05 : Can’t catch me







 デトロイトの郊外まで赴くタクシーの車内で、美しい並木道を眺めながら隣に座るアンドロイドの話を聞く。
 ここにくるまでに随分と質問責めにあってきたが、まだ物足りないらしい。彼が真っ直ぐに自分を見ているのにため息が出る。少しは景色を楽しもうという気はないのか。


「今までの質問は部屋の中の話ばかりでしたね」


 彼のLEDリングをこちら側から覗き見ることはできないが、おそらくは思考プログラムをぐるぐると働かせていることだろう。
 目的がなんだったか、見失いかけているのではないか。ヒスイは顔をしかめたが、そんなことはアンドロイドには御構い無しである。


「では、部屋そのものについて質問させてください。
 あの部屋は随分手の込んだものだった。このデトロイトにおいてスタンドアローンは空想上の産物だと思われてきた。それが、渡り鳥の派遣事務員の部屋に存在する」

「渡り鳥」

「あなたはプログラマーだ。そしてプログラマーがあれほどの部屋を業者に作らせるとなると、相応の費用がかかる、違いますか」

「まあ、それなりにはかかりますよね」

「まだ若いあなたがそれだけの金額を稼ぐためには、なんらかの悪事に手を染めるか、相当大手の企業の重要な役職についている必要がある。たとえば、サイバーライフ社であるとか」


 息をのんだ。

 過去の数年、確かに彼女はサイバーライフ社で働いていた。その経緯は決して褒められたものではないため、サイバーライフのサーバーにデータとして残ってはいない。
 彼はあくまで推測の域を脱しない範囲で思いついたことを口にしているだけだ。

 そうはわかっていても、表情が強張るのがわかる。


「あなたは昨晩、署を出るときに言いましたね。僕が捜査型のアンドロイドだから近づき難いと。つまり、あなたはなんらかの犯罪を犯したが、どうしてか情報はデータに存在しない。
 あなたが自身の情報を消した?」

「……」


 その質問には答えられなかった。

 犯罪を犯したことは事実だが、その事実をデータごと消したのはサイバーライフの指示だった。つまり自身の意思で消したわけではない。
 ただ、彼が自分のことをサイバーライフの元社員として調べるよりは、元犯罪者と思って調べてくれたほうがありがたかった。そのほうが情報が表に出てくることはない。

 並木道をタクシーが通過する。もう少しで目的地だ。そんなことは知る由もないコナーは彼女の表情を覗き込むようによく観察していた。
 そういえば、とコナーも彼女越しに映る並木道を見やる。


「本日はどうしてここに?」

「それは尋問ですか?」


 自ずと身構えてしまう彼女に、純粋な疑問を投げかけてしまったコナーは少し居心地を悪くした。尋問していたのは自分だが、この話の流れではさすがに警戒の色を出されてしまっても仕方ない。
 「いえ」小さく答える。「純粋な興味から」

 その答えにしばし間をおいて、ヒスイは流れる並木道を眺めていた。どう答えるべきか、そもそも、答える必要のない質問であることは明白であるのだ。
 だがここにコナーではなくハンクがいて、同じ質問を投げかけられたら。自分はあっさりと答えるだろうな。そんなことを思案する。

 ようやく口を開いた。これは同じ職場の人間に対して、ごく自然にする会話だ。そう自分に言い聞かせる。


「副業というか、本業というか。私は知り合いのアンドロイドの定期チェックをしているんです。とくに異常が見つかったことはありませんが、介護用のアンドロイドなので念のために」

「なるほど、プログラマーの仕事はそうやって活かしているのですね。あるいは、昨晩の僕に対する仕打ちであるとか」


 幾分か棘のある言い方をするあたりはやはりクラッキングに対して思うところがあるのだろう。それは、仕方ない。アンドロイド相手とはいえ許可なく操ってしまえば警戒されても文句は言えない。
 しかし、あれは最善の策だったと言える。あの距離のアンドロイド相手なら変異体であってもある程度のモニタリングは可能だった。データも十分にとれたし、結局は自己破壊させることもなかった。

 誤算だったのは、想定していた以上にRK800型の感情模倣モジュールがうまく作動しすぎていたという点だった。まるで本当にあの行為に対して怒りを感じているかのように振る舞う。
 もしくは、彼がすでに変異の兆しを見せているのかもしれない。サイバーライフの切り札がそんなことあるだろうか。しかし、自分の知っているサイバーライフ社は十年も前に記憶が途絶えている。


「完璧に遠隔操作することは私にはできません。せいぜい、動きを少しの間止めることくらい。変異体に至っては制御はほぼできません。
 ただ私の目的は変異体のデータを集めること。何がきっかけで、何を計算しどう行動するのか。そのデータをあつめること。これはサイバーライフ社から派遣されたコナーさんと同じではないでしょうか」

「つまり、敵ではないと?」

「説得力には欠けますが、そういうことです」


 そもそも、敵であるならばあなたをアパートの前で追い返すことも可能だったでしょう?

 ゆっくりとコナーのほうを見る彼女の眼差しは真剣そのものだった。
 確かに彼女の言い分は尤もだろう。どのタイミングでも自分を撒いて逃げることは可能だったはずだ。ハンク・アンダーソン警部補との仲も良好であるのだから彼に取り入ってコナーの申し出を断り彼に運転してもらえば済む話でもあった。
 だが彼女は自分に送らせることを承諾し、自宅に招き入れ、秘密を……少しだが、明かした。

 とはいえ、やはり。


「しかしあれは不快でした」

「それは……ごめんなさい。正しい判断だったと思っているけれど、でも私だって急に誰かに操られたら嫌です。だから、はい」


 彼女が小指を差し出す。一瞬何をしているのか、コナーには理解できなかった。
 指切りですよと彼女に言われ、無機質な冷たい小指をそっと彼女のあたたかなそれに添わせる。小さく細い小指が、自分のそれと絡まった。


「約束します、緊急事態以外は、きちんと口頭で説得します」

「……では、約束ですよ」


 すっかり尋問する気は失せてしまった。興味がなくなったわけではないが、彼女のことを根掘り葉掘り聞いて嫌われることは避けたかった。
 なぜだろうか。また、操られたくはないから? 自分でも不可解な思考にソフトウェアの異常が検知された。

 タクシーはもう止まっている。彼女はタクシーに待機を命じて、コナーに顔を向けた。
 少し行ってきますね、コナーの返答を待たずに重い鞄を肩にかけて飛び出した。
 窓を開けて彼女の走った先をスキャンする。大きな邸宅だったが、話をしていた彼女は気がつかなかったのだろう、パトカーが何台か止まっている。

 窓越しに見る彼女の軽い足取りが、次第に真剣なものになるのがコナーにも理解できた。

 黄色のテープが張り巡らされている手前の警官に彼女の体が止められる。アンドロイドだった。そのかたい腕の中でヒスイは声を荒げた。


「一体どうなっているの! 中に入れて、私はカールと知り合いなの!!」

「それは致しかねます。どうかお引き取りください」

「私はデトロイト市警で働いてるの!! 中に入れて!」

「申し訳ありませんが、事件の詳細について口外することは禁止されています」


 どうヒスイが叫ぼうが、アンドロイドの返答は頑なだった。感情的なままノートパソコンを開いて、震える右手を左手が止めた。やってはいけない、だめだ。ここから署のデータにアクセスする権限は自分にはない。わかっていながら、感情的なあまり侵入しようとした自分を恥じた。
 しゃがみこんだ重々しい腰を、ノートパソコンを閉じてからなんとか持ち上げた。署に行けば、行きさえすれば、詳細がわかるはずだ。タクシーを降りた時よりもはやく、足を動かす。

 タクシーに勢いよく乗り込んだヒスイはコナーの言葉を待たずに、行き先をデトロイト市警七分署に設定する。
 一体何があったんですか、とコナーは尋ねるが、ヒスイは頭を振るだけだった。


「何があったのか、わからなくて……署の人に聞けば、何か、わかるかもしれない」

「アンダーソン警部補に聞いてみましょう。彼なら、あなたの力になってくれるはずだ」


 コナーの言葉に小さく同意の声を漏らした彼女は、そのままぎゅっとノートパソコンを抱きしめたまま俯き顔を上げなかった。
 美しい並木道も、もう彼女の目には映らない。







 禅庭園を歩く。

 前にここにきたのは……二ヶ月前。初めて変異体による殺人事件が起こり、その対応にネゴシエーターとして配属された、あの時。
 そういえば彼女と出会ったのもあの事件でだったが、些事と気に留めずに報告はしなかった。
 人間の中にはまだアンドロイドに対して友好的なものもいたのか、その程度の認識でしかなかった。

 だが共に一晩過ごしただけで、全くの認識違いだったことがわかった。
 ただそれをどう報告すべきか、コナーはいつにも増して難しい判断をすることになりそうだった。

 薔薇の前で白の服が揺れる。ネクタイをきゅっと締めて、静かに立ち止まる。
 礼儀正しく、粗相のないように。


「こんにちは、アマンダ」


 声をかけるとアマンダは振り返った。「会いたかったわ、コナー」一瞥し、今しがた剪定した薔薇を近くの白のテーブルに置いた。
 禅庭園の中心部は白を基調にデザインされている。そのため薔薇とアマンダ、そしてコナーだけが取り残されているように見えた。


「よく変異体を見つけてくれましたね。捜査でも優れた能力を発揮したとか」

「しかし、変異体からは有益と思われる情報を得られませんでした。引き続き、任務を遂行します」

「変異体をどう思いましたか」

「不安定な認識、予測不能な行動、人間のような感情の模倣……死を怖がっていた、明らかな機能障害です」


 死を怖がっていたというのにも関わらず、自己破壊しかねない。その感情の模倣は人間の赤子のように、今にも起動しかねない爆発物めいたものに思われた。
 恐怖という感情が彼をそうさせたのかもしれない。感情の模倣とは、実に厄介なものだ。

 アマンダは続けた。「アンダーソン警部補が公式に担当になったようですね」


「彼をどう思います?」

「……プロ意識に欠ける人物に見えます。依存症の傾向が見られ、規則を軽視し、アンドロイドを毛嫌いしています。そのため非常にやりづらい」

「残念ながら協力し合うよりほかありません。どう接するつもりですか」

「彼の性格に適応します。捜査の利益を考えると、彼の心理状態に合わせ衝突を避けるのがベストでしょう」


 淡々と報告する。アンダーソン警部補との間に思ったより溝ができなかったのは、彼女という緩衝材があったからに他ならない。
 本日からの任務でもう少し適切な対応ができると良いのだが。

 彼女、か。


「アマンダ。ヒスイ・ハマサカという名の女性をご存知ですか? データベースには情報がない」

「ヒスイ・ハマサカ……なぜです?」

「署内の事務員であり、アンダーソン警部補との関係も良好です。人当たりがよく、警部補は彼女の前では先程述べたものより幾分か正常な性格に変わります。
しかしながら、サイバーライフのデータベースには存在しない人物のようです」

「そう……データの要請をしておきましょう。事務員であれば捜査には関わらないのではないですか、コナー」

「ですが昨晩はファウラー署長の許可を得て捜査及び尋問の補佐を務めました。手腕は確かなプログラマーです」


 ぴくり、とアマンダの眉が一瞬釣り上がる。「プログラマー」彼女はそう呟くと薔薇の茎を握りしめた。思いもよらない反応だったため、コナーは一瞬、左足のつま先に力を入れる。
 すぐに体重を踵へと戻し、姿勢を正す。

 アマンダは乱雑に薔薇をテーブルに放る。


「彼女の目的は?」

「私と同じ変異体の調査だと。依頼主が存在しているようです」

「では彼女の依頼主を突き止めて報告なさい。手筈は整えましょう。
変異の兆候を見せるアンドロイドが増えています。何百万ものアンドロイドが万が一暴走すれば大変なことになるでしょう」


 近づいてきたアマンダの動きに合わせ、ピアスが揺れた。事件を解明できるのはあなたしかいない、そう強調するアマンダは何を考えているのか、その表情からは読めなかった。
 ただつい先程自分とは別で変異体を追う彼女の存在など聞かなかったかのように、強調したことは確かだった。


「急ぎなさい、時間がないわ」


 ぱちりぱちり、と機械的に瞬きをする。署はもう目の前だった。

 隣には小さな身体をさらに小さくして黙り込んでいる彼女が座っている。先程から変わらない姿勢であるため、身体を伸ばす方が良いだろうと思案する。幸いもう署に着く。


「ヒスイ、そろそろ着きます」


 彼女にそう声をかけスキャンをしてみる。相変わらず詳細は不明だったが申請したデータが映し出される。ヒスイ・ハマサカ、デトロイト市警所属事務員、前科・なし。

 がばり、と顔を上げた彼女はタクシーに自身の携帯をかざしてすぐにタクシーを飛び出した。
 コナーが受付に顔を出す頃にはそこにはもう居らず、仕方ないと受付のアンドロイドの元へと向かう。

 アマンダも知らない人物となると、やはり海外で主に活動していたプログラマーなのかもしれない。しかし、一体誰に雇われたのだろうか。
 もう見えなくなった彼女の姿を思い浮かべながら、コナーは姿勢良く、署へと入っていった。




20200106 - Back up on my feet, got the motivation. Now I found my faith and good vibration.
( ちゃんとここに戻ってこられたし、やる気も十分にある )
( 今は自信があるし、とても気分がいいんだ )






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