◎09 : 凛として
「おかえり、ヒスイ。随分レプリカと仲良くしてたんだね」
帰ったらご立腹のシンクがいました。
「そ、そんなことないよ、アハハ」
あたしが乾いた笑いで誤魔化そうとすると、新しく読んでいた本を机に置いてこっちに寄ってくる。
なんだかものすごい黒オーラに思わず後ずさりしてしまったのがあたしの運の無さだ。
とん、と背中に壁があたってこれ以上逃れられないことを悟る。
「(ひぃぃ!眼が、眼が怒ってらっしゃる!)」
「観念しなよ」
だん、とあたしの顔の両サイドの壁に手をついて、ここぞとばかりに近づいてくる。
ごめんなさいごめんなさい頼むからその美形なお顔を近づけないでください!
あたしの懇願も虚しく、鼻と鼻がぶつかる位置まで顔が近づく。
深くにもかぁ、と面白いくらい顔に集まる熱に視線をそらして微かな抵抗を試みる。
「へぇ、ボクよりあの甘ちゃんレプリカがそんなにいいんだ」
「ちっ・・・ちが・・・」
「じゃあちゃんとボクの眼を見て否定しなよ」
シンクの吐息がかかってますます「眼なんか見れるわけ無いだろ!」とつっこみたいけど、
どうやらそれも言えずに視線を泳がすしかあたしにはできなくて。
見かねたようにシンクが微かに舌打ちをしてあたしの顎を掴んで上に上げる。
「ねぇ、ヒスイは・・・いいや。奪っちゃえばこっちのもんだよね」
「なんの・・・んっ」
ちゅ、と音がして息苦しくなった。
何があったかわからないままあたしはシンクから開放されて頭を整理する。
「ごちそうさま」
またソファに戻って本を読み始めるシンク。
まさか、いや、そんなばかな。
シンクがあたしに・・・き、キスしたなんて・・・!
ありえないありえない、きっとそんな錯覚なだけだ。というかこの行為の意味するところを理解してるのだろうか。
ここは女ヒスイ、一発怒らないとだめだよ!頑張れあたし!
「し、シンク!!」
「なに?」
けろっとしてこっちを向く。綺麗な瞳があたしをとらえて思わず意気消沈しかけてぐっと睨んだ。
「い、今の行為の意味、ちゃんとわかってるの?」
「うん、知ってる。もしかして初めてだった?」
悪戯に笑う笑顔についつい心を許してしまいそうになるけれど、そんなんじゃシンクのためにならない!
この際あたしのファーストキスがシンクに奪われたことは眼を瞑らないと。
保護者として!ここはしっかり教えないと!
「この行為は・・・その、ほっぺとかおでことかはいいんだけど、唇にするっていうのは」
「異性として認識してる、好きな相手にする行為。ボク何か間違ってる?」
「だからーっ・・・!シンクはちゃんと好きって感情を理解してないんだ!」
あたしが半ば怒鳴るようにそう言うと、そうでもないよ、と小説に眼を落とした。
どうも恋愛小説を先日から読んでいるみたいだ。
もういいや・・・そのうち自分が間違ってたことにシンクは気付くだろうし。
完全に意気消沈したあたしは手帳を開く。
最近ここにアビスのあらすじを忘れないうちに書き込んでいるのだ。
もちろん日本語だからシンクはおろかあのジェイド・カーティスにだって読めないだろう。
ふと、手帳が目の前から消えた。
正確にはいつの間にか後ろに立っていたシンクにとられたのだけれど。
それを読もうとするわけでもなく、ぱたんと閉じて目の前に置かれる。
「アンタがそれを開くと、ボクを見てくれないから嫌なんだ。」
ひょい、とあたしは持ち上げられてソファに座らされる。
一体どうしてこんな甘えるんだろう・・・仕事で何かあったとか、いぢめられてるとか!?
とは思ったけれど仕事はラクトをよくつけているし、シンクをいぢめられるツワモノがいれば会ってみたい。
ぴったりとあたしの横にくっついてまた小説を開く。
あたしはなんのためにここに座らされたんだろう・・・・。
「シンクって結構ヤキモチ妬くよね」
「なっ・・・!?ば、ばかじゃないの!別にそんなんでキスしたわけじゃないし!」
別にそこまで言ってないんだけどなぁ、とくすくすと笑えば、不貞腐れたようにむすっとした。
ああ可愛い、やっぱりまだまだ子供だなぁ。
頭をわしわしと撫でればぎゅう、と抱きつかれてそのまま押し倒される。
「あんましバカなこと言ってると、食べるよ?」
「た、食べるって・・・!美味しくないよ!」
まだはやい!という心の中の突っ込みも虚しく、何か企んでいる顔つきになったシンクにびくびくしていると扉が開いた。
天の助け!と思って扉に目を向ける。
「ヒスイ様、今日はパンを焼いてきまし・・・・・」
ばさ、とバスケットを床に落とし笑顔で固まるラクト。
そりゃそうだよね、仕えるべき主がソファに押し倒されあまつさえそれが自分の同僚相手にであれば動揺もするだろう。
彼はわなわなと震えてレイピアを構えて・・・ん?レイピア?
「よくも、よくもヒスイ様を穢れさせて!まだこんなに幼いのに!」
「わー!レイピアを抜くな!まだ未遂だから!!それに一応リアル18歳だ!」
「ちっ、めんどくさい」とシンクはあたしから名残惜しそうに身を引くと、ラクトはあたしをひょいと抱いて頭を撫でた。
「大丈夫ですか?」
「う、うん。ありがとうラクト。」
あたしは彼から離れて彼が落としたバスケットを拾う。
幸い中がこぼれたわけじゃないのでそれをソファの前のテーブルに置いた。
「小腹も空いたし、頂いていいか?」
「えぇ、もちろんですよ♪」
そう言ってラクトはあたしたちにミルクティーを用意しに簡易キッチンへ向かう。
パン以外にもやっぱりお菓子が入ってて(今日はチョコチップクッキーだ♪)、また太ることを気にしないといけなさそうだ。
でも現実よりもずっと太りにくいようで、これだけ食べてもまだ変化がない。
ということは一体モースはどれだけの量を食べてぐだぐだした生活をおくっているんだろう。
少し気になったけれど敢えて口に出すことはしなかった。
ミルクティーを持ってきてそれぞれの前に置いて、3人で昼食をとり始める。
「それで、最近シンクは恋愛小説を読んでいるんですね」
「アンタに言われたこと、最近はよく理解できるよ。」
一体なんの話だろう?と思ったけれど、これほど仲の良い彼らも見たことがなくてにこにこと話を聞いていた。
話に水をさすのは悪いよね、うん。
そういえばいつの間にか仮面がついてる。しっかりしてるよなぁ、そういうところは。
がさがさとラクトがファイルを取り出してあたしに渡す。
なんだこれ?と中を覗けば、書類が数枚。
「イオン様から仰せつかった書類です。
来週、マルクト帝国首都グランコクマに訪問しなければならないんですよ、ヒスイ様。
…私、言ってませんでしたか?」
「えぇ、初耳っす。」
グランコクマだって!?ってことはあの鬼畜眼鏡に会わなきゃいけないってこと?
彼は一応大佐という地位なわけだし皇帝との謁見ともなればそれなりにやっぱり色んな人がいるだろうし…。
というか、何をしに?と書類を見てみると、どうやら定期報告と今後の教団の方針やらの報告、だったりとか。
あたしに勤まるだろうか、なんて不安に思っているとすぐにラクトが書類をあたしから奪った。
「平気ですよ、毎年すべきことは変わっていませんから。
イオン様にはキムラスカに行っていただくことになっていて、私もそれに同行することになりました。
だからシンクが導師守護役のトップなんですけれど・・・」
「任せてよ。大体、ボクひとりでも全然いけるし。」
ラクトが(レプリカイオンもだと思うけど)いないことを聞いたシンクは上機嫌そうに言った。
口元が笑ってる・・・。
少し苦笑しながらラクトは書類の大切なところに線をひいていく。
でも皇帝ってあのイケメンだよね!グランコクマだって綺麗なんだろうなぁ。
水の都ってイメージがあるし、資料室で写真を見たときから一度行ってみたかったから!
まぁラクトがいないのは寂しいけれど、ね。
でもよくよく考えると導師守護役でこんなに強い人が2人もあたしについてるほうがバランス的におかしい。
あのアニス・タトリンの練習試合をこっそり見たことがあるけれど、彼らにはやっぱり全然及ばない。
あの鬼畜眼鏡大佐と同等くらいの力は持ってるんじゃないのかな・・・2人とも。
まぁシンクだって師団長という立場なんだから当たり前か!
そんなこんなで月日も流れ、あたしは教団専用の船でグランコクマに向かっています。
導師守護役はなんと30人近く乗っています!
そのトップは言わずもがな、彼なんですけれど。
「何ニヤけてんの?どうせヒスイのことだから、土産について考えてるんでしょ」
「な゛ッ・・・ち、ちがうよ!
でもラクトにお土産いっぱい買っていってあげないとな!あと、イオンにも。
六神将のみんなにもあげたいしそれから・・・」
「着いてから考えなよ、それよりもうすぐ着くよ」
甲板に出ると潮風があたしの横を過ぎた。
燦々と降り注ぐ日光に目を細めてキラキラ輝く海の先に、大きな城が見える。
まぁダアトの教会もかなり大きいけど。
船が港に着くと、あたしの前をシンクが歩いた。
降りるときにあたしに手を差し出す彼はいつもよりちょっと男っぽくて、少し頬が赤くなる。
が、すぐに声をかけられて現実に引き戻された。
「此度はダアトより長旅、ご苦労様です。
私はアスラン・フリングス少将です、以後お見知りおきください。」
「あたしはローレライ教団第二導師ヒスイです。どうぞ、畏まらずにお願いします」
あたしがそう言えば頭を下げたフリングスさんが少し笑って顔を上げた。
うん、イケメンさんだね、ゴチソウサマデス。
謁見まで時間がありますがいかがしますか?と言われてとりあえず部屋に案内してもらうことに。
「新しい導師と聞いて少々不安だったのですが、お優しい方で安心しました。」
「そんな、あたしなんかで大丈夫だろうかって今でも不安っすよ。
あ、歩きながらごめんなさい、彼はシンク。導師守護役代表なので彼とは同じ部屋でお願いします」
「はい、わかりました」
へらへら、と笑えばシンクがぐい、と手を引っ張った。
「部屋についたら、挨拶、ちゃんと考えなよ」
「あ、うん、でもそれはなんとかなる…かも。」
一応これでも18だし!と意気込んでいえばものすごい白けた顔をされた。
信じられてないな、絶対。
シンクとこんな会話をしてるうちに案内された部屋に着いたみたいで、
「御用があればおよびください」とフリングスさんは一礼して何処かに行ってしまった。
とりあえず、粗相のないようにシャワーを浴びる。
何人かの導師守護役(女の子だよ!)が入ってきてあたしの髪やら服やらを綺麗にセットしてくれた。
「できました、ヒスイ様」
「とっても素敵ですわ!」
キラキラしたお姉さまがた(年齢的にはあたしのほうが上だけど、
彼女たちは大人っぽかった)にお礼を言って部屋に戻るとシンクが驚いた表情で立っていた。
そんなに似合わないかな?正装らしいんだけど、一応。
導師就任式でもこんな服を着せられたが、そのときは確かシンクがいなかったから・・・
彼はあたしの正装を初めて見ることになる。
「そんなカッコも、できるんだ、ね」
「散々呆けておいてそれか!失礼なやつだなっ」
むす、とあたしがすれば小さく小さく「似合ってるよ」と呟く。
こういう遠回りに素直になる彼はすごく可愛い。
思わずぎゅって抱きしめて頭をわしゃわしゃと撫でた。
飛んで彼が逃げて、少しあたしは肩を落とした。
「嫌だった?」
「嫌じゃなくて、アンタの服が、シワになるし・・・」
どうやら彼なりに気にしていてくれたようだ。
暫くソファに座って紅茶を飲んでシンクと話していると、数回ノックがきこえて扉が開いた。
シンクが立ち上がる。
「ヒスイ様、謁見のお時間が参りました。」
「行くよ、ヒスイ。」
シンクはあたしの手をとって廊下に導く。何人かの導師守護役が廊下で待っていた。
伝えてくれたメイドさんにお礼を言うと案内してもらう。
大きな扉の前にあたしが立つ。シンクは斜め後ろあたりで目立たないように待機していた。
緊張するー…。
ふう、と一息ついて顔を上げる。大きな扉が、物々しい音を立てて開いた。
「失礼いたします。ローレライ教団第二導師ヒスイ、謹んでご尊顔を拝し奉ります」
扉が完全に開いて着ていたマントが舞い込んできた風に揺られる。
幾分も飾り付けられた服の装飾がしゃらしゃらと音を立てて揺れたが、構わず歩き出した。
適度の距離を保ったところで軽く、頭を下げる。
浅黒い肌の彼も同様に頭を下げた。
どうやら、それが儀式であって導師と国を担う王族は地位が変わらない証のようなものらしい。
「お待ちしておりました、第二導師ヒスイ。
私はマルクト帝国皇帝ピオニー・ウパラ・マルクト9世です。」
頭を上げて彼が言う。もっと、おちゃらけたキャラじゃないっけ?
そういうあたしだって形式にそってやってる(と思う)からかなりキャラ違うけど。
でも、周りをみればこわい顔がずらーっと並んでて・・・もうやだ帰りたい!
「我が教団と貴国の良き関係を言祝ぐため謹んで参上いたしました。
皇帝陛下におかれましてはご機嫌麗しくお過ごしのことかと存じます。」
「そんなに畏まらなくてもいいぜ、儀式は最初の挨拶だけでもう済んだしな」
ばふん、と豪華な椅子に腰掛ける。ものすごくはしたない格好(つまり股を盛大に開いて!)座る彼に後ろのシンクが小さく舌打ちをした。
周りのエラそうな人たち(実際エラいんだ、多分)は慌てて「陛下!」と声を荒げた。
まぁそりゃそうよね、うん。
「だって毎年こんなことしてたら飽きるだろ、オレだって。
そーいえばあんたは初めてだったな、儀式。」
座れよ、と迎えの椅子を指さされ、ぺこりと頭を下げてからそれに腰掛けた。
あたしの執務用の椅子も座り心地バツグンだけど、これも中々・・・!
でも周りはハラハラして書類を出したり紅茶を出したりで大忙し。
向かいの彼とくればニヤニヤしている。
「まぁ、無礼講だ。なんだってあの"アイツ"がいないしな」
「・・・どなたでしょう?」
「死霊使いジェイド、噂くらいは聞いたことがあるだろ?」
ああ、そうか、だから彼に周りは必要以上に手を焼いているのか。
フリングスさんも顔をあかくして何かを言いたげにうずうずしていた。
「はい、ジェイド大佐ですね。若くして大佐になられたと聞き及んでおりますので、拝見できないのは残念です。」
「だから、普通に話せって。じゃないとオレが悪者みたいだろ?」
「みたいではなくて、そうなんですけれど、陛下・・・」
フリングスさんがついに突っ込んでしまって、陛下が腹を抱えて笑い出した。
何を思ったのかあたしの傍に立って、そのままあたしを抱き上げた。
これには他の人もビックリだ。シンクだって口を開けたままになっている。
彼はそのままさきほど座っていた椅子にあたしを抱いたまま再度腰かける。
「あぁ、やっぱり思ったとおりだな♪
この抱き心地は病みつきになりそうだ・・・」
「陛下!!」
ついに誰かおじさん(誰だっけ?この声聞いたことがあるんだけど)がキレるが、少し考えたあたしはそのおじさんに手の平を向けた。
いわゆる、待てって合図。
「気になさらないでください。あたしも大して気にしてないですから。
それよりも、書類を一通り済ませてしまいませんか?私事はその後でお付き合いしますから」
あたしがにっこりピオニーさんに笑いかければ、そうこなくちゃな、と彼も笑った。
こうして無事に(彼の膝の上でだが)年に一度の謁見が終了したのだ。
我に返ったシンクのあの殺気はこわかったけど。
09.06.29 Old Story 09 -- 波乱万丈!な人生も悪くないだろ?
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