06 : Trouble








 署内に彼女の姿は見当たらなかった。昨晩彼女が座っていたデスクには鞄が無造作に置かれているため、署内にいることは確かだが、このスペースには見当たらない。
 自身のデスクで先ほどのことを調べるつもりだと思っていたが一般事務員である彼女のアクセス権限は限られている。視界をスライドさせたが、ハンク・アンダーソン警部補はまだ来ていないようだった。

 出勤時間を遅らせたのにも関わらず、結局大して意味がなかった。ブルーブラッドを彼女から受け取った朝食のおかげで昨晩の消耗に対する回復時間は必要なかったが、ヒスイは人間だ。
 自分のような異質なものが部屋にいる状況下で、たとえ薬で無理やりに眠ったとしても、昨晩の疲労を鑑みるに十分な休息はとれていないだろう。

 このような場合人間はどう行動するのか。眠気がある場合……カフェインを摂取するのが一般的だ。彼女は今朝コーヒーや紅茶を飲んでいない。

 通路で署内を監視している女性型アンドロイドに話しかけて、警部補のデスクを聞き出した。これで警部補が出勤したかどうかを遠目でも確認することができる。
 ブレイクルームに足を踏み入れたが、ギャビン・リード刑事と女性の制服警官しかいなかった。当てが外れたようだ、と踵を返そうとすると、予想通りではあるのだが彼に絡まれる。

 昨晩の尋問から彼がアンドロイドを毛嫌いしているのはわかったが、どうやら特別、自分は嫌われているようだった。その理由に心当たりはない、コナーモデルは比較的他のアンドロイドよりも人間社会に溶け込めるようデザインされているはずなのだが。

 「おい」ギャビン・リードが話しかけてくる。「お前、型番は?」


「申し訳ありませんがお答えすることはできません」


 そのまま去ろうとするコナーに対し、彼は肩を掴み少しその手を押す。少しというのは正しくない表現かもしれない。アンドロイドにとって人間の力はそれほど強さを感じないが、無理やり自分の方へと向かせたくらいには乱暴で力任せだった。

 コーヒーを持ってこい。彼が命令するが、自身の命令系統に彼は含まれていない。そんなことより彼女を探さなければ。なぜだろう。プログラムが彼女を探すことを優先している。
 こういった事態に、アンドロイドは人間に対してどう接するのがいいことなのだろうか。どこにもいないのであれば、一人になれるところにいるのかもしれない。最善の方法としては、アンダーソン警部補が出勤した頃合いに彼女を見つけ、警部補が出勤したことを報告することだろうか。

 ソーシャルモジュールにも強化が必要なようだ。そうだ、自分はアマンダから彼女を見張るように言われている、だから視覚ユニットが彼女を優先的に追っていてもそれは正しいことなのだ。

 納得した瞬間、腹部にダメージが入る。人間とは違い痛みはないが、その衝撃で膝をついた。
 どうやらギャビン・リードに殴られたらしいことはわかったが、彼の言葉は聴覚ユニットを傾けるまでもなく無意味な……人間でいう罵倒の域を出ない……言葉の羅列だった。
 彼らが立ち去ってから立ち上がる。彼女を探そう、コナーもブレイクルームを出ることにした。やはり彼女はまだデスクに戻っていないらしい。

 ロッカールームも尋問室も探したが見当たらなかった。彼女の同僚たちに聞いても見ていないという。聴覚ユニットを調整し、彼女の声の波長と合わせた。
 僅かにだが彼女の波長をキャッチする。近づけばそれが大きくなり、離れれば小さくなるアンテナのように、彼女を探す。たどり着いたのはレストルームだった。

 躊躇なく入り込めば、手早く完成させていた化粧が崩れ、大きく見開かれた瞳からは大粒の雫がこぼれ落ちていた。
 かつかつ、とコナーの靴の音が床を鳴らす。ヒスイに近づくと、顔を近づける。ぺろり、とこぼれた雫を舐めとった。分析すれば、涙だということがわかる。


「なっ……なんなんですか!」

「分析していました。泣いていたのですか?」


 首を軽く傾げたコナーに涙を引っ込めた彼女が睨みつける。女性用のレストルームに乗り込み、挙句勝手に涙を分析されては無礼にもほどがある。だが、相手はアンドロイドだ。女性用であろうがなかろうがアンドロイドにそれは通用しないし、おそらくコナーモデルにはブルーブラッドの廃液を涙として利用する機能なんてついてはいないのだろう。

 泣いていて何が悪いのだ。ヒスイは顔を背けた。コナーの追撃が降ってくる。「悲しいのですか?どうして泣いているんです?」そういえばきちんと理由を話さずにいたのをすっかり忘れていた。
 携帯を取り出してニュースを見せる。そこには「デトロイト在住著名画家の死 / カール・マンフレッドの光と闇」や「著名画家の死 / 自宅のアンドロイドが変異か」などと書かれた見出しの記事がいくつか表示されていた。なるほど、ハンク・アンダーソン警部補の出勤を待つより効率的な情報収集の仕方だ。

 人間は極度に死を恐れ、そして死を嘆く。そういう生き物であるとコナーは認識していた。彼女も類にもれず、彼の死を悼んだのだろう。


「お悔やみを。画家のカール・マンフレッド氏とは親しかったのですか?」

「……カールは、とても素敵な人。アンドロイドも人間も分け隔てなく接して、彼にだって……自宅の介護用アンドロイドにだって息子のように接していて、彼だってカールを、父のような存在だと……」

「アンドロイドは家族を認識しません、ヒスイ。”それ”はマンフレッド氏に話を合わせただけでしょう。事実、”それ”はマンフレッド氏を殺害している」

「違う! たしかに彼はアンドロイドだけど、カールのことを本当に、本当の家族のように思って……!」

「それはあなたの思い違いだ。正常なアンドロイドは感情をもたない。そして家族などは存在しない」


 完全に涙は引っ込んだらしい。激しい剣幕で、ヒスイはコナーの襟元を掴んだ。もちろんアンドロイドは微動だにせず、しかし抵抗もせずにそれを受けている。
 しばらく彼女の激しい睨みがコナーを突き刺したが、それも無駄だとわかったのか、その手を離した。軽く顔を洗って、腫れた目蓋を落ち着かせる。

 あなたにはわからないかもしれませんね、まだ。彼女は投げやりに吐き捨てると、コナーの横を足早に去っていく。コナーには彼女の言葉の真意が理解できなかった。なぜ彼女は「まだ」と言ったのだろうか、それは「いつか」理解できるものなのだろうか。コナーモデルになら理解できるというのか、それとも。

 人間という生き物は皆、感情という制御できないエラーに苛まれている。とくに彼女のそれは顕著に思えた。ハンク・アンダーソン警部補はたしかにどうしようもないが、芯がある。ギャビン・リードも同様に彼なりの流儀を持っているように思えた。
 しかし、彼女はあまりに振れ幅があるのだ。或いは波というべきだろうか。彼らとの違いといえば年齢や性別だろうか。それだけで、このように違いがでるのか。

 人間に仕える身でありながら心底人間とは不可思議で矛盾した生き物のように思えた。なぜ、物であるアンドロイドが変異し、人間を殺害したことに驚くことがあるのか。
 サイバーライフが把握しているかぎり、それはもちろん不本意な結果ではあるのだが、変異体アンドロイドが人間に危害を加えるのは日常茶飯事と言っていい。
 珍しくもなんともないそんな日常に一喜一憂する必要があるのだろうか。変異体アンドロイドを追っている身でありながら、あのように感情的に事件を否定するのは非効率的な反応であり好ましくないものだ。

 その小さな背を追えば、彼女は出勤してきた警部補と話し込んでいた。何かを真剣に訴えていた彼女の頭をぽんぽんと諌めるように撫でる彼の手つきは、どことなく優しさを感じる。
 そして彼が自分のデスクに座り込もうとした瞬間、署長の声が署内に響いた。その視線はコナーを一瞥し、警部補を見、そして困惑しながらその傍に立っていたヒスイを順に追う。


「アンダーソン、ハマサカ、オフィスに来い!」


 有無を言わせないファウラー署長に彼は座りかけていたデスクから腰を重たげに上げる。通り過ぎる際コナーは警部補へ形式的な挨拶を交わしたが、失敗に終わったらしく良い反応だとは言い難かった。

 オフィスにはアンダーソン警部補が前に立ち、ヒスイとコナーは後ろで待機していた。
 署長は明らかに疲労困憊した表情でデスクのディスプレイを眺める。「毎日10件もアンドロイド絡みの事件が舞い込んでくる…」彼はうんざりしたようにため息を吐いた。「昔から通報はあったが、婆さんのアンドロイドが行方不明だとかその程度だった」


「それが、今じゃ暴力沙汰や昨夜みたいな殺人事件まで起きてる」


 どきり、とコナーは隣に立つ彼女が息を呑むのがわかった。彼女はおそらく昨晩の事件に対して反応したのではなく、カール・マンフレッドの死に対して過剰に反応したのだろう。人間は親しい人間の死をいたく嫌悪し、恐怖する。
 緊張はふたりには気付かれなかったようだった。署長の話はサイバーライフだけの問題ではない、犯罪捜査として事件の関連性を調べるようにアンダーソン警部補に指示を出していた。
 その命令は既にサイバーライフからコナーへと送信されている。自分はアンダーソン警部補との捜査が延期になっていることは数時間も前から理解していたことなのだが、人間はこうして面と向かわないと指示を下せないらしい。

 それに対しハンク・アンダーソンはファウラーに楯突いた。
 なぜ俺なんです、俺なんかよりこの事件に向いてるやつは山ほどいるでしょう! 彼の意見に珍しくコナーは賛同の意を評したが面には出さなかった。
 アンドロイド嫌いであるということよりも規則を無視する傾向があり、依存症のきらいがある彼には到底向かないと計算上では出ていたのだ。それでもサイバーライフの命令はコナーにとって絶対のものであるため、疑問を持っても口にすることはない。

 警部補と署長の付き合いは長いのだろう、しばし親しい者同士がするような口論を聞いていたが、コナーにとっては有意義な時間とは言えなかった。ただ隣に立つ彼女はどこか安心しているような表情を見せる。
 なぜかはわからないが、彼女はハンク・アンダーソンという男を心底信頼しているらしい。

 彼にどのような価値があるかはコナーには関係なかった。
 あるのは自身の任務の遂行のみだ。


「サイバーライフがアンドロイドを派遣した。この最新鋭のプロトタイプがお前の相棒だ」

「冗談じゃないね! 相棒なんていらねえしプラスチックの塊なんてもっての他だ!」

「プロトタイプの調整にはハマサカをつける。この事件の捜査への同行のため、銃不携帯の特殊捜査補佐員としてバッジを渡す。これは命令だ、ハンク!」


 なんだって? それを聞いて驚いたのは彼女自身もだが、コナーもハンクも驚きを隠せなかった。「冗談だろジェフリー! ヒスイは一般市民だぞ!」ハンクの講義にコナーもまさか二度目の賛同をすることになるとは思わなかった。
 しかし署長はサイバーライフからの指名だ、と言って取り合わなかった。なるほど、アマンダが言っていた然るべき措置とはこのことだったのか。コナーは思案する。関連性を調べながら、彼女を監視する。もちろん、失敗はプログラムにないため任務は遂行する。
 だがアマンダは彼女を泳がせるべきと考えているのだろうか? 何者かも、不明なのに?

 明らかに嫌そうな唸り声をあげてハンク・アンダーソンがオフィスから退出した。不毛な口論はもう済んだらしい。
 ヒスイがデトロイト市警のバッジを恐る恐る受け取るのを見ていた。アンドロイド絡みであればどんなことも請け負うのが売りの事務員でも、流石のバッジ支給は荷が重すぎる案件だ。


「あの、ファウラー署長……本気ですか?」

「急遽指名が入った。お前までハンクのように口答えはしないな、ハマサカ?」

「そのつもりはありません。……ただ、私は武術の心得もなければ、どの警官よりも遥かに身体的に劣っていることは自覚しています。
 私が捜査に加わることで、アンダーソン警部補のお役に立つどころか、足を引っ張ってしまいかねません」

「無論ヒスイ、一般人の君は銃も携帯できないし前線に立つことも認められない。あくまでお得意の”スキル”で捜査の補佐をしてくれればいい。
 万が一そのプロトタイプが故障しても、致命的でなければ君はやるべきことを理解しているはずだ。わかっているね?」


 ファウラー署長はどこか気遣うようにバッジを恐れるように摘む彼女のそれを両手で握った。
 「現場に入るための通行証の意味合いしかない、必ず最後尾で身の安全を守ってくれ」彼自身が不本意な命令であるということはその行動からいくらでも読み取ることができた。

 彼女は礼儀正しく……母国的な形式で……一礼して、バッジを見えないところに装着してオフィスを出て行った。賢い判断だ。警察学校を出ていない彼女が一時的にとはいえバッジを受け取ったなどと大っぴらにしてしまえば、不平不満が署内に広まってしまう。

 彼女に倣い、どう挨拶をしようかコナーはソーシャルモジュールを働かせた。


「お邪魔になるでしょうからこれで。では失礼します、警部」


 どうやら機嫌を損ねずに済んだらしく、すんなりとオフィスから退出することができた。
 デスクに戻ったアンダーソン警部補に再度挨拶すべく、コナーは声をかける。


「あなたとご一緒できて光栄です、きっといいチームになりますよ」


 反応はない。


「パートナーになったことですし……仲良くしませんか?」


 そこで彼がパソコンを叩いて、声を張り上げた。コナーなど存在しないかのように、少し離れたヒスイに向かって話しかける。

 データ送っておいたぞ! その声にヒスイはすぐに署内のパソコンに向き直ってしまった。どうやら彼女に助け舟は期待できそうにない。
 空いてるデスクを訪ねると向かい側を指定される。

 人間のパートナーと組むのは初めてだ。自身のソーシャルモジュールを試すべきだろうか。
 いくつかの話題が浮かび、それをアンダーソン警部補に投げかける。だが、どうにもうまくはいかないようだ。彼の性格に適応するとアマンダに言っておきながら、このハンク・アンダーソンという男は非常に気難しく思える。


「変異体のファイルがあれば目を通したいのですが」


 そう要求すればデスクの端末を”どうぞご自由に”と指を差される。
 200件以上あるファイルの中で、最新の変異体ファイルに注目すべきなのは理解していたが、ふとひとつのファイルが目に留まった。廃棄済みとなっている、シリーズ不明のアンドロイド。被害者はレオ・マンフレッド。自宅で死亡していたカール・マンフレッドの息子レオと、カールが所有していたアンドロイドを争ったと記録されている。アンドロイドが暴力的だったという供述から、変異体であることは窺えた。

 やはり、変異体は危険なのだ。どれだけ彼女が信頼しているアンドロイドであっても、変異体となっては話が別だ。彼女のいるデスクは事務員用のもので小さく、署内の隅に配置されている。彼女のほうに視界をスライドさせれば、ばっちりと目が合う。
 また、今にも泣き出しそうな彼女の瞳がコナーを捕らえた。これ以上は言わずとも、彼女にも理解できるだろう。今は捜査に集中すべきだ。

 243件も、1件目は9ヶ月前です。コナーがパートナー・アンダーソンに話しかける。彼は興味がないのか、それを聞き流しているようだった。構わず続ける。「デトロイトで始まり、国中に広がっている」


「AX400型が昨夜、人間を襲ったようです。そこから捜査を始めると良いかもしれません」


 それでも反応しないハンク・アンダーソンに対しコナーはほとほと、幻滅した。彼の機嫌が上向くのを待っているつもりはない。こうしている間にも変異体は国中で、このデトロイトで、人間に危害をくわえ、殺害し、自由でいる。
 アンドロイドはアンドロイドらしくあるべきだ。そして彼もまた、警官らしく努めるべきである。

 不穏な気配を察したのか彼女も恐る恐る立ち上がり、ゆっくりとこちらに近づいてくるのが視界ユニットの端から見えた。だが、コナーにとって今優先すべきは彼女ではなくこの警官あるまじき男である。
 なんとかして現場に連れ出さなければ、自分もヒスイも、現場に勝手に赴く権限はない。


「あなたが個人的な問題を抱えているのは理解しています。ですがそのことは割り切って、捜査を……」

「おい、もうしゃべるな。うんざりだ。お前はダチじゃないしお前の助言も必要ない」


 どうやらこのハンク・アンダーソンという男には甘く接しても効果がないらしい。
 このままでは非効率的な状態に陥ってしまうだけだ。コナーは彼の表情を読みながら、ソーシャルモジュールを動かす。


「私の任務は事件の解決です。あなたの機嫌を待っているつもりはありませんよ」


 そこまで言えば彼もさすがに立ち上がるだろう。予想通り立ち上がったが、コナーの胸ぐらを掴んだハンクは自身のデスクに近い壁に彼を押し付けた。「ハンク!」ヒスイの制止の声が聞こえる。

 どうでもいい罵倒と、どうでもいい警告がアンダーソン警部補からなされるが、途中で割って入った警官にその行為はそこまでで留められた。
 遠慮がちに、お邪魔してすみません、と断りを入れる彼は昨晩の事件にもいた……たしかクリス・ミラーだ。AX400型の情報が入ったことを知らせに来たらしい。

 レイブンデール地区が現場だということがわかった。それは、近くでそわそわしているヒスイもしっかりと聞いていた。「ああ、わかった」アンダーソン警部補はそれだけ答えるとコナーを離し、踵を返した。

 鞄を肩にかけたヒスイが遠慮がちにコナーの表情を窺った。


「あの、大丈夫?」

「アンダーソン警部補に対してはソーシャルモジュールがうまく作動しないようです。ソフトウェアに異常はないようなのですが」


 自己診断の報告をすれば、少し困ったように彼女は微笑んだ。


「そういう問題じゃないと思いますよ。人間って、そんな簡単にできてないんです。
 何年もかかって、たくさん色んなことに出会って、色んなことを知って、自分の中で消化して……その繰り返しで、その人になるんです」


 どういう意味かコナーには理解できなかった、知識なら自分にだってある。たしかに自分はまだ稼働してからの月日は浅いだろうが、それが問題なら今すぐに解決できるものではないじゃないか。

 そんな訴えは彼女には届かず、いきましょうと言った彼女の、やはり小さな背を追いかけることしかこのアンドロイドにはできなかった。







 レイブンデール地区のコンビニ前でハンクが聞き込みをしているのを、ヒスイはコナーがさしてくれている傘の中でじっと待っていた。
 本格的な捜査に関しては権限もなければ素人もいいところなのだから、こうしているのは当たり前なのだが、やはりお荷物の自覚があるため鞄を抱きしめなるべく小さくあろうとする。

 もちろん昨夜に引き続き現場にあたっているベン・コリンズはその様子に苦笑するしかないのだが、わざわざ縮こまっている彼女をこれ以上恐縮させてしまうほど彼は性格が”良い”わけではなかった。

 どちらかというと、あの堂々たるアンドロイドのほうが彼としては気になって仕方ない。
 そもそもアンドロイド同伴でなければ事務員が職務の彼女が駆り出される羽目になってはいないということは、ハンク・アンダーソンとの長い付き合いからよくわかっていた。そして彼のアンドロイド嫌いも。

 「あれどうするんだ?」つい、コリンズはアンダーソンに尋ねる。昔馴染みだからか、別段その質問に対して不快感を彼が示すことはなかったが無関心といった表情でアンダーソンは答えた。「どうしたもんかね」

 コナーの前をハンク・アンダーソンが通り過ぎようとしたとき、アンドロイドは口を開いた。待っていたとばかりに推理を始める。
 隣に立つ小さな彼女はノートパソコンを取り出していた。それはいくらか濡れることになったが、見た目通り耐久性に優れているらしく、防水機能を遺憾なく発揮させている。


「通りかかったバスに乗って終点まで降りなかった。恐怖に駆られたことによる突発的な行動」

「アンドロイドが恐怖だと?」


 ハンク・アンダーソンは嘲笑じみた表情を浮かべた。それに対し、コナーは至って真面目に「変異体ですよ」と返答する。「感情に圧倒されると理不尽な決断をするんです」どこまでもアンドロイドである新しい相棒は、どうにも馴染めず、その隣に立つ彼女に対してもしっくりはこない。

 そもそも、アンダーソンにとって本格的に現場での仕事というのは久方ぶりである。以前は現場にも多く出動していたが、数年前からは職場にだってほとんど顔を出さない。
 署長であるジェフリー・ファウラーが警部としてではなく友人としてハンク・アンダーソンを庇わなければ今頃とっくに解雇になっていてもおかしくないほどに彼の懲戒ファイルはクソったれの小説ぐらいに分厚くなっていることをヒスイは知っていた。

 だから、彼女がファウラー署長のオフィスで緊張を一瞬解いたのも、彼らの友情はたしかに存在し、署長がハンクを庇っていることが見てわかったからだった。
 もちろん、そういった細かい事柄や心理状況など、アンドロイドであるコナーには到底理解できないことであるし、事実彼はなぜハンク・アンダーソンが解雇にならないのか理解できないといった結果を導き出している。

 だがヒスイはハンクに期待していた。何があったのか、理由までは彼女は知らない。彼女自身がコナーに対し言葉にしたように、人生とは様々な出来事の積み重ね、受け取りがその人格を形成するのだ。
 自分の知らない過去のハンクは優秀らしかったが、二ヶ月以上勤務していて、彼が悪い人間だと感じたことは一度だってなかった。アンドロイド嫌いを公言しているのにもかかわらず、事実彼はコナーと……幾分か敵対心を持っていたとしても……腰を据えて話しているのだ。

 ハンク・アンダーソンはその懲戒記録からは想像できないほど人望にあつい。彼はどこか、人を惹きつける力があるのだな。ヒスイはそう感じていた。

 そんな彼女の思考など、当然ではあるが置いて行かれて、コナーとハンクはAX400型の足取りを推理する。


「それで一体どこにいるんだ?」

「まだ近くにいるのかも……計画もなく、行くあてもない」

「かもな」


 ハンクが同意するのを聞いてから、ヒスイは顔を上げた。「変異体であるならば」すぐに視線をノートパソコンに戻しつつ続ける。「トラッカーが作動しないんです」

 その言葉が理解できない、とでも言いたげにハンクが繰り返した。


「トラッカー?」

「アンドロイドの位置情報を示すものです。LEDリングにその機能が搭載されていますが、変異体は人間に紛れるためLEDリングを取り外す傾向があります。
 さすがに広範囲の捜索は難しいですが、最近トラッカーが機能しなくなった箇所を周辺に絞り検索をかければ…………ビンゴ」


 条件にヒットした検索結果を画面に表示する。相変わらず旧式のディスプレイのそれはハンクにもコナーにも理解できないものだったが、彼女が座標を割り出して簡単に伝えた。「このコンビニの向かい側、ちょうどあの空き家でしょうか」

 たしかに、変異体アンドロイドが隠れるのにうってつけの場所に思えた。問題はぐるりと空き家を囲うフェンスをどう潜り抜けたか、である。


「周辺を調査してみましょう」


 コナーも彼女の意見に賛同する。ハンクもそれには意を唱えずに他の警官たちに引き続き周囲の警戒と聞き込み調査を指示し、三人は廃屋を囲うフェンスへと歩き出した。

 やはり彼女は有能だ。ただの事務員にしておくのはもったいないのではないだろうか。事実、ただの事務員は卒業したわけであるから、肩書きがまた小難しくなってはいるが。
 なぜデトロイト市警の事務員などに留まるのか、コナーは不思議がった。しかし今朝の約束は言及を許すのは署に着くまでの間であったため、すっかり期限は越えている。
 彼女はそれ以上はただの事務員として接してくれとコナーに要求してきた。

 だが、今の彼女はただの事務員ではないのではないだろうか。むしろ、事務員ですらない職務に就いている。
 それをただの事務員として接するのはおかしいことではないか。

 捜索が終わったのちにこの件については彼女に打診しよう。傘の柄に力を入れ、握った。
 雨足は弱まる気配を見せない。




20200108 - No, I may not be perfect but I'm loving this life
( これが完璧じゃないってわかっているけれど、僕はこの生活を気に入っているんだ )





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