイの腕を掴んだ。さすがは警部補である、酔いながらも彼女のことをしっかりと見ている。
華奢な体格とその性格であれば、嫌われることは少ないのだろう。事実、警部補からは言外に「送ってやる」という意味の言葉を投げかけられているのだから可愛がられているのには違いない。
傘なら自分が所持している、と言いかけたが、たしかに深夜に差し掛かりつつある。女性ひとりで歩かせるわけにもいかないだろう。
彼女が正規の警察官であるならばそれも可能だろうが、事務員がバッジと銃の所持を許可されるわけもなく、体術に優れているようにも思えなかった。
つまるところ、警部補の意見には賛同する。しかし、これ以上アルコールを摂取されては別の意味で危険が伴う。
「アンダーソン警部補、私はコナー、サイバーライフのアンドロイドです。あなたはある殺人事件の捜査を任されました。変異体アンドロイド絡みの捜査では、規則がありますので私も同行します。
しかし、彼女を安全に送り届けるのであれば、これ以上のアルコールの摂取は控えてください」
「なんだあ、ヒスイ、てめえのアンドロイドじゃねえのか」
「は、はい。私もその、帰り際に会ったばかりで」
二ヶ月前のことは口にはしなかった。彼女の前の職場についてはアンダーソン警部補は知らないのだろうか。
彼女が長い期間”SWAT”に所属していたのならば面識があってもおかしくはないと思われる。ということは、ヒスイは所謂渡り鳥のように職場を転々としている?
自身の存在を無視されかけたので「どうか同行願いします」とコナーは警部補に念押しする。
「てめえはひとりで事件現場に行きゃあいいだろ、俺はこいつを連れて帰る」
「ハンク、お願いです。アンドロイドは単独の捜査の許可がおりないんです。私は現場の人間じゃないですし、ハンクしか頼れる人がいないんです」
幾分もくだけた言葉をつかうヒスイを見れば、彼の服を掴んで耳打ちしている。
こう見ていると駄目な父親を気遣う娘のようにも見えた。だが、職場の上司と部下である。……上司に対して、彼女は名前で呼んだのか?
きゅるり、とLEDライトが動き、黄色く点滅した。
「わかった、わかった。現場に行きゃいいだろ、その前にてめえのうちに寄る、いいな?」
「いえ、その……実家の方に寄っていただけたら、嬉しいのですが」
困ったように微笑んだ彼女のおかげで、どうやら捜査には向かえそうだとコナーは安堵した。
2019.12.18 - One day you’ll leave this world behind. So live a life you will remember.
( いつか世界にお別れを言わなくちゃいけないときがくるから )
( そのときに思い返してああ、良かったなって思える人生であるべきなんだ )
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