◎はやめの春をきみに(翠霞)
「ヒスイ、そんなにコタツに入ってばかりでは体が弱くなりますよ?
いくら仕事がないとは言え…」
「でもー…だって外、寒いんだもん…」
ぐだー、とこたつにへばりついた情けない姿のヒスイを見て白波が小言を言う。
大の字になって寝ている紅霞に何も言わないのはもう諦めてるからだろうか。
そっと外の景色をお世辞にも心地が良いとは言えないソファに座ったまま眺めた。外にはしんしんと降る雪を生産している厚い雲が太陽を隠して、とても天気のいい日だとは言えない。
隣ではソファに座って読書をしている真紅が僕をちらりと見ていた。声を書けようか悩んでいるようだった。
「どうしたの?わからない字でもあったのかい?」
「ん…これ。」
「ああ、それはね・・・」
説明を始めると眉間に皺を寄せながら小さくメモをとる。
真紅は物覚えが良い。前にどうしてそんなに勉強熱心なのか(僕が言えることではないんだけれど)聞いてみたことがある。
耳を少し赤くして誤魔化されたのは記憶に新しい。真紅が照れるのは大体ヒスイ絡みだったかな、とちらりと問題の彼女を覗き見る。
ついにこたつの上にあった蜜柑に手を出している。正月にお餅をたくさん食べすぎたからダイエットすると言っていたはずだったけれど、あの柑橘系独特の匂いに誘われて手を出してしまったんだろう。
不健康になると小言を言っていた白波も結局は小言を言うだけで咎めるつもりはないらしい。
相変わらず、ヒスイには甘い面子だなと苦笑する。
でも、このままでは確かにヒスイは良くない方向に行く。それが今だけだとしても、免疫力が低下した状態では旅を再開するのも大変そうだし…。
「真紅、少し外に出てくるよ」
わからないところがあれば印をつけておいて、後で教えるから。そう言って僕はこたつにへばりついていたヒスイを強引に立ち上がらせた。
「うわあ!す、翠霞!?」
「僕の用事に付き合ってくれない?白波、ちょっとヒスイ借りていくよ」
「えぇ、気をつけていってらっしゃい」
ヒスイに一応は(強引にだけど)断りをいれて腕を引っ張る。
物凄く幸せそうな紅霞に腹が立って危うくわざと踏みそうになったけれどここで起こすと面倒だ、と思いとどまる。
どうせなら美味しい思いは独りで味わわせてもらいたいものだし、紅霞と一緒に仲良く、なんて最悪だ。
渋い顔をしていたらヒスイがコートを着ながら首をかしげた。
「どうしたの?翠霞がこうして連れ出すなんて珍しいね」
連れ出す理由なのだが、見つからなかった。というのは嘘だけれど見つけて理由をつけていくのが単純に面倒だと思った。
寒いから外に出たくないという理由に対しての対応というのは些か骨が折れるし、だとすれば強引に連れ出すほうがいい。
健全な生活に問題がある、というのは実際のところ後付けで、じゃあ本質は何かっていうとやっぱり、
「ヒスイを独り占めしたかったから、かな」
だめだった?なんて聞けばヒスイはくすくすと笑って許してくれる。
ヒスイは僕の気持ちになんか絶対に(直接はっきりと口にしても)意地でもというほど頑なに理解を拒むだろう。
それは僕だけでなく紅霞や、本人は気づいていないかもしれないけど真紅だってそうだ。
だから彼女はくすくすと笑うのだ。それが何故かなんて僕は考えない。
ヒスイが望まないことを、僕はしたくない。
彼女は否定するけれど…ヒスイはただひとりの、僕のマスターだから。今までも、これからも。
だから元気でいてもらわないと困る。すごく、ね。
「どこいくつもりなの?」
「自然公園だよ。」
「・・・?だって公園にいっても、花も咲いていないでしょ?」
こんな寒い時期に虫ポケモンもいないだろうし、なんてヒスイは首をかしげる。
季節に対応した気温を変化させるのはやはり自然の摂理に反するかもしれない。
でも何かしらの影響が及ぶことのない範囲で計算すればこれくらいのワガママ、許されるはず。
そうだよね、と何も答えずに笑えばヒスイはますます、首をかしげるだけだった。
手を繋いで賑やかなコガネシティを抜ける。寒いとはいってもコガネでは雪は降らないし、北の地方では雪に足をとられると聞くのだからまだマシなほうだと思ってる。
もしかしたら今後の旅でそういうところに行くかも、しれないわけだし。
そうやって理由という言い訳を重ねてしまえば幾分か罪悪感から解放される。
「あ、翠霞ったら難しいこと考えてるでしょ?」
「えっ?」
目を細めてヒスイが笑った。そして、僕の左手首を指差した。
僕の手は何故か、僕の首筋を包むようにしている。ああ、そうか、
「翠霞気づいてなかった?いっつも翠霞が考え込んでると、そうやって触るんだよ。癖だね!」
「気づいてなかったよ…」
そのまま首筋を触っていれば何故か安心した。人の姿をしてる以上、僕の弱点は"ヒト"と一緒だ。
その人の急所のひとつ、首を守るように置かれている手。
なるほど、ね。
「ねぇ翠霞、あたしには上手く言えないんだけどさ」
んー、と考えるようにヒスイが俯いて言葉を選び始める。
随分癖について考えていたようでもう自然公園のゲートが見えている。
人が弱点を守るようにする癖は(人間の心理学についてそこまで詳しいわけじゃないけれど)推察するに、恐らくは閉じこもりたいんだろう。そして安心したいんだろう。
それを知ってか知らずか、ヒスイが顔を上げる。
「世の中って、翠霞が考えてるみたいに難しいことばっかじゃないとおもう!」
「…へ?」
「悩んでもいいけど、息抜きは必要だよねー」
へらり、とヒスイが笑った。なんていうか、ヒスイらしい。
そのへらへらとした笑い方もなんだか安心する。何も考えてないように振舞っても僕らのことを一生懸命考えてくれる彼女が。
…複数形なのは、少し納得がいかないけどね。
でもヒスイの言葉で楽になった僕はヒスイの手を握って歩き出した。
僕は僕のワガママで、彼女を独り占めしたかっただけだ。なんだ、簡単なことじゃないか。
自然公園では寒い中でも少なからず人が散歩していたり寛いでいた。
ヒスイ、と呼べば「んー?」と間の抜けた返事が返ってくる。
「目を、瞑ってて」
「んん?いいけど・・・」
なんで?と首を傾げるヒスイをベンチに座らせて目を瞑らせたまま木陰に隠れる。
そのまま姿を戻して全身に力を集中させた。
地に着いた手足から伝うエネルギーに息を吸う。冷たく切るような風は止み、厚い雲がわかれる。
差し込む光は空気を暖かくしていく。
一気にエネルギーを地に吐き出す。多少の倦怠感は、致し方ない。これでも"にほんばれ"で少しは軽減したわけだし。
辺りを確認して人の姿に戻る。ヒスイが目を瞑ったまま伸びてるのが見えた。
「ヒスイーっ!」
「わっ、すい、か?」
「もう目、開けていいよ」
広がる光と鮮やかな色にヒスイは一瞬目を細めて、それから大きく開いた。
まだ少し寒いけれど、それでも先程よりはずっと暖かく動きやすそうに駆け出した彼女の後をゆっくり追う。
花壇に溢れんばかりに咲く色とりどりのそれに、振り返った彼女は破顔した。
「ありがとう、翠霞っ!」
その言葉に、胸が苦しくなる。何かがいっぱいになって、きっと僕の頭脳をもってしても言葉にできない、素敵なもの。
そうだ、この笑顔が見たかったんだな、なんて。
ふわり、と桃色が目の前を過ぎる。
ヒスイが指差す先にあるのは、満開の桜。
走り寄ってきたヒスイが僕の手を握る。でも視線は桃色に向いたまま。
顔を幸せそうに緩ませて、つられて僕も笑う。
「はやめの春をありがとう、翠霞。」
「どういたしまして、ヒスイ。」
繋いだ手と心についつい、置いてきた彼らを忘れて訪れたはやめの春を胸いっぱいに吸い込んだ。
2012.01.28 -- 柿村さんにいつもの御礼夢!翠霞さんでしたー。
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