01 : 被験者と来訪者







くつくつ、と。スープのいい匂いがあたしの鼻を刺激して脳まで伝わり覚醒させるまでそう時間は要さなかった。
目を開けると、見慣れない(当たり前か)天井がまず視界に入る。
次に首だけ動かして横を見る。どうやら小さな小屋のようだ。

窓から外を覗けば、少し高いところにあるようで、下に綺麗な町のようなものが見えた。

ほどなくして小屋の主らしき人物から声をかけられる。


「起きていらしてたのでしたら、そうおっしゃってくだされば良かったのに。」


そういう声はどこかで聞いた声。…ピカチュウとか思っても言っちゃだめ。

視線をそこに向けると、ゆるいルームウェアのようなものを来たイオンが立っていた。
はたして導師が何故ここに?ってかここどこ?ダアトの教会って小屋だったの?
みたいな疑問があたしの中を駆け回るのを顔には出さずに口を開く。


「すみません、ここはどこですか?」

「僕の小屋ですよ。急に上から降ってきたので、びっくりしました。」


にっこりと、彼は笑った。その顔がどこか胡散臭くて、また窓から町を眺めた。
どこかで見た、映像のような…フラッシュバックするように記憶が目の前に飛び出す。
あの建物は・・・


「ダアトの、教会…?」

「ああ、あそこに建っているものはそうですよ。僕はイオン、本当は僕がここにいるのは内緒なんですけれどね。」


療養のためにここに。そう言う彼の顔色は確かに悪い気がして、また記憶を探る。


「も、もしかして…今何年ですかっ!?」

「ND2016ですよ?どうかしましたか?」


やっぱり…間違いない、ND2018…アクゼリュス崩落の年、レプリカイオンは2歳だ。
つまりここにいるのは・・・


「被験者、イオン・・・?」

「っ…!?」


明らかな動揺。やっぱりそうだ。
ゲームで出てこなかったからわからなかったけれど、こんなところで暮らしていたんだ。


「あんた、何を知ってるわけ?」


いきなりドスのきいた声がして、目だけでイオンを睨んだ。
今までだってよくそうやって脅されてきたし、そんな声は慣れっこだけど。
少し考えてから、あたしは真っ直ぐイオンを見た。


「全部…知ってる。あたしは預言以上の未来を。」

「どーいう意味?」

「預言は、ある少年によって捻じ曲がる。まぁ、信じなくてもいいけど…。」


ガキのくせに、と言う彼の目にはあたしは一体いくつくらいの子に見えるのだろうか。
それよりもたしか、この人…今年には死ぬんじゃないっけ?
記憶違いかもしれないが。そう思ってベッドを抜ける。
足が少し痛んだ気がした。


「まだ、あんたの足の捻挫は治ってないよ。そんな身体で何する気さ」


何も言わず、あたしはイオンの前に立つ。
とん、と胸に手を置いて確かめてみる。手首を掴んだり、首を触る。

心臓の音も綺麗だし、脈も少しはやいくらいだ。
ただ少し呼吸が乱れているように感じた。

調べておいてなんだが、あたしはまったく病気かどうかなんてわからない。
ただの一般人だし。
けれど目の前にはまだ救えるかもしれない命があって。

・・・ってあれ?あたし、そういえば最強設定だったんだっけ?


「最強設定ヒロインならなんとかなるよねぇ…」

「なにいってるの?あんた…」


イオンの言葉はことごとく無視して、目を閉じる。
全身のフォンスロットがなんとかとか、音素がなんとかとかそんなことは知らない。
あたしはこの人を助けたい…ただ、それだけ。


「力をっ…」

「あんたっ…いったい、なにを」

「だまって!」


ただひとつの集中。
世界を愛してほしい。守れる命はすべて守りたい。
ただ、幸せになってほしい。


-- エンジェルドロップ


瘴気のような…気味の悪い霧がイオンを包む。そして、凝固して珠になって落ちた。
イオンは気を失ったらしく、倒れていた。
その身体を小さくなった背にのっけてベッドまで運んだ。


「あたし…間違ったの、かなぁ…」

『間違ってはおらぬよ』


どこからか声がして、咄嗟に振り向いた。
あぁ、マクスウェルが勝手に出てきたみたいだ。


『病の根源であるのは、あの霧のようなものじゃ。今は珠になっておるがの。』

「障気…とは違うの?」

『…そうじゃのぅ、たとえばじゃが、インフルエンザというウィルスを気化したようなものじゃ。』


そうなんだ…とイオンを覗き見た。
すうすうと、子供らしい寝息を立てていて、先程の釣りあがった目は想像できない。


「…にしても、相当疲れるね、こりゃ。」


狭まっていく気管支を感じつつ、そっと喉に触れた。
音がする。狭い気管から空気が抜けるときに聞こえる独特な音。
あたしはこの音が大嫌いだった。

マクスウェルは死ぬ運命の人を助けるのには常に自らの命との戦いだと、言って消えた。
そうかもしれない。たしかにこの人は…死ぬ運命で。
あたしもこの人に命をかけた。

そして、この人もあたしも助かった。

本当はこの場を去りたかったけれど、落ちる瞼にあたしは抗えるくらいの体力もなくて。
寄り添うように、この少年の横で眠りについた。
分散される体重に、ベッドが軋む音がした気がした。







外には朝日が見えて、少し眩しくて目を覚ました。
次の日まで起きられなかったようだ。まだ、少し身体が重い。


「おそよう、異世界の来訪者。」


嫌味を混ぜたこの言葉であたしの脳はやっと活動を始めた。
朝から目覚めの悪いこの声の主を少し見やって、また外を見た。


「あんたのこと、少し調べさせてもらったよ。」



--- ND2005 異世界の来訪者、ローレライの使者として地に君臨す。
--- 其は、夜のような漆黒の髪と瞳を持つ少女なり。
--- 異世界の来訪者はローレライ教団のもう1人の導師となり、世界を救うだろう。



「これが、あんたに関わる預言さ。これより前も後もあんたの預言は存在してない。」

「…って、今ND2005じゃなくないですか?」

「そこが問題だったんだよ。だから"レプリカを作った"。」


イオンの話を要約すると、元々あたしの預言はND2000、つまりアッシュが生まれる頃の預言だったそうだ。
それを毎年毎年書き換えていたが、ユリアの間違いだったとして預言ごとモースが封印した。
元々秘預言だったので知っている人間がごく僅かであったことが幸いしたらしい。
それからイオンのレプリカを作り、あたしが登場した・と。


「じゃああたしがのこのこ出て行ったら、イオンのレプリカは始末されちゃうの?」

「まぁ、本来ならばそうなんだろうけど…僕が遺言としてレプリカを作るようにヴァンに頼んであるから、現導師が2人になるんじゃない?」

「そっ…か……」


わからなかった。
ほっとしたような気もするし、もどかしい気もする。

本当に生まれないほうが良かったのかな、彼は。
生まれたことを後悔しているのかな…?

そう思うと少し、胸が苦しくなった。
イオンが持ってきてくれた水を飲むと、幾分か楽になった。


「僕さ、あんたに礼なんて言わないよ。たのんでないし…。
 で、でも、あんたがスムーズに話が進むようにいいものをあげるよ。」

「…へ?」


そう言ってイオンがあたしに手渡したものは、音叉だった。
それは少し古い感じがして、イオンを見た。


「前導師エベノスが僕にくれたものだよ。僕は導師じゃないんだし、あんたにやるのは当たり前だしねっ!」


その一言で、あたしは緊張感が抜けて笑った。
なんだ、ちょっと捻くれているけど…ただの普通の子じゃない。


「イオン、ありがとう。優しいんだね。」

「…優しくなんか、ないよ。」

「あたしが出て行ったら、なるべくはやくここから逃げなよ。
 モースがイオンが死んでないと知ったら、始末しにくると思う。預言を実現するために。」


イオンは、もちろんと言うように頷いた。

それから、と、あたしはつけたすようにイオンを見た。


「イオンの居場所がわかったらこっそりアリエッタに伝えておくよ。ライガを見かけたら警戒しないであげて。」

「…余計なお世話だよ」


身体がだいぶ軽くなったあたしは、念のために薬を飲んでから立ち上がった。
あ、鞄はあたしの近くにあったらしくてイオンが持っていてくれたらしい。

音叉を首にかけてから小屋を出る。


「お世話になったね、イオン。」


じゃ。とあたしは軽く手を振る。
待って!と叫ぶ声が聞こえて振り向いた。


「あんた!名前は!?」


少しだけ遠くなったイオンに、あたしは笑いかけた。


「ヒスイ!」

「ヒスイ!あんたもきてよ、また僕に会いに来て!待ってるから!」

「もちろんだよ、イオン!またねー!」


ばいばいじゃない、またね。
あたしが大好きな言葉。

また会えることを信じて、あたしはもう一度山道を歩き始めた。




「ヒスイ、…"世界を歪めし光"か。ヴァン、預言を歪ませるヤツがきたよ?」


そんなイオンの呟きなんて、あたしは知る由もなく。







07.12.27 Old Story 01 -- あんたのこと、結構好きだよ。僕。





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