04 : 描かれた譜陣







いつだったか、尋常ではない量の公務があった時のこと。
ボクはまだ少ししか言葉を紡げなかったあの日の話。





「ごめんね、シンク。今日は物凄い量の公務があってな、悪いけど付き合えそうにない。」

「ん・・・。」


返事をする。なんていえばいいかわからない。

コンコン、とノックが聞こえてひょこひょことボクは扉まで歩いてこっそり開けた。
怪しい人間ではないか確かめるためだ。

そこにはヒゲ・・・もとい、ヴァン(ここで結構偉い人らしい)が立っていて、にこやかにボクに挨拶をした。


「初めましてかな、シンク。
 今日は導師ヒスイに呼ばれていてな。」

「・・・ヒスイ」


ボクが呼ぶと「どうぞ、ヴァン」とと奥から聞こえた。
ヒスイがどうぞ、と言えばボクはその人物を招き入れることになっている。


「ごめんヴァン、第七音素の不安定さを無くす為には譜陣を焼かないとダメ、なんだよね?
 このままだとシンクは乖離しちゃうから、その対策を講じないとなんだけど・・・。」

「それで私を呼んだわけか、ヒスイ。」

「そそ、ヴァンならお安い御用、だろ?」


カイリ?セブンスフォニム?フジン?
一体なんの話なんだろう、ボクはただその話をじっと聞いていた。

一通りの会話が済んだらしいヒスイはボクの方に寄ってきて、頭を撫でた。


「ごめんね、シンク。シンクはこのままだとあたしと一緒にいられないんだ。
 だから、あたしと一緒にいるためにちょっとだけ痛いのを我慢できる?」

「ボク、消えるの?」


火口に捨てられたときは、どうでもいい、と思ってた。
だけど今は・・・なんか嫌だった。

がいない場所に行くことが、その先が無であったとしてもボクが嫌なんだ。
初めて抱いた欲はそんな些細なことだった気がする。

不安になってボクがヒスイに尋ねると、横に首を振った。
たしかこの動作は違うときにしたはずだ。


「シンクは、あたしと一緒にいたくない?
 あたしといるのが嫌なら拒絶していいんだよ。痛いことだし、シンクが決めることだから。」


でもあたしは一緒がいいな。
そう言ってヒスイが寂しそうに笑うから、ボクはヒスイを抱きしめた。


「ボク、ヒスイと一緒がいい。」

「・・・うん。ありがとう。
 頑張れる・・・?」

「うん」


ボクはヒスイを離すとヴァンの元に行った。「失礼します。」とヴァンが頭を下げてボクの手を引いて部屋を出る。
ふと、立ち止まってボクを見た。


「お前に聞きたいことがあるのだが。」

「なに?」

「ヒスイの服の色についてどう思う?あの導師守護役のアニス・タトリンのような・・・桃色か。
 それともあの漆黒の髪を際立たせるような白か・・・いやいっそ黒か!?
 私のヒスイはどの色でも可愛いから困る!!」

「(なにこのキモイの・・・)」


ヴァンは鼻息を荒くして何色がいい!?と攻めてくる。
ボクはまだ細かい色を知らないので、髪を指差した。


「これ。」

「緑・・・か。」

「うん、この色嫌い。だけど、ヒスイがこの色なら好きになれそうな気がする。」


そう言えば、ヴァンはそうか、とだけ言ってボクの手をひいた。

薄暗い部屋に入ってボクの身体を寝かせるヴァン。
石でできたその部屋はヒスイの部屋よりずっと遠くて、部屋に入ったとたんに異様な空気に包まれた。
これはきっと、ケッカイ、というやつだ。
ヒスイの部屋にもそれがあるけれど、全然感じないようにできてる。


「この部屋は体内の音素を落ち着かせる効果と防音の効果を秘めてある。
 ヒスイの部屋を出てから息苦しかっただろう?」

「(そういえばそうだったかも・・・。)」

「これから譜陣をその身体に描く。これには痛みをかなり伴うため、我慢できなければ思い切り叫べばいい。」


そのための防音だ、とヴァンは笑った。

ヴァンが言うには導師の部屋にも同じような結界が張られているが、ヒスイは自分で"だあとしきふじゅつ"を使って張っているらしい。
それはボクに足りない導師の力だ、とヴァンは言った。

ボクは気がついたらヒスイの部屋に居た。だけど、それ以前の記憶もある。
あの何かの変な譜業でボクと同じものを作り出して、ひとりだけを選んで、あとはザレッホ火山に捨てられた。
仲間が次々に消えた。
廃棄、という言葉だけが頭に残る。ボクに向けられた言葉だけど、他のやつにも同様にそれを言った。
だからボクを呼ぶための・・・つまり、名前じゃないことはわかった。

生に執着がなかったボクはならせめて苦しいと感じないようにと意識を捨てた。
別に生きたいとは思わなかったんだ。

ヒスイに会うまではボクは生に無頓着すぎた。
だけど、こうしてボクは生きる道を選んだ。
大袈裟かもしれないけど、ボクにとってヒスイは女神だったし、世界でもあった。

服が脱がされる。
少しは痛まないように、とヴァンが掠れた声で唄を紡いだ。
心地のいいものではなかったけれど、不意にボクの意識はそこで途切れた。







肉が、引き裂かれた。
瞬時にそう思った。起き上がるのが辛くて視線だけでまわりを見た。


「起きた?」


安心する。そんな声がした。
その声の主はひどく心配したようにボクの顔を覗き込んでいた。


「・・・ヒスイ。」

「痛いか・・・大丈夫か?ちょっと痛み止めの魔法を施すからじっとしてて。」


そう言って起き上がれず横たわったままのボクの上半身に手を掲げる。
ぶわっ、と風が起きて陣が浮かんだ。
カギがかかっていくように組み込まれる陣に痛みがぷつり、と途切れた。


「さっきダアト式譜術の本を読んでたんだ。これは一時的に神経を麻痺させるみたい・・・。
 だから痛いことはこの譜術がかかっているときはしないで。致死量の怪我をしても気付かないで死に至ることもあるから。」

「・・・ありがと、ヒスイ。」


ボクがそういうとヒスイはボクを抱きしめてきた。頑張ったね、そういってボクの緑の髪を撫でた。
柔らかい彼女の匂いが一気に離れて、ボクは彼女を見た。

胸を、押さえてる。


「っごほ・・・!げほ、っはぁ・・・。」


服の内側から取り出した何かを口に咥えて呼吸をした。
いや、もしかしたら吸っているのかもしれない。

少ししたら苦しそうな笑顔で「ごめんね」とヒスイは笑った。


「服、そこにあるから。あと仮面はヴァンがつけろだってさ。」


着替えるまでそう言って明後日の方向を向く彼女にはやく見てほしくて、少し鈍い身体を起こした。
黒と緑が映える、ところどころに札のようなものがついている。
どうやら力を増幅させるものらしい。
着替えて仮面をつける。落ちていた髪の毛は仮面の上に上げるように逆立てた。


「いいよ。・・・どう?」


振り返って目を丸くした。「シンク、だ!」そういってボクに抱きついてきた。
いままでのボクは「シンク」じゃなかったんだろうか・・・。

でもにこにこと笑うヒスイがすごく可愛くて、ボクは少し湧き上がった不安要素をすぐに忘れた。


「似合ってる!かっこいいぞー!」

「ん・・・ありがと。」


見難いし、少し呼吸がしづらかったけれど、ヒスイの部屋とボクの部屋以外ではつけてるようにと言われた。
ヒスイの部屋では外していいっていうのが嬉しくて。
ボクの部屋は今はまだヒスイの部屋を使ってるけれど、そのうち別のところに移動するみたいだ。
これから神託の盾騎士団の重要なポストにつくから、導師守護役の仕事はあまりできないってヴァンに言われた。
個人的な意見では神託の盾騎士団なんかどうなってもいいんだけど・・・。


「大丈夫だよ、勝手に転送譜陣描いてシンクの部屋と繋げるし。いつでもおいでよ。」


そうやってヒスイが笑うから、その仕事も許可した。

でもボクの代わりに別の導師守護役が入って、ヒスイがそいつと仲良くなったら・・・どうしよう。
そんな思いも気付かないフリをして、ボクはヒスイと手を繋いで部屋に戻った。


あと少しの時間なら。






08.07.10 Old Story 04 -- あと少しだけ。ほんの少し。






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