◎08 : 朝露の中で
---- ねむらせて・・・。
声が響いた。
こんな早朝から起きている人間はいないだろう。早起きのあのラクトでさえ。
頭に浮かんだ音と言葉を繋ぎ合わせて。
久しぶりに歌ったこの唄はあたしが始めてテイルズと出会ったときの曲。
一番はじめにエターニアの表紙を見たときに、女の子4人のRPGなんて珍しいと思ったものだ。
あれから何年経ったんだろう。
「flying fall down 旅立つならば
朝も昼も夜も、なくて
君のめぐる輪廻の果てへ 二度と還らぬ河の畔まで
飛び出すの・・・」
「へぇ、珍しいね、ヒスイが歌ってるの」
ふと声が聞こえて吃驚して振り返った。
仮面をすっ、と外してあたしに近づくシンク。朝からご苦労なことだ。
「随分、哀しい歌だね」
「・・・そうかな」
まさか聞かれるとは思っていなかったから、あたしは曖昧に返事をした。
聞かれたのはごく一部だったようで、あたしの隣に腰をおろして「続きは?」と見上げた。
「んー・・・歌はおしまい!他人の前で歌うの、苦手なんだ。
いつ"悪魔"が起きるかわかんないから」
あたしは他人の前では歌えない。歌うことが好きで好きで仕方なくて、歌に励まされて生きてきたのに。
それでもあたしは歌えない・・・悪魔があたしを邪魔するから。
暫く沈黙して、シンクはボクしか聞いてないよ?と立ち上がってあたしの頭を撫でる。
わかってるんだろうなぁ、あたしが歌を好きなこと。
珍しくセンチな気持ちになりかけたのでふるふると首を横に振って息を吸った。
「夢であるように・・・何度も願ったよ
うつむいたまま 囁いた言葉哀しく繰り返す
激しい雨に僕の弱い心は強く打たれ、すべての、
罪を流してほしかった・・・」
あたしの大好きな曲、男の人だから声が低くて済む。
サビだけを歌えば「違う曲になった」とシンクは興味ありげにあたしを凝視している。
「最初の曲が、flyingって曲なの。で、今のは夢であるように。
どっちも哀しい曲だけど好きだよ」
「アンタの悪魔が消えたら、思いっきり歌いなよ。
ヒスイの声嫌いじゃないし」
彼なりの励ましなんだろうな。嬉しくてぎゅって抱きついて頭をわしわしと撫でた。
朝焼けも終わり綺麗な赤い空はすっかり青に染まっていた。
いつもは部屋でとる朝ごはんをシンクに誘われて信託の盾の食堂でとることに。
朝からブラックのコーヒーをすする細い人が見えた。
「あれ、って六神将の薔薇の」
「死神だよヒスイ」
あたしが薔薇のディスト、と言おうとするとシンクはすかさずつっこんだ。
っていうか、確かに薔薇とは程遠いげっそり感だ。
徹夜でもしたような顔だ・・・。
「おはよう、ディスト」
「ヒスイ・・・それにシンクまで。こんな朝はやくによく起きられますね」
「眼が覚めちゃって。ディストは?どうも徹夜っぽいけれど。」
えぇ、カイザーディストジェイド撃退用が完成しないんですよ・・・。
そういってまたコーヒーに口をつける。
眼の下のクマがすごいなぁ・・・シンクはどんなに徹夜してもほとんどクマなんか見たこと無いのに。
コーヒーとラスクを食べながらあれはあーだこれはこーだと独り言を言っている。
呆れたシンクがディストの前の席に座ると(それでも一応同じテーブルに座ってあげるんだ・・・)あたしもその隣に腰掛けた。
神託の盾食堂のテーブルはかなり広い。
シンクと何を食べるか相談しておばさんに頼む。
時間がないときはあたしたちがカウンターにいかないといけないみたいだけど、今の時間はまだ誰もいないからだ。
ぱたぱた、と走ってくる足音がしてあたしがちらっと見ると、アリエッタがあたしのことを見ていた。
早起きだなぁ・・・。
「アリエッタ、ここ座っていい?」
そういってディストの隣に座る。お友達はまだ寝ているのか、はたまた食堂には連れてこないのか。
彼女のまわりにはいなかった。
今度は独特の真っ赤な髪が見えてあたしが手を振ればアッシュがこっちにきてあたしの隣にどさりと座る。
そんな彼にシンクの表情が険しいものになる。
「ちょっと、アンタヒスイの隣に座らないでよ」
「うるせー、てめぇには関係ねーよ!」
ぎゃーぎゃーと騒ぎ始めたふたりにため息をつきながら届いたパンとスープとちょっとしたお肉がついたサラダを
どれから食べるか考えていたら、低くどっしりとかまえた声が聞こえてあたしは振り返った。
「ふむ、聖夜の導師ではないか」
「えっと・・・クマのラルゴさん?」
「ヒスイ、クマじゃないから。黒獅子だから。」
そうそう、それそれ。と言って笑えばわしわしと頭を撫でられた。
手がでかい!あたしの頭を包んじゃったよ!
こうして椅子2つぶんのスペースをとって座ったラルゴはアリエッタと一緒に注文する。
人がちらほらと入ってきた食堂は何故かここを避けるようにテーブルが埋まっていく。
「ねぇアリエッタ、どうしてここ、避けられてるの?」
「・・・シンクと、アッシュ、みんなこわがる、です」
「あ、そっか・・・」
今にも死闘を始める勢いであたしを間に挟みながら睨む彼らはまったく周りの目を気にしない。
年長者のラルゴもお手上げみたいだ。
ディストはあてにならないし、ね・・・。
ふう、とパンを2つちぎってアッシュとシンクの口にずぼっといれた。
もがもがと言って吃驚して2人はあたしを見る。
「ほら、人も増えてきたから静かにしないと。」
「んっ・・・」
もごもご2人して食べるのに夢中になったため少し静かになる。
思えばここにリグレット以外の六神将が揃っているからすごいなぁ。
あ、だからまわりがチラチラとこっちを見るのか。
アリエッタがパンにかじりつきながらあたしをじーっと見る。
何かあった?と聞くと「今日は・・・おやすみだから、その・・・」ともじもじしだす。
ああ、そうか、アリエッタはおやすみの日は被験者イオンのほうに行ってるんだった。
あたしもそれはよくイオンとこっそりしている文通で聞いていた。
ちなみに被験者イオンが名前がバレると不味いので、クロと呼んでいる。
(因みに腹黒いところからとった。本人は気に入ってるみたいだけど。)
「たまに、ヒスイ、に・・・会いたいって・・・」
「嬉しいこと言ってくれるなー・・・でも今日はあたしは仕事があるから」
あたしの分も楽しんできて、と笑うとぽっと頬を赤く染める。
そういえば今日はレプリカの方のイオンに会いに行かないといけなかった。
あたしの部屋までの階段も相当長いけど、イオンの部屋まで続く階段は桁違いに長い。
嫌だなぁとぼーっと考えていると、とす、と誰かがアッシュの隣に座った。
アリエッタがはっとして彼女を見やる。
「あ、リグレッ、ト」
「おはよう、みんな。何故こんなにはやいんだ?」
リグレットは何かを頼んできたみたいで、彼女の前にはフレンチトーストがある。
あたしが食べてるのはダアトパン(というのは名ばかりのフランスパン)だ。
アリエッタがあたしとリグレットを交互に見るので、リグレットはあたしに頭を下げた。
「これは導師ヒスイがこのようなところでお食事なさっているとは・・・」
「あ、頭を上げてください、リグレットさん!それにあたしは後からきた飛び入り導師だし、敬語もいらないですし」
「なら私のこともリグレット、と呼んでくれ」
なんならお姉さまでもいいぞvという彼女に流石ヴァンの補佐を務めているだけのことはあるなとこっそりと思った。
噂をすれば、でどこからかたまご丼を抱えたヴァンがテーブルに座った。
なんとここの食堂は首席総長までもがご飯を食べに来るらしい。
しかも、やっぱりたまご丼だし。
「おはよう、私の愛するヒスイと愉快な仲間たち」
「私たちをついで扱いしないでくださいよ!」
キィキィと怒るのはディスト。
かくして六神将+首席総長+導師というとんでもないテーブルになってしまい、周りからますます避けられることに。
ひそひそ話もこっそりと聞こえてくるし、シンクとアッシュは睨みあってるし、アリエッタはディストをこっそり避けるし。
リグレットとヴァンは仕事内容を確認しあっているし・・・。
はぁ、とため息を吐くとラルゴがはっはと笑った。
「六神将がこうも揃うことはほとんどない、食事は自分の部屋でとるからな」
「部屋まで持っていくんですか?」
「いや、自分で作る」
自分で作るって・・・一人暮らしみたいなもんなんですね。
そう言うとそうだなともさもさした顔でにっこりと彼は笑う。
「いざというときのために自炊できるようにとの、ある意味では訓練だな」
「へー・・・すごい。じゃぁシンクも自分でご飯作れるんだね」
あたしがシンクを見てにっこりと笑うと、今まで睨みあっていた視線をあたしに向けてこくんと頷いた。
「当たり前でしょ。ヒスイより上手いと思うけど?」
「えー!あ、あたしだって人が食べれるものくらい作れるし!」
そうシンクに講義するとくすくすと彼は笑って、
「だから、人が食べて美味しいと思うものをボクは作れるんだって」
と得意げに言う。
にぎやかな朝食の後、あたしはシンクと部屋に戻る。
彼は今日は六神将としての仕事がないからここにいるんだそうだ。
シンクの補佐をラクトにお願いして、たまにシンクの手伝いをしてもらってる。
彼はあれでかなり頭がいいらしい(とてもそうは見えないけれど)ので、シンクも実はそれなりに助かっているそうだ。
ソファに座って小説を読むシンクは仮面を傍に置いている。
暫く少しだけあった書類に眼を通してサインをして、立ち上がって扉のところに行く。
「何処行くの?」
「"導師イオン"のところ。昨日の仕事についてちょっと聞きたいことがあって」
「・・・すぐ、戻ってきなよね」
そういって小説にまた眼を落とす。
何をそんなに熱心に読んでいるのかわからないけれど、あたしは部屋を出て階段を降り、イオンの部屋まで続く長い長い階段に足を伸ばした。
重い足をやっとのことで最後の段差に落ち着かせてあたしは扉を2、3回ノックする。
はーいっと元気な声で開けてくれたのはアニスだ。
「あ、ヒスイさま。」
「こんにちはアニス。イオンはいる?」
「あ、はい!イオンさまぁ〜、ヒスイさまがいらっしゃいましたー」
アニスの声に反応してどうぞーと優しい声が聞こえてきた。
シンクとイオンは全然声が違う。元は同じ声だし、たまに悪ふざけでシンクはイオンの真似をするけれど。
あたしの部屋とは違って簡素な作りになっているこの部屋に、置いてあるのは花や絵くらいだ。
自分のベッドに大量に置かれている(暇なときに作った)ぬいぐるみたちを思い出してひとつプレゼントしようかと少し悩んでイオンを見た。
彼はくりくりと笑顔で「お久しぶりですね、どうぞこちらに」とソファを勧めてくれた。
あたしはそれに腰掛けて書類を出そうか悩むと、それに気付いてかアニスが席を外してくれた。
シンクだったらほとんどそういうことがないからそういうところは気が利くなぁ・・・。
改めて書類を出してイオンを見る。
「忙しいのにごめんね、イオン。昨日あたしのトコに届いたこれをちょっと聞きに」
「折角なのでお茶でもいれますね」
ふわり、と笑ってイオンは奥に消えていく。
別にそんなに長居するつもりはなかったけれど、断れないような雰囲気だったのであたしはイオンを待った。
程なくしてイオンがティーカップをのせたソーサーをふたつ、お盆に乗せて戻ってきた。
「ヒスイは砂糖を4つ、でしたよね」
「よく、憶えてるね」
あたしは角砂糖は4ついれないと気が済まない。(ラクトには負けるけれど甘党なのだ!)
それを憶えていたイオンにふと、首をかしげた。
さほど、あたしはイオンに会った回数が多いわけでもない。
イオンの記憶能力がかなりすごいんだろうと思ってあたしは出された角砂糖を4つ、いれる。
くるくると小さなスプーンで混ぜるて一口ふくむと、甘い紅茶が広がった。
「本当はお菓子があればいいんですけれど・・・」
「全然、お気遣いなく!」
ラクトが普段からお菓子の詰めたバスケットを持ってくるため、いつもいつも太らないか心配しながらそれを食べている。
お菓子がないのは残念だけども、少しは控えないと。
「ごめんなさい、ヒスイ。この書類は僕の担当でしたね」
あたしが机に置いた書類を見ながらイオンは眉毛をハの字にしてため息を吐いた。
そうだろうなぁ、先日の件とか書いてたけどなんのこっちゃ、だったし。
「いやいや、イオンが悪いわけじゃないでしょう。」
「ありがとう、ヒスイ」
ふわり、と女の子みたいに彼は笑う。
っていうかイオンが女の子だとアビスを始めたあたしは信じて疑わなかった・・・けど。
あたしより大きい彼を見るとどんなに綺麗な顔をしてても男の子の骨格だった。
シンクが女の子だって思うことはないんだけどなぁ。
あ、プチリーゼントなヘアだからか!
ひとりでシンクとイオンを比べて納得していると、イオンが首をかしげた。
「ところでヒスイ、どうして僕の部屋にはあまりきてくれないのですか?」
「へ?あー、えっと・・・」
導師同士で話すことはないでしょう、と言いかけたけれど口をつぐんだ。
多分お友達が欲しいんだろうなぁ・・・導師とはいえ子供だし(見た目幼稚化してるあたしの台詞ではないけどさ)。
シンクが忙しくなった今、あたしがここに遊びに来てもあんま文句は言わない・・・かなぁ?
そう思って「これからはじゃぁ、たまに遊びに来るね」と笑った。
「僕はヒスイに会いたいのですが、アニスがヒスイの部屋はダメだと言うので・・・」
「ご、ごめんね!今度モグができたら持ってくるから!」
お詫びに!とあたしが手を合わせて謝ると、モグ?と彼は小首をかしげた。
可愛い・・・!萌えだ!
これをシンクがやってくれるともっと萌えるんだと思うんだけど・・・。
「あたしが作ってるぬいぐるみの名前。元はとある・・・物語の種族なんだけどね!」
危ない、ゲームって言うところだった。
それから暫く雑談した後部屋を出た。それを見たアニスがぱたぱたとあたしに寄ってきて頭を下げてイオンの部屋に戻っていく。
「ねぇイオン様、ヒスイ様の書類の中にイオン様の処理する書類を混ぜたのってワザトですよね〜?」
「勿論じゃないですか、アニス。あの変な仮面男なんかにヒスイを渡してなるものですか・・・」
「うっわ・・・イオン様ってやっぱ腹黒属性だったんだ・・・」
こんな会話なんて、あたしの耳にはもう届いてない。
08.07.28 Old Story 08 -- 届かないとは思わないんです。
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