作戦会議は夜まで続く
午後8時。今日もスーパーに向かう。
昨日出会った苗字さんというレジ打ちの女の子は突然の俺の
「明日もいますか?」
という問いかけに目を丸くしながら
「あ、はい」
と答えてくれた。
店内に入ると昨日と同じレジに彼女は立っていた。レジ前には数名の客が並んでいて、俺に気付く気配はない。昨日言われた「お帰りなさい」って相当貴重だったのでは?また言ってほしい。だけど財布を忘れるなんて恥ずかしい経験は二度と御免だ。
昨日と同じ時間に来たのに惣菜コーナーの商品は昨日よりも少なかった。相変わらず懐は寂しいままなので今日は控えめにしとこう。焼きそばとチャーハンが入っている炭水化物のみの弁当を手に取ってレジに向かう。当然これも半額シールが貼られている。今日はシュークリームもお預けだ。明日の給料日まで、あと少しの我慢。
当然のように彼女のいるレジに並ぶ。運良く俺の後ろには誰も並んでいない。これは話しかけるチャンスだ。まずは俺という存在を覚えて貰わなくちゃいけない。そわそわしながら順番を待っていたら、彼女がちらりとこっちを見た。おかげでじっと見ていた俺とばっちり目が合ってしまった。
「ありがとうございました」
前に並んでいた男性客にお辞儀をしてから、俺にも同じように頭を下げて「いらっしゃいませ」と言った。それは俺のことなんかもう忘れられたのかと思うくらい自然だった。
「今日もいらっしゃったんですね」
少しだけ笑いながら彼女は俺の弁当をレジに通す。良かった、忘れられてなかった。
あ、くそ。もっとたくさん買えばよかった。折角二人で話せるチャンスだったのに弁当一つ分の時間しかない。
「覚えててくれたんすね」
「お財布忘れた人はそう簡単には忘れません」
最悪な覚えられ方だが、忘れられているよりマシなので結果オーライということで。
「今日は財布あります」
「じゃあ280円お願いします」
もうすぐ二人の時間が終わってしまう。給料日前じゃなかったらもっと色々買えていたのに。
「明日はいますか?」
「明日はいませんね」
俺の目を見ることなくそう言い切った彼女は弁当をビニールの袋に入れ、割り箸を一膳入れてくれた。彼女から差し出された袋を手に取る。今日は進展なし。人との距離を詰めることに関しては少し自信があるのに、彼女のガードは固いようだ。こうなったら彼女を知る前に俺のことを知ってもらった方が早い。
「俺、花巻貴大っていいます」
きょとんとした顔の彼女。そりゃそうだ。昨日初めてあった男性客が突然自己紹介を始めたのだから。
「近くの大学通ってます、20歳です」
「え、あ、はい」
「仲良くなりたいのでまた来ます」
そう言ってスーパーを出た。
ガラスの向こう側の彼女はさっきと同じ表情のままレジに立っていて、俺の後に来たお客さんに少し遅れて気付いて慌てて対応していた。その姿がなんだか可愛らしくて思わず笑ってしまう。
さて、ここからどうしようか。家までの短い時間で作戦を練る。どうにかして彼女と仲良くなりたいし、あわよくば付き合いたい。だけど彼女について知っているのは苗字だけ。どこの大学に行っているのかとか、そもそも大学生なのかも分からない。そんな彼女とどうやって距離を縮めていけばいいか、俺のちっぽけな頭ではいくら考えてもいい作戦は思いつかないので、ここはこういうことに慣れていそうな友人に頼るのが一番だ。
「及川、名前も知らないスーパーのレジの子を落とす方法教えてくんない?」
「もうちょっと詳しく説明して欲しいかな!」