02 : 優しい瞳








ダアトの教会まで簡単に着くことができた。
まぁ、病に倒れて死ぬはずの被験者イオンを魔物の多いところに置くなんて、預言大好きっ子モースがやるわけないか。

教会の前までくると、人だかりができていた。


「導師様が病に伏せっておられるそうよ!」

「ユリア様は導師を見殺しにするのか!!」


怒声が聞こえて輪の中心にいる男は焦っているようだった。
それもそうか、こんなに噂になったんじゃ困るよね。

あたしは男に話しかけた。この細長い人がモースには見えなかったからだ。


「こんにちわ、教会に参拝にきたのですが、どうしたのですか?この人だかりは。」

「おぉ、ようこそ。お嬢さんは知らないのですか?
 今導師イオンがお倒れになられて、命に別状はないのですが、噂には尾鰭がつく。」

「なるほど。」


命に別状はない、ね。
見殺すくせによく言うよ…なんて思ったけれどこの人はきっと知らないのだろうし。
真実を知っているのは本人と、モースとヴァン、その他だ。
わかってはいるけど腹が立つ。


「あたしはヒスイと申します。貴方は?」

「私は詠師トリトハイムと申します。参拝の方でしたら、どうぞ。」


教会には入れるようで、いれてもらうことができた。
人だかりはどうやらトリトハイムに詰め寄っていただけのようだ。
詠師というのも気の毒なものだなぁ、と思いながら重い扉を閉めた。

確か、ゲームではこっちだ。
あたしは右側の扉を開けて譜陣の前に立つ。


「えっと…"ユリアの御霊は導師と共に"」


途端、床が光った。
すごい…これが譜陣なんだ!!乗っかったらやっぱり飛ぶのかな…。

マンホールの上に乗って5秒で異世界にトリップするという、あの奇々怪々な都市伝説を信じて試してみる幼心に似たものを感じ、あたしはその光る譜陣の上に立った。
ふわり、と浮く感覚がして光に包まれる。目がおかしくなったのかと思うくらいの、光。

暫くして地に足をつけると、前と、右と左に道があった。


「すごー…いや、導師の部屋は右かな?」


ゲームと同じように階段をのぼる。長い。長い…長い。

段々と足があがらなくなってきた。ディストが乗ってるあのイスが恋しい。
やっと導師の部屋の前にたどりつくと、一応3回ノックして扉を開ける。


「こんにちわー。」

「あっ…。」


びくっ、と怯えた瞳があたしをとらえた。紛れもなくあの小屋で見たイオンに、あたしは驚きを隠せなかった。
こんなにも精密にできているんだ…レプリカって。
相変わらず綺麗な緑の瞳で、でもそこには自信とか、汚い感情はなくて。
それでも負の感情ばかりが緑の瞳に映るあたしを染めていく。


「こんにちわ、イオン様。本当は神託の盾騎士団本部に行きたいんですが、ちょっと迷いそうだったのでここにきちゃいました。」

「僕は、導師イオン、です。すこあは、いまはよんでいません。」


きっと覚えたてなのだろうその言葉を聞いて、あたしは眉間に皺を寄せた。
とりあえず誰かきたらこう言えと言われているのだろう。それなら鍵くらいかければいいのに。

そうは思ったけれど、相変わらず怯えているイオンに近づいて頭を撫でた。


「えらいえらい。よく言えましたー。
 私は、ヒスイです。預言を詠んでもらいにきたわけじゃないの。」

「ほう、だったら何故この部屋にいる?」


ギロロヴォイス…じゃなくて、髭の声が聞こえて振り向いた。
やっぱり髭がそこには立っていた。


「ND2005 異世界の来訪者、ローレライの使者として君臨す。
 其は、夜のような漆黒の髪と瞳を持つ少女なり。
 …被験者イオンからこの預言をききました。」

「ふむ、ではお前が異世界の来訪者と言うのか。」


あたしの胸にかかっている音叉を見ながらヴァンは、問いにも似た呟きを溢した。


「髭さん、貴方の計画をバラされたくなければあたしを2人目の導師にしてください。
 そうしたら"今は"邪魔しません。」

「…それは後で、は邪魔するということか。面白い子供だな。」

「…こう見えて、あたし18なんですけどー。」


ガタン、と明らか動揺した感じでヴァンは目を見開いた。
まさかこんな小さい子が?とでもいうような視線…いい加減やめてくれないだろうか。

少し前にひとりで街を歩いていたときに声かけてきたお兄さんは、あたしが中学生だと思ったようだ。
ナンパってわけじゃないと思うけど…おじさんに近いお兄さんだったし。
確かに化粧気のない顔で街をどうどうと歩いていたら中学生に見えるかもしれないけどさ。

と、とにかく、脅してでもなんでもヴァンを説得しなくちゃー・・・
と思ったのも束の間、あたしが苦い過去を思い出している間にどこからかヴァンが戻ってきた。
なんだろうか、あの布キレは。


「導師の服だ。あのモースを抑えられるのは多分、今のところ私しかいないのでな。
 納得させるまで少し待ってくれないか?」


導師イオンもお前のことが気に入ったようだしな、とつけたしてヴァンが出て行った。
渡された服をイオンの前では着替えづらいので、奥の部屋を貸してもらって着ることに。





・・・で、着てみたんだけど。
基本はアニス・タトリンみたいなんだけど、いたるところに星や月みたいな飾りがついてる。
黒調の服で灰色のかぼちゃパンツ。どう見ても子供用な服はッ…!
ま、まぁ、ミニスカじゃないだけいいけどさ。

飾りのピアスもつけて、音叉を首から下げて部屋から出る。
ひきつり笑顔のあたしを心配するかのようにイオンはあたしの顔を覗き込む。


「あの…」

「大丈夫ですよ、イオンさま。」


あたしが笑えばイオンも真似するように笑う。
生まれたばかりの赤子同然の人間にかじった知識を与えたくらいでは、まだ十分大人とは言わない。
その子供はあたしの感情に敏感なようだった。

と、扉がノックされた。イオンがどうぞ、と声を出した。


「ふぅーむ…そなたが"異世界の来訪者"か。確かに夜のような黒い髪に合わせて黒い瞳は珍しいものだが…」

「これは、大詠師モース様直々にご足労くださいまして。初めまして、ヒスイと申します」


後ろに立ってるヴァンを睨みつけるようにして、あたしは言った。
なんでモースなんかをつれてきたんだよ、とでも言うように。


「そなたを、導師とする。現在導師育成のために遅れている公務を中心にやっていただきますぞ。」

「…どこで?」

「一応新導師様がいらっしゃるを想定して被験者が前導師エベノスが部屋を用意していましたので。」


最後にヴァンが恭しく頭を下げた。
そうか、ND2000の導師はエベノスだからか・・・。

そのままモースとは別れて、あたしはイオンにまたくると挨拶をしてからヴァンと出て行った。


「よくモースを説得しましたね、あたし、殺されるのかと思いました。」

「導師と呼ばれるからにはダアト式譜術が使えるでしょう、易々とモースも殺されたくないでしょうからね。」


あたしで脅したのか…!!

あたしは少し肩を落とした。


「それに、その音叉は被験者イオンのものだ。それを持っているということは、被験者とはあったな?」

「あぁ、えぇ、まぁ。残念ながら預言は狂ったと思いますよ。あ、モースに内緒にしてください。」


根本的にあたしと貴方は同じ目的でしょうから、とあたしが笑えば、大きくごつごつとした手があたしの頭を撫でた。
基本的に手が置きやすい位置に頭があるためか、昔からあたしは撫でられることが多い。


「神託の盾騎士団主席総長ヴァン・グランツだ。」

「ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデ、まぁヴァンさんって呼ばせてもらうけど。」

「侮れんな、小娘。・・・その服、似合ってるぞ。」


大して気迫を感じられなかった。ヴァンは、いいやつなのかもしれない。
いや、そうやって油断することはだめだ…ルークの二の舞になる。


「ここが部屋だ。導師の部屋に近いから、お前も不自由せんだろう。
 机の上の書類は公務の資料などだ。読んでおいてくれ。異世界と文字は一緒か?」


気を使うようにいうヴァンに、マクスウェルの言葉を思い出した。
そういえば読める書ける話せるの三拍子そろってオプションつけてくれたっけ。


「多分平気ですよ。それより、あたしの導師守護役をある方にしてほしいんですけど。」

「ふむ、誰だ。」

「レプリカイオン。5番目のね。」


にっ、と笑うと、ヴァンは顎鬚を撫でながら考えた。
さぁ、どうでる?栄光を掴む者、さん?


「レプリカイオンは7番目以外排除したのだが。」

「…ってことはまだ拾われてないのね。生きてるよ、5番目は。
 じゃああたしが探してくるっ」


待て、と肩を抑えられて、仕方なく止まった。
シンクは…はやく助けないと、シンクは。


「お前には公務が…。」

「じゃあ"あたしが"行かなければいいんだな?」


あたしは、切羽詰ってた。わかってる、預言が簡単に狂わないことくらい。
この後必ずシンクは見つかるんだ、でも、もし見つからなかったら?
そんな不安が募る。

いや、預言はあたしの存在が明らかになってから既に狂ってる。
今更"有り得ない"は言い切れない。

あたしは片手を上げて叫んだ。


「シルフ!!」

『はーい、呼んだ?』

「緑の髪と瞳の男の子がどっかで迷子になってるから探してきて。」

『ボク、一応大晶霊なのに!』


そう言いながらも消えていくシルフを横目に、これならいいでしょ、とあたしはヴァンに言う。
あたしから風の音素が今抜けきっている状態だ。
ここで風の属性を持つ音素を使うと暴走するのはなんとなく想像がつく。

こういう知識も、もしかしたらマクスウェルがインプットしてくれているのかもしれない。


「第三音素の意識集合体…シルフ!?」

「そうなるのかな。」


あたしは椅子に座ると、書類を眺め始めた。部屋は普通の部屋より格段に広いし、何が備わってるかくらいは容易に想像がつく。
文字は最初はミミズが走ったようなものにしか見えなかったが、よくわからないけど…頭で理解することができた。
マクスウェルに感謝しつつ、イオンが処理できない仕事にハンコを押したりすることになった。
まだハンコはイオンと書かれているんだけど。


「明日にも導師就任儀式を行う。」


気持ちだけ準備しておけ、と言われたけれど、ゲームにないことをどう覚悟しようにもできない。
それと、と付け足すように言われた。


「お前の言う導師守護役が働けるようになるまで、別の導師守護役を連れてくる。」

「はぁーい。」


ヴァンが出て行ったと同時に、窓が開いた。シルフだ。


『見つかったよ、おねーちゃん。コイツでしょ?』

「いい子だねぇ、シルフ、よくやった!えらいえらい♪」


緑の少年をソファに寝かせると、シルフの頭をくしゃくしゃと撫でた。
どことなく恥ずかしそうにシルフが毒を吐いて消えると、緑の少年が目を開けた。

その目はまだ穢れを知らない、優しい瞳だった。








07.12.29 Old Story 02 -- さぁロレッタ、笑ってみせて?






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