05 : 大切な感情







最近、執務室がやけに静かで困る。






シンクが、最近部屋にこないのだ。
わかっているつもりだけど・・・シンクにはシンクの仕事がもうあるし、あたしはもう導師だ。

数日前に新たな導師であることが発表された。ダアトに暮らす人たちはやっぱり戸惑ってて。
名乗り出ない方が良かったのかもしれない。

仕事も済ませて教会のほうへと歩いた。
参拝者がチラリ、とあたしを見て慌てて頭を下げる。
小さな少年があたしに抱きついた。


「あたらしいどうしさまだっ!」

「うん、そうだよ。あたしはヒスイ、君は?」

「キリルだよ。」


そう、キリルくん。
あたしは右手を彼の頭の上に乗せた。ぱち、ぱちと音が鳴って小さな結晶ができる。
預言を読むときには必ずできる譜石だ。


「今日はいつもの木にはのぼらないほうがいいかもね。」

「ホント!?じゃぁ川で遊んでも大丈夫??」

「うん、川は平気だよ。」


そういって譜石を手渡すと、ありがとうと笑って母だと思われる女性と教会を出る。
きっと彼は木から落ちずに済むだろう。

そう思って踵を返すと、それを見ていたように銀髪の男性がこちらに歩いてきた。
というか彼の後ろにある豪華な椅子が気になる。


「初めまして、導師ヒスイ。私は六神将の薔薇のディストです。
 貴方の身体検査をしたいのですが。」

「身体検査の予定なんて入ってなかったハズですよ、薔薇のディストさん?」

「ッ・・・!」


彼は途端に顔を赤くした。(何故だろう?)
詠師ヴァンからおおせつかったと恭しく彼が頭を下げる。


「わかりました、ヴァンの命令なら仕方ないですね。どうもヴァンは元々あたしの身体を気にしていたみたいだし。」

「あ、はい。じゃぁ案内します。失礼・・・」


そういってディストはあたしを持ち上げて・・・って持ち上げて!?
そう、あろうことかお姫様抱っこで変な椅子に座ったのだ。
その椅子が宙に浮く。・・・これがあのディスト御用達移動椅子なのかぁ。
譜業って便利なものだなぁ。

そのままディストの私室まで送られて、やっとあたしは解放してもらえた。
恥ずか死ぬところだった・・・。

変な機械っぽい椅子に座らされてライトをあてられる。まぶしい。
そのままひかりがピカピカとひかるとなにやらディスプレイを見てディストが声をあげた。


「あ、ああああありえないです!貴方、何者なんですかッ!!」

「導師?」


けろりとしてあたしが答えれば、椅子からおろされてディスプレイを見せられた。
なにやら10秒ほど(体感だけど)のグラフが描かれている。


「貴方の音素振動数は変化するんです、音素振動数が同じ人間がいないと言うのは常識ですが、まさか変化する人間がいるとは・・・ッ!」

「珍しいことなの?」

「珍しいもなにも、ありえないんですよッ!」


ディストは譜業の調子を見始めると、背後から声がした。


『マクスウェル様から、貴方の音素振動数についてお話するよう言われました。』

「ウンディーネ、ですか?」

「第四音素の意識集合体・・・!?」


もうディストが泡を吹いて倒れそうになっているのでこっそり支えながら、ウンディーネの続きを待った。
それに気付いてか、あらあらとおっとりと彼女は話し出した。

ディストが正気を取り戻したようにいきなり正座をし始める。


『そちらに座っている方の言うように、この世界での音素振動数は個々にあり、そして固定です。
 ですが貴方の場合貴方という音素振動数を定めることができなかったのです。』

「それはマクスウェルが、ってことだよね?」

『はい・・・そのため、貴方は私たち意識集合体を操ることができるのです。』

「つまり体内の莫大な量の音素を体外に放出したりするためにあたしの身体は音素の量を一定に保てない?」

『保つことは即ち、死だということなのです。』


ウンディーネはチラリとディストを見、にこりと笑った。


『彼女、ヒスイはこれで健康な身体です。ただ少し持病を抱えているので激しい運動は避けてください。
 それから、薬はこちらで用意します。何分特殊なものですから。』


ウンディーネはそれだけいうと、ふわりと消えた。あたしの中に戻ったんだろう。
っていうか意識集合体だったんだホントに!てっきり大晶霊(TOE参考)だと思ってた・・・。
てか激しい運動を避けろってなんかウンディーネってお医者さんみたいだ。
あたしもよく世話になったものだ。

放心状態にあったディストの頬をぺちぺちと叩くと、はっと我にかえってあたしを自分の椅子に座らせた。
わー、ふかふかだ。

その気持ちよさにすっかり馴染んでいると、ディストが何か作り始める。


「何を作っているんですか?ディストさん。」

「ディストで良いですよ。これは古くからある譜業で、呼吸や脈を正常かそうでないかを見分けるものです。
 貴方の身体にどんな"悪魔"が潜んでいるかは知りませんけど、音素振動数から健康であるか見分ける譜業は貴方には通用しそうにないので。」

「そうですねー。あんまし、譜業ってわかんないです。一応プログラムくらいは読めますけれど」


そっち系の勉強してたので、とへらへらと笑うと、一冊の本を手渡された。


「譜業の操作書です。貴方は作る立場ではなく使う立場にあるということなら、その本が参考になるでしょう。」

「ありがとう、ディスト。」


そう言うとディストは「べ、別に貴方のためではないですから!仕事なので!」とかぶつくさ言っていた。
あたしにこの本を渡すことが仕事なのだろうか・・・?
とりあえずぱらぱらとめくる。あまり向こうのプログラムと大差ないんだなぁ。

文字は古代イスパニア語を使っているのが違うくらいだ。
なんたってプログラムは英語だったし!

暫くしてからディストはあたしの腕にバンクルをはめた。


「きれー・・・。」

「この石が赤くひかったとき私に信号と現在地を知らせます。貴方が危険な状態にあるときです。」

「すごいね、流石薔薇のディスト様だ。」


あたしがそう言って笑えば、また顔を赤くするディスト。
ああ、薔薇の・・・って言われ慣れてない、とか?

くすくすとあたしが笑うと、ディストは尚も顔を赤くして「わ、笑うことないじゃないですか!」と喚いた。


「でも、あたしのレプリカは考えないほうがいいかもね。
 音素振動数が固定でない以上、作れるはずがない。」


そうでしょう?とあたしが言うと、ディストは黙った。
これはヴァンに頼まれてあたしのレプリカを作るための情報採取だろうことはあたしの予想だ。
だがその勘も当たったみたいで、ディストはただ黙っていた。
それが肯定であるかのように。

トントン、と軽いノックが聞こえ、ディストがどうぞ、と短く答えた。


「あ、はじめましてディスト様。私は元第六師団所属、ラクト=ブラウズです。
 今日から導師守護役を仰せつかりましたのですが、こちらに導師ヒスイはいらっしゃいますか?」

「あ、はい、あたしっス。」


ディストの椅子からトン、と降りると、ディストにまた遊んでねと言って本を返した。


「あ、バンクルありがと。大事にするね、それじゃまた!」

「では失礼しますね、ディスト様。」


そう言ってあたしたちはディストの部屋から出て行った。
正直助かった、あの空気に耐えられそうになかったから。

あたしはちらりと横の男性をのぞき見る。年齢は二十歳前半、痩せ型、綺麗な栗色の髪が特徴的な優しそうな男だ。
ただどうもひ弱そうに見えて仕方ないのが難点というべきだろうか。


「えーと、導師守護役、ってシンクの後任ですか?」

「シンク様は『ボクはどうしてもヒスイの隣を譲る気はないね!』っておっしゃっているらしいので、
シンク様のいないときの担当というカタチですねー。」


へらへらと笑う彼に、思わずそうなんですかーとへらへらと答えてしまう。
ッハ!いけない、彼のペースにのまれそうだ・・・。


「らしいっていうのは直接は聞いてないんですね。」

「はい、直接話したことがないもので。ヒスイ様、本日のご予定は?」


たしかにシンクは第五師団長であり参謀長官だ。一般兵のお目通りがかなう相手ではない、らしい。

あたしは予定がないことを伝えると、嬉しそうに何処に隠していたのかバスケットを取り出した。
甘そうなお菓子がたくさん詰まっている。


「お茶、しませんか?」

「は、はい!わー・・・美味しそう。暫く甘いもの食べてなかったからなぁ・・・。」

「そうだと思って。ヒスイ様忙しそうですから・・・。」

「そんなことないですよ、ラクトさん。イオンが仕事をだいぶ受け持ってくれているから。」


そう、イオンはやっと"回復した導師"として表に出ることができたのだ。
あれ以来あたしはイオンとは会っていないけれど、仕事ができるようになってからはあたしはほとんど暇も同然になった。

ラクトで良いですよ、と彼がバスケットを胸に抱えて笑顔で言った。


「紅茶もたくさん買ってきたんです。ダージリンとかアールグレイとか・・・。」

「あ、あたしアールグレイがいい!」


そんな話をしながらあたしの私室に着く。
早速紅茶を淹れながらラクトが用意をする。結構器用みたいだ。


「実はこのお菓子、私が作ったんですよ♪」

「すっごー!あたしもたまにクッキーとか作ってたけどこんなに綺麗に焼けなかったなぁ。」


訂正、彼はかなり器用みたいだ。

元第六師団所属ということはカンタビレが上司のハズ。カンタビレについては一切情報が入ってこないから、正直興味があった。


「カンタビレさんってどんな方?お会いしたことがないんだけど・・・」

「そうですねー・・・すごーく、カッコいいかなぁ。彼女に憧れて私も神託の盾騎士団に入りましたから。」


田舎に飛ばされちゃったんですけどねぇ、とへらへら笑う。
絶対事態の深刻さを理解していなさそうだ・・・。

淹れてもらった紅茶を受け取って、クッキーをつまんだ。他にもマフィンやらスコーンやらがたくさんつまって甘いにおいを放っている。


「あ、すごい美味しい・・・。」

「ヒスイ様にそう言ってもらえると嬉しいですねー。」


そう言って紅茶をラクトは口に含んだ。それを見てあたしも一口飲む。
あ、すごい美味しい。お茶を淹れるのも上手いみたいだ。

シンクとは全く違う種類の人間が導師守護役になるのはわかっていたけれど、まさかこんな180度違う人間がくるとは思わなかった。
そう思ってマフィンに手を伸ばした、そのときだった。

扉が開いたと同時に風のように何かが飛んできてラクトを襲う。


「アンタヒスイに何してる!?」

「随分手荒なご挨拶ですね〜。」


シンクの一撃をか細いレイピアで受け止めていた。
すごい、あたし全然見えなかったのに!
ていうかラクトめっちゃ弱そうなのに!(失礼)


「シンク、落ち着いて!ラクトはシンクの後任の導師守護役!」

「ボク導師守護役やめてないし!ヒスイはこんなヒョロ男がイイワケ!?」

「いいとか悪いじゃなくてシンクが忙しいからなの!」


シンクはむっとした表情でレイピアから拳を外す。流石に刃にあたった拳からは血が滴り落ちていた。
ラクトはすみません、シンク様。と少し申し訳なさそうに謝罪するが、まったくシンクはそれに答えない。
まぁ生まれてまだ数ヶ月の子が親をとられたような気持ちなのかもしれないなぁ。
(とは言ってもあたしは親をとられた記憶はないのでわからないけれど。)

そっとシンクの手を握って、傷に譜術をかける。


「とっておきだぞ・・・レストア。」


ふわり、とシンクを柔らかい光が包んだ。
レストアはキュアの地属性FOF譜術だ。キュア自体の取得が難しいにも関わらずそのFOFをFOFなしに発動させたのが、
シンクとラクトにとっては驚きだったのかもしれない。
現に彼らの目はまんまるだった。(面白い)


「あ、アンタFOFは・・・。」

「あたしね、FOFを体内で作れるみたい。逆に言うと、キュアそのものは使えないんだよね。」


へらへらと笑うと、すごいですねーとラクトはまた先ほどの調子に戻って紅茶を淹れ始めた。
さっきのシンクの襲撃で他の紅茶はこぼれてなかったけれど。


「シンク様もお茶、しませんか?」


いきなり襲ってきた相手にこう言えてしまうのだから、彼はある意味すごい逸材だとあたしは改めて感じた。








08.07.14 Old Story 05 -- 笑っていれば、すべてを直視せずに済むから。






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